「春よ来い」。

 まずはこれ、「春よ来い」を練習しています。「難易度:D」がどれぐらいの難しさなのかは分かりませんが、とにかくこれを弾けるようになる。最初のハードルです。

 キーボードを両手で弾くという挑戦はこれまで一回もしていないので、Y.T.で「両手でピアノを弾く」というキーワードで検索すると、まずは両手、10本の指がどれぐらい曲がるかを確認しましょう、というアドバイスがありました。例えば、スポーツで骨折をしていたりして指が自由に動かないという状況なら、そのことを意識して練習を始めましょうというアドバイス。幸運にも10本とも指は正常なので、楽譜や動画を確認しながらこの課題曲を習得したいと思っています。

 キーボード(ピアノ)を演奏したいと思い立ち、最初に頭の中に浮かんだ曲が「春よ来い」でした。他にいろいろな教本を見たり、Y.T.で「初めてのピアノ練習曲はこれです!」みたいな課題曲があったが、どれもピンとこなかった。確かに指がしっかり動くようになるための課題曲としてはそれらがベターなんだろうけれど、なんとなく、気持ちがその曲には乗りませんでした。「春よ来い」が難易度の高い挑戦なのか?意外と簡単に習得できてしまうのか?ここは持ち前の「粘り」でなんとかクリアしたいと思っています。

ブルーデージー

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 二株買ってきてセットで植木鉢に植え替えました。なんか、こんな小さな花が好きです。

映画「ドントウォーリー」

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 ステキな映画でした。

キーボード到着!

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 これはヤマハのキーボード。まずは、超ビギナー用として、冒険せずにお手ごろな価格帯を選択しました。これでしっかりテクニックを練習して、いつか近い将来、オリジナル音源データをつくろうと思っています。BGMもDLモノやDVDモノをソフトで切り貼りしてつくるのではなく、音楽素材もしっかり自分のイメージに合ったモノをつくることが最終目的です。

 で、遊び感覚のネタとしては、YTコンテンツとして「ひとりコピーバンド」映像をつくりたいと思っています。まだまだ、構想の領域ですが、ま、ドラムはDAWで打ち込むとして、ギター・ベース・キーボード・ボーカルは実際にひとりで演奏してみようかな、などと考えています。どんな仕上がりになるのか分かりませんし、テスト撮影がいつ頃できるか分かりませんが、大きな壁は、やはりキーボードです。エレクトーン教室に通っていたカミさんの強力なスパルタレクチャーを受けながら、なんとか一曲、完成させたいと思っています。さてさて、どうなることやら。具体的な練習予定曲は「スタンド・バイ・ミー」かな。

光栄な出来事。

 僕が外出している時、甥っ子が会社に来た。最近、甥っ子は絵を描くことに興味を持ち、仕事場にある何かを描きたいと言ってやってきたらしい。で、仕事をしていたカミさんに、会社に無造作に置いてある木の切れ端や何かの骨や金属の塊などを見て、「なんでこんなモノがあるの?」と聞いた。カミさんはおっちゃんが集めているモノなんだよと説明すると、甥っ子は「おっちゃん、子どもみたいや」と言ったらしい。55歳になって、いろいろな老化現象を日々受け止め、辛い気持ちになることが最近多かったが、この甥っ子の言葉で一転、元気になりました。子どもに「子どもだ」と言われるなんて、これ以上、光栄な言葉はありません。

 理論理屈を抜きにしてこんなに嬉しい気持ちになったのは久しぶりです。大人になると言葉にいろいろなオプションが付着して本来の真意が隠れる。むしろ、意図的に隠すための言葉をチョイスすることが常識だ、みたいに。いやいや、伝わる人には伝わるんですね。伝わる人だけに伝わってほしい伝えたいことって、何をどうしても消えないし、絶対に真意として消してはいけないんだと思うのです。大人の言葉って、過剰な包装紙みたいなモノで、それが意図であれ、演出であれ、社交辞令であれ、良識であれ、素直にコミュニケーションする上では本来は要らないモノなのかもしれません。

 その御礼にスケッチブックにペンで描いた最新ジャンプの表紙の漫画(模写)をプレゼントしました。それを甥っ子は大切そうに持って帰ってくれました。こんなことが実は一番嬉しいことなんですね。

圧倒的な黒。

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 テレビで知った塗料商品です。これはこれは凄まじい黒です。早速、一缶購入。何に塗ってどんなことをするのか?何ができるのか?非常に楽しみです。

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「怪獣の子供」全5巻。

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 昨日、コミックス「怪獣の子供」全5巻が到着。早速昨晩、第1巻を50%ほど開きましたが、なんか、もう、絵といい話といいお腹と心がいっぱいになってしまってここで閉じて寝ました。この感覚はなんと言えばいいのでしょう?とても心地良い絵と話なのです。登場人物が紙面の上で生き生きしてて、なんの違和感もなく感情移入できてしまう心地良さ。今後、どのような物語が展開するにせよ、ただただ期待値が膨らむばかりでした。他に併読している書籍がいくつかあり、一冊は「オオカミの本」、一冊は「ナノテクロノジーの本」、もう一冊は「サウンドデザインの本」なので、カテゴリーはまったく違う本なのに、どこかで何かが繋がっているような感覚です。今夜、第1巻の残り50%を開くわけですが、とても楽しみです。

 ひとつ、心地良さの理由は、やはり絵のタッチです。五十嵐さんの絵の心地良さはたくさん漫画を読みましたがとても新鮮な気持ちになります。どうしても技術的なペンの軌跡や構図のテクニック、そして、台詞・言葉のチョイスあたりに気持ちが行きガチなんですが、それを五十嵐さんの絵に対する姿勢がふっと摘み上げてくださり、「いやいや、その場所ではなく、この場所から絵を見てくださいね」という優しい手が差し伸べられる感覚です。この感覚、宮崎監督の「ナウシカ」の原本のコミックスを初めて開いた時の感覚にとても似ています。結局、「ナウシカ」は宮崎さんの偉業(映画作品)となり、その原石(原作本)がなければ生まれていないわけですし、ひとりの人間の手が生み出す世界観って凄まじく、そして、崇高で稀少価値の高い成果なのだと改めて、です。

ポーズ人形02

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 先日ブログで紹介したポーズ人形を買おうと思ったのですが、こんな製品があることは今まで知らなかったので、もう少しこのタイプのポーズ人形をリサーチしてみようと思いました。すると同じ製造元でこのようなポーズ人形シリーズがありました。こちらの方が人間っぽいですし、アマゾンの商品紹介ページのレビューを読んだら、シルエットも人間に近い上、可動範囲が人体の可動範囲と合っていることや、あまり複雑なポージングは出来ないが、通常のデッサン用のポーズ人形(木製)よりははるかにシルエットが人体に近く、デッサンの勉強にもなると好評価が多かった。映像制作やアニメーション制作用の絵コンテを描いている人や漫画を描いている人もリアリティーがあり重宝しているというコメントが多かった。他にもこのポーズ人形の製造元はいろいろなタイプ(SFチックなタイプやセクシーなタイプなど)の製品を販売しておられましたが、どうやらこの2体がベストのような気がしています。

DTPデザイナー!?

 「DTPデザイナー」と聞けば、なんとなく、アドビのソフトを使ってデザインをつくる人ぐらいのことは想像できるが、正確には「DTPオペレーター」と「グラフィックデザイナー」、それぞれの仕事内容を合わせた人を指しているような気がしますが、世間一般的には「DTPデザイナー」という言葉にはとても違和感があるというネットの記事を読んだ。

 例えば、求人広告で「DTPオペレーター募集」って書いてあったら、デザインはできないがアドビのソフトは使える人が問い合わせてくるだろうし、「グラフィックデザイナー募集」と書いてあったらデザインはできるがアドビのソフトはあまり長けていない人がくる可能性がある。しかし、求人した制作会社側としたら、DTPの知識や技術があれば、デザインはできるだろう?とか、デザインの仕事をしたいのならせめてアドビのソフトは使いこなせるだろう?ぐらいの感覚があり、それを総称して「DTPデザイナー」という言葉が成立しているのかもしれない。つまり、専門ソフトは使えるがデザインはできない、デザインはできるがソフトは使えないという人の方がこの現代、圧倒的に割合として少ないのが現実なのだろう。

 僕はマッキントッシュ(MAC)が日本に入ってくる前からグラフィックデザインの仕事を始め、数年してからアドビのソフトを習得した。この段階で世の中にはDTPという言葉はなく、すべてのグラフィックデザイナーがMACを使い始めている時期・時代でもなかったので、むしろ、ソフトが使えるだけでデザインナーの価値が上がる時代でもあった。ただ、現代のようにインターネットが定着し、一般的にパソコンを使えることが標準になってしまうと、逆にパソコンが使えない、詳しくない、アドビのソフトも活用できないという人はデザインの仕事に取り組むには大きな壁があることになる。また、「デザインの仕事=パソコンとソフトウエアでつくる仕事」という公式も実は微妙に違う。このあたりを明確にするために「WEBデザイナー検定」とか「DTP検定」などを受けてみようかなと問題集を読んだり、実際、セミナーに行ったこともあったが、実感として本末転倒な知識や技術のお話が中心だったので、検定は受けなかった。ただ、模擬テストにトライしてみたところ、非常に簡単だった記憶はある。やはり、本気で仕事に使うためにソフトウエアの機能を覚え、応用技術を習得するには基礎知識は当然のこと、各機能の連携やその他、関連するデータの知識や作業手順を理解していなければならない。そんな「検定」の模擬テスト問題レベルで判断できるほど現場の仕事は単純ではない、と感じた。だから、「DTPオペレーター」だろうが「グラフィックデザイナー」だろうが、「DTPデザイナー」であろうが、呼び方のカテゴライズはどうでもよく、デザインの仕事に対して真摯に向き合う覚悟さえあれば、どれも容易に包括できるような気がします。結論、デザインの仕事に取り組むためには何が必要かと言えば、国家試験もない、公認検定試験なども存在しない、非常に曖昧でレンジ(階層)が広く多様な世界なので、これだけ習得すればあとは安泰だなんて気を抜かずに、いつまでも好奇心旺盛でいる姿勢・気質があれば、何とかなる世界だと思います。だから、よくデザインの仕事をするために必要な知識・技術・経験は何ですか?とよく質問されるが、僕はこう答えている。それは「デザイン以外の知識と技術と経験だと思います」と。そのゾーンが充実してさえいれば別段、「DTPデザイナー」に違和感を覚えることはなくなります。

1万時間の法則

 「1万時間の法則」で検索すると、「1万時間の法則という言葉は、英国生まれの元新聞記者、マルコム・グラッドウェル氏の著書『天才! 成功する人々の法則』(講談社、2009年)(原題:Outliers: The Story of Success)によって広められました。グラッドウェル氏は、ある調査において「エリート演奏家は20歳までに合計で1万時間の練習を積み重ねた」という結果が出たと述べ、大きな成功を収めるには1万時間もの練習が必要だという「1万時間の法則(ten-thousand-hour rule)」の存在を指摘しました。モーツァルトやビル・ゲイツ氏をはじめとした成功者には、大成するまで1万時間の下積み期間があったというのです。」という情報は簡単に入手できる。僕がこのキーワードで検索しようと思ったのはある方から「絵が上手くなりたいのですが…」という相談を受けて、「どれぐらいデッサンなどの練習をすればいいのでしょう?」と聞かれ、この法則のことを以前、本で読んだ記憶があり「1万時間ぐらいですね」と安易にも答えてしまった。で、改めて自問してみると、幼稚園の頃から僕は絵を描くのは好きでしたし、軽口程度に「僕の絵は上手い」などと言ってしまうこともありましたが、本心では「絵など上手くても仕方ない」と思っているので、「上手さ」みたいな部分には興味が、実はない。だって、「上手いですね!」と他人に評価されたいから絵を描いているわけじゃないから。

 しかし、それでも僕は本当に1万時間以上も絵を描いたのだろうか?と自問してみると、1日3時間3,333日(約9年間)絵を描いていたら約1万時間になるのですが、恐らく僕はそれ以上絵を描いている。絵らしきラクガキ程度なら幼稚園の頃なら休みの日は1日中描いていた。さすがに小学校~高校はと振り返ってみてもやはり絵は描いていた。芸大ともなれば1日8時間ぐらい描いていた日もあったぐらいなので、社会人(22歳)になるまでに1万時間は軽く達成している計算になる。で、デザイン(イラストレーション)の仕事とライフワーク(習作)でともなれば、恐らくですがこの人生(55歳)で5万時間ぐらいは何かを描いているはず。でも、それは何故か?と振り返ってみても、単に好きだからに尽きる。だから、ご相談に対しては誠に僭越ながら、「絵が上手くなるためには1万時間絵を描いてください」とアドバイスするのではなく、「上手さなど気にせずとにかく手を動かしてください」と言うべきだったのだと少し後悔している。本の知識など自分で消化できていないのに安易に口にするもんじゃないという反省・告白でした。