S.W.E.9の評価。

 映画「スターウォーズ・エピソード9」がいろいろな評価をネットに書いておられるレビューページを読んだのですが、なかなか厳しい評価が多かった。さすが熱狂的なスターウォーズファンは愛のある酷評を綴っておられます。僕の場合、そんなディープなファンの方と比べると7から映画館で観始めたパターンなので、とてもそこまでの深い分析や洞察・考察はできません。ただただ、それほど皆様の期待値が大きかったのだと改めて感じながら読んでいました。

 しかしながら、厳しいなぁ~、そこまで映画に期待しているのか、と、ちょっとネット記事として文章にするには厳し過ぎる印象を受けました。そもそも僕はS.W.のファンではなかった。1~6までは全くのスルー。熱くS.W.を語る知人のS.W.ファンとも共感ができませんでした。なぜ、7から映画館に行くようになったと言えば、主演の女優さん、D.リドリーさんをスクリーンで観たかった。ただ、それだけ。実際、9も物語についてはずっと単純な展開だから、集中しようがない(集中する部分、感情移入する部分が正直分からない)。視覚効果は?という観点でもそれほどテンションは上がらない。登場キャラクターデザインは?という観点でも、さほど練りこまれている印象はトータルで受けていないので、心が震えるまでには至りません。これが、ブレランやエイリアンともなれば、心は震えるのですが。

 で、結局、映画館にはD.リドリーさんだけを観に行っていることになり、ただただ、スクリーンで彼女が泣いたり笑ったりフォースを使ったりするシーンを観て満足しています。だから、確かにこれだけの壮大な映画の完結編としては…という感想もありましたが、リドリーファンとしてはもう充分に満足しているので、あとは「それなりに」扱いになってしまっていたので、やはり、改めてS.W.ファンの皆様の期待値の大きさに震撼です。

エレキベース。

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 僕が一番最初にかじった楽器はエレキベースだった。ジャズベースをある方から譲っていただき、毎日練習していた。それが高校時代。大阪芸大にはミュージシャンを目指している連中が多かったが、なかなかエレキベースをやっているヒトが少なかったので、よくライブをする時は誘われて弾いていた。ボーカルやエレキギターのように派手じゃないし、ドラムのようにアクションや技術を披露するよりも比較的圧倒的に地味なエレキベース。バンドをやりたい連中はやはり自己主張が強い連中が多かったのでこの楽器はあまり選ばれなかったのだろう。社会人になってもそれは同じで、アコギやキーボードをやるヒトはよく聞くが、「エレキベースをやっています」というヒトに出会ったことはない。ギターと比べて弦圧が非常に強いので、左手の握力が必要ですし、フレット間もギターと比べて広く、しかも、ギターのようにコードやリフを弾いているだけではなく、リズムを正確に刻まなければ演奏がバラバラになるという、なかなかの扱いにくい問題児なのです。でも、バンドをやろうと思えば、絶対にベースが必要なのです。最終的に僕はウッドベースをやりたかったのでエレキベースはその過程で練習のつもりで入手したのだが、結果、あんなデカイ楽器が部屋にあったら邪魔だということに気づき、時間があればエレキベースをボンボン弾いています。レスポールも好きな楽器ではありますが、やはり、僕が一番好きな楽器はとなれば、エレキベースです。

 で、最近、2本目が欲しくなってこちらのベースを検討しています。なんか凄く渋くて存在感のあるエレキベースです。

もふもふ!?

 AIが一番柔らさを表現しているオノマトペをある実験で絞り込んだらしい。それは「もふもふ」だったとのこと。確かに「ふわふわ」より「フカフカ」よりも柔らかい印象がある。僕は「プニョプニョ」だと思ったのだが、この最新鋭のAIはどんなアルゴリズムで「もふもふ」を結論付けたのだろう?それがとても気になった。今後、教育の現場でもビジネスの現場でもAIが必ず関連してくるだろうし、戦略上のコア的な存在になっていくだろう。ま、「ターミネーター」のような「2001年宇宙の旅」のようなことにはならないだろうが、アシモフ先生がこの「もふもふ」というAIの解答を知ったらなんてコメントするのだろう?もし、手塚先生が生きておられたらなんておっしゃるのだろう?人間とAIの関係がパンデミックに陥らないことだけを祈るしかない。

 すでに回転寿司屋さんに行けば、エントリー作業をAIロボットがしているわけですから、今後、リモートで仕事をしていく上で相手が本当に人間なのか、それとも独自の戦略を実装したAIプログラムなのか見極めていかなければならないとしたら、ちょとメンドクサイ。WEBサイトに実装する「よくある質問AIプログラム」も通り一辺倒な解答はしてくれるし、膨大なマニュアルの中から疑問点をリサーチする手間が省けるから効率的と言えば効率的だが、便利だ優れている最新鋭だという前提でAIからの解答を鵜呑みにするのはちょっとイエローカードではないだろうかと疑問視しているし違和感があります。

 しかし、「もふもふ」と言われると、確かに「もふもふ」に寄せていってしまいますが。

僕のブログのお手本。

 僕は2007年5月からこのブログ「スギノのノギズ」を書いているが、振り返ると、いろいろな事件がありました。ある映画の個人評価を書いたら「勝手なことを言うな!」とコメントが入り、あるデジタル機材の紹介をしたら「嘘つき」というコメントが入った。確かに言われる通り、勝手なことを言っているし、マニュアル通りに使っていないからそういう評価・分析になってしまったという後悔もある。しかし、ブログは基本的に「WEB LOG」である。言い換えるとWEB上に書く個人的な日記(記録)である。最近でこそSNSは相互の交流が活性化しているものの、そもそもHTML言語というのは端末間で情報を視覚化するための技術。正確な情報発信を心がけなければならないが、ま、個人的な映画ファンのたわいもない感想にイチイチコメントされても、僕はプロの評論家ではないので映画の歴史や実際映画製作の裏に精通しているわけではないので、そんな確固たる総論など書けるはずもない。気に入らない方にしてみれば「ならば、中途半端な感想は書くな」とおっしゃるだろうが、こうなるともうイタチごっこ。僕は顔写真も所在も自社のホームページも公開した上で日記を記録していますと公言してこのブログに取り組んでいる。それが匿名でどこのだれだか属性も人格も素養も分からない人間に「勝手に!」とか「嘘つき」と言われる利害関係はないし、縁もゆかりも、当然、因果関係もない。勝手で嘘つきなのはどちらかと言えば、そちらなんですが、それをそのヒトに向けて直接言ってしまうと「メクソハナクソ」になる。だから、長年、ブログの書き方みたいな部分で姿勢とか意識とか教養とか感情のコントロールについてガチで試行錯誤してきました。未だ、納得できる記事は書けませんが、そんな中、ブログを書く上でお手本にしているヒトがいます。それはコピーライターの糸井重里さん。ほぼ毎朝、このページをしっかり落ち着いて読み、心を整えています。ほんとに素敵な文章を書かれます。糸井さんの書籍(一番好きな書籍はバスフィッシングの本)はほぼ持っているし、人間的にもとても尊敬しています。そのブログ(WEBサイト)がこちらです。

→「ほぼ日刊イトイ新聞」https://www.1101.com/home.html

誹謗中傷か…。

 ただの独り言ですが、コロナの状況が一旦終息し、テレビの情報も一旦、終息ムードに同期してきているような印象を受けています。総理の力強いあの終息宣言はボトムまで下がった内閣支持率を少しは上げる作用があるんじゃないかな、などと少し平穏な気持ちになっています。

 そして、黒川問題も燻り続けてどこかの段階で話題の机上からゆっくりとフェードアウトしていくのでしょう。ま、然るべき立場の方の賭博は致命的なミスなのかもしれませんが、このテーマについてテレビでコメントしていたある弁護士さんが「賭博の定義は曖昧だ」と言っておられましたし、確かにすべてに白黒つけるにはこの世界は複雑怪奇なんだろと思います。

 で、次の話題はSNSの誹謗中傷問題で、若者が匿名の誹謗中傷を苦に自殺するというショッキングな事件。確かにこの苦悩はテレビやネットで顔が売れている人だけの苦悩と言えば苦悩ですし、一般人でも誹謗中傷を受けたり「いじめ問題」などもあるわけですが、SNSの仕組み・構造で言えば、それらを規制する規範がないため水面下では決して消えない悪しき腫瘍なんだと思います。恐らく、僕なら迷わずアカウントを消してSNSから存在を消すだろうけれど(カイザーのように)、タレントさんや事務所に所属し大きなメディアの仕事を通じてクライアント様の顔をつぶさないようにという配慮がそんな安直な解決策を選択できない故の苦悩なのでしょう。しかも、22歳の若い女性となれば、もっと、両親や親友達がなんとか痛みや苦悩を緩和させることができなかったものかと個人的に考えてしまいました。

 しかし、この「誹謗中傷」について、よくよく考えてみると、目的が曖昧です。感情的な思考や行動はすべて根拠は曖昧だとしても、なぜ、他人の発言にそこまで真剣になれるのだろう?「真剣」という言葉は不適切かもしれないが、もし、自分が同じことをされたら、ということはシュミレーションしないのだろうか?匿名であったとしても、専門家であればIPアドレスや投稿したスレッドのメタ情報で大概のことは判明する。端末をから送信されたデータである以上、ほぼ発信元は特定できているし、映画の観過ぎかもしれませんが、GPSで所在を特定し、行動パターンを国家機関にログられていたら、もう、その人の人生はロックオン状態です。その上でブラックリストに記録が残り、飼い殺し状態となれば、もう、何を弁明したろころで、そのIDは黒になるはず。それぐらいの知識は一般的にあるはずなのに、上を向いて唾を吐いてしまうんですね。地球の上に存在している以上、万人公平に重力はかかりますから、いくら仮想空間とは言え、無重力(言いたい放題)ではいけないんだ程度の最低レベルの教養を持ち、SNSの世界にダイブしたいものです。

 フォースと共にあらんこと。

 一晩中、隣の独房のレクターに詰られ、興奮して自分の舌を飲み込んで窒息死したミグス。もし、トマス・ハリスにその気があるのなら、「ミグス」で一本小説を書いてほしい。そのことについては原作でも映画でも一切触れられていないが、どんな言葉で詰られたら人は言葉だけで自らの命を絶つのだろう。トマス・ハリスならその答を知っていそうです。恐らく、その主人公は「死ね」などという安易な言葉は選択しないだろう。

5Gが何を変えるのか?

どうやら、5G時代は回線速度やデータ容量が約3.5倍に大きく(増える)なるらしい。で、何がどうなるのだろう?仕事で言えば同じ容量のデータが早く送れるとか、映像データを発信する時にノロノロ感がなくなるのだろうと期待しています。しかし、それが便利になると言われれば便利だし、革新的だといわれれば革新的という捉え方でもいいのだが、具体的に回線の太さが3.5倍になって、仕事の進め方とか映像コンテンツの発信力が飛躍的に高くなりそうな感じでもない。回線の歴史は以前から、「ISDN」、「ADSL」、「光」と回線は確かに太くなり大容量のデジタルデータを安定して快速に使うことができたわけですが、それが「5G」と呼ばれ、回線の太さが約3.5になるだけかなと、さほどテンションは上がっていません。しかし、コロナでリモートワークや映像配信コンテンツがテレビやネットメディアの主流になりつつある状況では、この5Gはベストタイミングなのかもしれません。回線業者にしてみれば、完全な追い風が吹いている状況なんだろうと思います。僕もこの風に乗って新しい航海を始め、どこかの大陸に辿り着きたいものです。

13歳からのアート思考。

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 2020年2月19日初版、発行はダイヤモンド社。著者は末永幸歩さん。「「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考(定価:1,800(税別))」です。著者は美術教師です。内容には触れませんが、確かに中学校に入学した段階で「美術」という授業が楽しくなくなった人は多い。小学校の頃、あんなに素敵な写生や立体作品をつくっていたライバル達が次々にテスト勉強に勤しむようになり、いろんな会話が成立しなくなった経験がある。つまり、僕はそのまま、高校時代の美術まで一定のテンションをキープし続けてしまったからだ。その延長上に大阪芸術大学美術学部があり、そのまま、少しシフトしてグラフィックデザインを仕事にした。この間、美術がつまらないと思った日は一日もない。だから、この著者にはとても共感しましたし、改めて社会人になっても「アート思考」が大切ですという意見はとても理解できる。ただ、著者がこの本で展開している内容はひとつの流れとして有効だとは思いますが、実際、アート思考をデザインの仕事に展開・変換・応用するにはとてつもない複雑多様、摩訶不思議、七転八倒の試行錯誤が必要だ。それは実際にこの仕事をしている人でなければ、絶対に共有はできないディープなゾーンです。「アート思考」なんてクリーンで清清しい語感とは裏腹に実態はもっと、「…」なのです。すでに2回読みましたが、とても、美しい練りこまれた「アート」の王道について語っておられます。もし、僕が同じように「アート思考」について何か文章化したとしたら、とことんドロドロした内容になるんだろうなぁ~などと考えながら、楽しく読みました。

主役のタイプが違う。

 日本映画と海外の映画について、特にハリウッド映画の主人公を演じる俳優さんのタイプと日本映画の主人公のタイプが少し違うように感じる。映画産業はそれぞれの国のファンがつくるモノ。当然、主人公選びもファンのニーズを十分に考慮して配役が決まるのだろう。日本映画の主人公は人間味よりもルックス重視のような印象を受けるし、海外はルックスも当然良いのですが、プラス、人間臭さというか個性的というか演技力の部分も含めた人間性に厚みがあるような印象を受けた。むしろ、海外映画の場合、モデルのようなルックスとスタイルの俳優さんはサブで、脇を固める配役が多く、しかも、イケメンでスタイル抜群だけれど癖が強い演技をされている場合が多い。一方、日本映画の主人公は人間的には勿論魅力的なんだけれど、人間臭さという点でも演技力という観点でもイマイチでも成立している。その分、脇を固める人達が主人公を光らせる物語脚本になっているような構造。これは、それぞれのファンが求めているニーズを反映させているとしたら、日本人はちょっと中身が足りないぐらいが感情移入しがちで、あまり人間臭さというかキャラが立ち過ぎたり演技力がディープだと共感しにくいニーズ(国民性)なのかもしれない。一方、海外の映画は主人公の人間性が深ければ深いほど感情移入するファンが多いのかもしれない。確かにたった2時間程度の映像に登場する人物像だから、分かりにくい人間性よりもちょっと足りないぐらいが程良いのかもしれません。それが物足りないという方は海外の映画を観るわけですから、映画製作現場でも興業収益のことを考えれば、少数派よりも王道で映画作品の方向性や内容を決めるのだろうし。

 ま、テーマへのぶっこみ加減も同様で、心をえぐるような掘り下げ方はせず、表面をサラリと撫でる程度のテーマの扱い方が、実は興業成績に直結するのだろう。

 当然、「ボーダー」のような映画が日本でバズる可能性はないのだ。

「ヒトテマ」という熱意。

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 いろいろなWEBページやSNSページ(YT動画など)を観て感じることですが、心が動かされるコンテンツってどこかなんとなく「ヒトテマ」を感じます。ネット情報だから当然、デジタルデータ。どこかからコピーした写真に表面的な文章をさくっと、たくさん文字があると誰も読まないからというテイで、それらしい短めな文章を添えただけだと、どれだけ発信者が本気で真剣で熱意があったとしてもその熱意は伝わりにくい。ネットで伝えられる情報は「視覚情報80%、聴覚情報20%のみ」と制限されている。皆さんが言語情報と非言語情報を同じ条件で発信している以上、できることならなんとか工夫してアイディアをひねり出し、共感してもらいたい。これは意識というか姿勢の問題だと思います。ま、それがちょっと過剰になりダラダラと(僕のように)長文を書いてしまうと、その共感も獲得できない危険性もあるのですが。でも、それは分かっているのですが、どうも気持ちが入り過ぎて書いてしまいます。それでも、なんとか共感してほしいので僕は掲載する写真や映像には「ヒトテマ」を心がけています。

 それが結果、モニターで観ている視覚情報の裏側でひっそりと機能している熱意の実態なのではないでしょうか。というか、作用してほしい、機能してほしいと願っています。

 「「描き込み」は必ず伝わる」これはワンピースの尾田さんの名言です。

輪郭を入れると。

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 で、面相筆で輪郭線を入れるとこうなります。結局、肌の色って、属性や性格などを表現するベースになりますし、一見、白人なのか黒人なのかという差別ではなく、それぞれ観た人の心の中には常識的な解釈がありますから、自分の中のそれとその一般的な解釈が大きくずれていないかなども色付きのラフスケッチで判断しながら、キャラをつくっています。当然、物語の原作は別で文字原稿でつくっていますが、文字だけだとどうしても物語に厚みが出せない。ので、わざわざこうして色付きのラフスケッチを描いています。このイメージを作品が完成するまでひっぱっていく、ひっぱられていく作用を逆に利用・活用しているという手順です。

 これだけだとどんな物語になるかは全然想像できないですが、これだけの登場人物をカラーで描いておくことで、製作中に大きくぶれることがなくなります。タイトルは「SIGN」としていますが、これは仮設定なので、どこかに発表する時は作品が仕上がってから改めて検討します。でも、ほぼほぼ、カラーラフスケッチを描いた段階で「SIGN」でぶれていないような実感はあります。