2007年05月 アーカイブ

教育という概念。

 比較的少人数の会社ばかりにお世話になって来た私はあまり組織におけるいろいろなプレッシャーや規則について無関心でした。デザインや広告の仕事の作業は少人数のチームで取り組む事が多く、何百人という組織で目的に向かって長期的なプロジェクトを仕上げるという作業も少なかった。短い期間で多種多様のジャンルのお仕事をする。比較的少人数でモチベーションの高い、センスも技術力もある程度予測できる標準以上のスキルを持ったスタッフを集めてから仕事にプロジェクトに着手するので、そこに「教育」という図式は経験値として非常に低い。
 学生の頃は「教育」など上から下方向に詰め込まれるものだと認識していから、なかなか自分のモチベーションとシンクロしない場合は詰め込まれることに嫌悪を感じた。結局、好きなことを仕事にしたいという強い意志があったおかげで、勉強はしなかったし、一般教養よりも、雑学と呼ばれる教育の現場ではあまりYesではない事の方向に興味のベクトルがあり物色したのはそちらの方面が圧倒的に多かったですし、これからもこの視点は変わらないし変えたくないと強く思っています。
 さて、学校過程が終了してからの教育という概念はとなると、「教え育む」という意識はほとんど欠落し、上記のように日々の仕事に追われ続け気がつけば40歳を超えていた。教育という言葉を聞いただけですこし体温が下がっていた頃もありましたが、今では、なんでもどんな場面でも「教え育む」ことを感じられる。そもそも人と関わる瞬間から実は「教え育む」作業が始まっているように思える。そんなに高尚な事をしている意識はないのですが、人と人のコミュニケーションの基準はこの「教え育む」という視点が軸であれば、永遠に大きく狂う事はないように思います。

WinとMacとソフトイロイロ

 次次とソフトがバージョンアップする。日々仕事に活用する側からすると非常にお金がかかるので、「ああ、またか、ああ、またか状態」なのですが、これが医療や科学の分野ならこれらのスピード感は即僕達の暮らしに直結しているように思えるので、どんどん進歩して欲しい。しかし、自腹を切るとなるとちょっと片腹が痛いと思っていた。しかし、仕事なんだから、常に新しい製品を提供しなければいけない立場の人間が目の前の出費ばかりを気にし過ぎて良い商品(デザイン)を追求するのを忘れどっかりと同じ場所に座り込むのは、何か大切なモノを放棄したと同じなのだろう。
 投資するとは言っても巨額な事もできないし、先行し過ぎても現場に活用できない。増してや、使用する本人がそんなに活用できるところまで新しい機能を使いこなすまでに時間がけっこうかかる。そして、何よりいろんなデザインを自分の目で見て何かを感じる作業をしていなければ、良いデザインはできないと思う。結局、ソフトは道具だからと古いバージョンを使って職人感覚で仕事をしている方も素敵ですが、貪欲に新しい機能や活用術を模索することはやり続けなければと思います。自分のスピードで。
 手術の技術でひと昔までは大量の出血が伴う手術も技術の進化でほとんど出血しないという技術をあるらしい。高い技術はいずれ多くの医師の皆様に伝達・継承され多くの命が救われる。デザインで何かを救おうなどと大儀はありませんが、綺麗でカッコいいだけじゃない、お客様ひとりひとりのビジネスの大切な軸をサポートできるようなデザインを作るために、新しい道具は必要なのです。

モデリングスキル。

 私自身も7~8年3DCGにはそれなりに取り組んでいるんですが、作成するオブジェクトは建築パースであったり、DTP用のキャラクターであったり、Web用の素材です。たまに映像作品を作るときにカメラで撮影した映像と3DCGを合成させたり、撮影できないような状況を3DCG表現で対応したりします。宇宙空間とか海底とかどこか海外の街並みとか。
 工業系の商品の静止画を図面を見ながら作成する事はまず問題なくクリアするのですが、「水の流れ」とか「植物の成長」とか「昆虫の動き」なんてことになると、動き的にもモデリング的にも山が高くなります。例えば恐竜を作成して太古の世界を歩かせるなどってことは以外と想像の創造なので簡単なのですが、現実のリアルなシュミレーションとなると動きとモデリングの技術が求められます。これが、いろいろな3Dソフトがあり、それぞれに特徴があるのですが、あまり高価なソフトも専門分野ではないので購入できませんし、手ごろなソフトでトライしていると数値で作るという方法と感覚的に粘土でもこねる感覚で作るパターンの数値入力という方法になってしまう。これがとてもやっかいでして、XYZ軸を認識しながら動く場合は時間の軸が増えて、最初のころは平面思考がしみついているので頭の切り替えが大変でした。それがクリアできると自然な動きを求めてしまう。これが結構難しい。トライしてエラー・エラー・エラー・エラーの連続。でも、イメージどおりの映像のレンダリングが完成した時はちょっと感動です。それもすべてモデリングスキルがあれば・・・なのです。このモデリングは絵画で言うところのデッサンみたいなニュアンスがあり、論理的に考えても答がでないデジタルなのにデッサン!?みたいな感覚なのです。

10年以上。

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 確かこの筆やペンは15年ほど使っている。ペン先もほとんと変えていないし、平筆に関しては22歳の頃に買ったような・・・。とにかく貧乏性の私はあきれるほどモノを捨てない。カミサンにもあきれられている、かなり。しかし、絵に関するギアに関して、手になじんでいる道具はそう簡単に捨てることができない。また、このタッチを出せる筆を探すはともてとても苦労するから。もう20年、20代の頃これでいろいろ描いていた頃が蘇る。すると、その時のモチベーションが蘇る。頭も手も自分のタッチを覚えているが、この筆やペンも確実にタッチを覚えている。「ころころバージョンアップする四角い電気の箱よく聞けよ!」と心でつぶやいてしまう。この数百円の筆がどれだけ仕事をしてきたことか、10年前に揃えたカラーインクなんて10年間仕事で水彩画を描き続けているが、まだ、半分も減っていないぞ!おい!Mac君とWin君、君達は高価なわりにはもろすぎるぞ!

目の覚める琵琶湖。

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 2時間の睡眠で打ち合わせへ。ふと見るときらきらと輝く琵琶湖。ボォ~とした頭が少しクリアになる。とてもきれいだった。

ひさびさの夜明け。

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 う~ん、若い頃なら夜明けはたくさん見てきましたが、この歳(43歳)になって朝焼けは厳しい。つまり、何年この仕事をしていてもスケジュール管理が出来ていないということか・・・、いやいや仕事のスピードが遅くなったのか・・・、いやいやひさびさに朝焼けを見たかっただけにしておこう。

こんなのではダメなんですが。

 OS9が逝ってしまいそうでしたが、なんとか帰ってきてくれました。フォトショップで書き出し中にフリーズ!どうにもこうにもOS-Xすら逝ってしまいそうでした。仕事が押している時に限ってこれですから、ほんとにMac君はわがまま。なんとかマススtoマウス(FireWireで同期)で進行中のデータを回避するのに4時間、OSの再インストールに1時間、詰まっていた仕事を処理して3時間。合計貴重な睡眠時間が8時間削られてしまった。少し仮眠してきます。

15歳のチャンプ。

 素晴らしい!素晴らしい!新しいスターの誕生です。世界を見据えている15歳にいったい日本という国はどう映っているのでしょう。日本のゴルフ業界もこれで人気復活なんて思っていないでしょうね。きっと、このような方は日本というステージをスルーされ、海外で結果を出されるのでしょう。今田さんも素晴らしい。プレイオフでは残念な結果でしたが、次のメジャーで大きな花を咲かせてほしい。心から期待しています。しかしながら、ここ2~3年、100が切れぬ・・・、なぜじゃ。

CREATIVE SUITE 3

 プリント・Web・モバイルまで進化するデザインのための新世代ソリューションということで「CS3」が出ました。現在CS2とSTUDIO-8を活用しているものの、まだまだ、充分でないうちに、もう新しいVerが発売。このスピード感は何を意識しての戦略なんでしょうか?きっと、膨大なデータベースと世界最高の技術者たちが日々研究に研究を重ねて、マーケティングにマーケティングを重ねてこれらの発売タイムテーブルが決定しているのでしょうから、きっと、このスピード感には大きな意味があるのでしょう。
 世界中のクリエイターの皆様は「おいおい、ちょっと早すぎくない?」と思っておられるのか、それとも「やっと出たのか、市場はもっと高いレベルを求めてるんだから、もっと早い展開をしてくれなきゃ!」と思っているのか、とても知りたいところです。私はイラストレーターなら8.0、フォトショップなら5.5、FlashとD.W.とF.W.ならMXあたりがちょうどいいと感じているレベルですが、皆さんはどうなんでしょう?「自由×自由」と言っていますが、使いこなしてこそ自由ですから、そんなに世の中の現場は高いレベルのソフトウエアを求めているのかなぁ~と考えてしまいます。新しい特徴・機能を確認してもどうもピンとこないことがとても多い。でも、ついていかなかればいけないんでしょうね、でも、どこかでいつか飽きるだろうなぁ。うん?何に?デザインに?クリエイターに?Macに?「Use it or Lose it.(使わなければ失う!?)」なのだろうか・・・。

オススメ書籍#001

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 いつも行く本屋さんで面白そうなので買いました。「だから、Webデレクターはやめられない・島元大輔著」発行:ソシム株式会社/¥1,200。著者が考えるWebサイトについての考え方からここ10年のWebビジネスの動向や今後の展望などなど、非常に著者目線の言葉が刺激的でした。何か大きな概念ばかりを総括してたくさんの数字を記述しただけのこの手の「なんとかマーケティングで大成功!」みたいな実態のあるようでないような書籍とは確実に異質でした。特に84ページの「よく遊ぼう」という原稿はうんうんうんうん状態でした。いろいろな人と直接会うことが自分のいろいろな視野や見聞が広がりそれがモチベーションにつながり、自分のセンスや技術やスキルに変わっていくという言葉。とても共感しました。パソコンの中の「遊び」には実態がない。つまり、脳はそこからあまりたくさんの事を、それが有益無益に関わらず学ばないのではないだろうか。そんなことを考える一冊でした。

ダイス?

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 中村様(季の雲)のご好意で土を頂きガス窯で焼いていただいた陶芸作品です。CUBEというモチーフがとても気になっているのでいつも仕事場にこんなのがあったらいいなぁ~というイメージで作成しました。四辺が40mmと30mmの2種類を作成し、S.O.S.のメンバー様や知り合いにプレゼントし、残りはこのように自分の仕事場で使っています。仕事の資料や校正紙を押さえるペーパーウエイトであったり、忘れてはいけないメモを目立つところに立てるペーパースタンドであったり。しかし、実は表面に1~6本の傷を入れてありまして実は実はダイスだったりしているのです。ダイスで何をするのか・・・、これは今だに不明。ただ、1~6の数字が毎日仕事場で上になったり横にしたりで、ラッキーナンバーにならないだろう・・・などと、小さい一喜一憂ができたりする。このインスピレーションが以外と頭に効く。そこそこ重さもあるので書籍を立てて飾る時のウエイトにもなります。白い陶器のCUBE。気楽に作ったのでとても歪(いびつ)ではありますが、逆に愛着が湧いてくるから不思議です。まだ数個なら余っています。欲しい方はご連絡ください。

古民家というスタイル。

 自分が家を建てる時、何を考えていただろう。なまじっかいろいろなハウスメーカーの仕事をしていたものだから、いつものことながら頭がデカくなり、今思うと正確な判断ができてたのだろうかと考えてしまう。家を選ぶ時に判断の基準が難しかった。「デザイン」・「間取り」・「構造」・「素材」・「コスト」などなど、よくハウスメーカーのチラシやパンフレットの判断基準をそのまま置き換えて、マジックにでもかかったように、とても狭い視野の中で判断を下してしまったように思う。しかし、永遠に検討するわけにはいかず、どこかで必ず「妥協」がある。「妥協」とするとあまりいい響きではないが、結局、高価な買い物だからといって、慎重に事を進めていても、建築会社の営業マンにコントロールされていたように思う。と言うか、建築会社の営業マンを信頼できたから、あの時、よりベストな判断が出来たと思った。
 今、住んでいる家は120%満足しているし、どこか欠陥が発生したわけでもない。しかし、昨日、仕事で「古民家スタイル」という家のスタイルの歴史や現実を聞かせていただき、ちょっと、自分なりに家に対する考え方が変わった。家を選ぶ基準で忘れていた判断基準に気がついた。それは「生き方」だった。

バンドしたいなぁ~。

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 暇な時(なかなか昔のようには・・・)に鳴らしていますが、本格的に目標がないので、うるさい音しか出していません。バンドとかライブとかしたいですが、なかなかなかなかそんな時間はないですねぇ~。でも、みんなで練習用のスタジオをレンタルして、金もないのに、楽しくライブの練習をしていた時期は楽しかった。もうエフェクターの電池も切れているでしょう。

Webサイト概論#001

東京でグラフィックデザイン・広告の世界に潜り込んだ23才の頃、アートデレクションという仕事とMacに取り組んでいた新大阪の27才のころ、単身でN.Y.でフラットな気持ちになれた30歳、滋賀県長浜でWebサイト(当時はホームページ)にであった33歳。思えば現在「Webデレクター」という言葉が妙に自分自身にフィットする感覚がある。特にセンスも大きな看板(有名度・知名度とは無縁)も若さ!?も資本!?もない私がその場所その場所で確実に自分の中にあったのは「臨機応変能力」だけだったように思える。なんでも興味のあることに突っ込み、くだらない勝負事にも真剣になり、inであれ、outであれ、パソコンであれ自然であれ、楽しいことを、楽しいことだけをやってきた。やってこれた。仕事ではD.T.P.・製版・印刷営業(見積もりから納品まで)・ほとんどのソフトウエアでデザインやイラストレーションを作成し、3DCGから水彩画・パステル・ガッシュ・アクリル・油絵の具・ペン画などなど、興味のある画材はすべて使いこなす自信がある。機会に恵まれて、たまに陶芸もさせていただいたりしている。そんな万屋(ヨロズヤ)が36歳にWeb用のプログラムにであった。こんな言語は一生無縁と思っていた私が気がついたらプログラムの本を読んでいた。単純に「面白い」と思った。概論というと大げさですが、そんなWebサイトに対して私の考えることや仲間が取り組んでいるプロジェクトや有名・無名を問わず、国内・海外を問わず、いろんな人のWebサイトへの取り組みをつらつらとまとめていこうと思っています。仕事テイストな記事やコメントは非常に少ないと思いますが、楽しいTipsをここにアーカイブできれば・・・と。

MY WEB SITE
http://www.act-khuz.com
※「khuz」はN.Y.にいた時に留学先の寮のルームメイトがくれた私のコールネームです。

素敵なバック。

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とある東京のショップで季の雲のオーナーさんがもらってこられたバック。それをなんとご好意でお譲りいただきました。ありがとうございました!素敵です。東京は素敵の密度が高い!センスは才能ではなくて技術だと思います。使っていないと枯れていく、使っている人が多いとより磨かれる。これが、これが、なんともWeb上での情報交換では絶対に伝わらない。五感に伝わってこないんです。Webデレクターとしてこんなところでさじを投げるわけにはいかないのですが、難しい。言葉の解釈も「感覚的」って書いただけでもう感覚的ではなくなる現実。手にとって感じる感触、臭覚、味覚、聴覚、そして、視覚。素敵なバックです、ホント。

大村さんの器

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 5月12日から大村剛展を開催中です。1階と2階に展示された大村さんの作品は素敵としか表現できません。ほんとうは土曜日に伺って大村さんとお話をしたかった・・・。
ちょっとない質感、そこに行って見る感触がWebでは表現できず伝わらないのがとても残念。
http://www.tokinokumo.com

素敵な花瓶!?

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ギャラリー&レストラン季の雲さんの「ガラクタ市」にてゲット!
理科の実験用のフラスコらしいのですが、紐をつけて壁にかけると素敵な花瓶!?になりました。

Flashと格闘。

 DTPやWebの企画や構想や制作にも多くの時間がかかるが、ちゃんとアニメーションに取り組みはじめて3年ほどですが、なになにアニメーションも時間がかかるかかる。2000年からFlashを使っているが、この間かなりの機能が充実しスクリプトも画期的に飛躍しサーバ関連もCMS関連も充実してきて、ニーズも増えている実感がある。映像に関して同じぐらいのタイミングで専門的に取り組みはじめましたが、同じことが言える。とにかく、PCを含む環境の変化は早い。創り手が追いつくためにはかなりの努力が必要で、追随するのにエネルギーが必要であり、そこから自分の作品を作成したりこれらのギアを活用して作品を完成するにはかなりのエネルギーが必要だと思う。大きなプロダクションでないとさすがにこのあたりをこなせないという理由が実感として理解できる。しかし、映像表現とアニメーションは面白いと思う。世の中がマルチメディアマルチメディアと騒ぐからではなく、純粋に表現として魅力的である。仕事で求められるからアクションスクリプトは取り組んでいるが、Flashアニメーションはいろんな条件が必要だと思っている。ソフトの機能は充実し拡張されるが、アニメーションを作成するにはそれだけでは絶対にどこでも見かけるソースレベルで一目瞭然でどんなにテクニカルでも寒い。「企画力」「アイディア」「物語性」「描写力」「構成力」「音」「シーンとシーンのタイミングのセンス」「メッセージ力」「社会性」キリがないが、これらが詰まっていないと寒い。とにかく格闘しながら前に進もうと思う。さて、今日もFlash-8を起動します。

アニメーションの深さ。

 仕事でアニメーションを作成しているんですが、奥が深い。マルやシカクをFlashで動かしている段階ではある程度ソフトがやってくれるの仕上がりが予想できる。しかし、物語や主人公や微妙な人間の動きをアニメーション表現しようとるすと急に山が高くなる。風景の描き込みや人間以外のモノの動き。画面の構図やアングルや光と陰。スピード感や動きと動きの間。効果音やBGMなどの音素材も深い。感情を表現しようものなら、とてつもなく絵に気持ちを入れないとしっかりと演技してくれない。普通に見慣れてる人間の仕草ひとつひとつが最近、目からウロコ状態です。でも、アニメーションを作成するために企画を考え、ストーリーを設定しキャラクターを設定していざ作画の段階で強く感じることは、やはり、はやり、「絵のチカラ」である。デジタル全盛と言われて久しいがソフトのできることには本当に限界があると感じる。どんな高価なソフトでどんなにハイスペックなプラットフォームでゴリゴリとしたモーションよりも、描き込んだ絵で人の感覚で計算され演出された動きには勝てないと思う。絵はダイヤモンドよりも金よりも土地よりも確実に価値があると思う。世の中のアニメ作品に多くの人の心が動く理由はそこらへんが理由なのだろう。

まるいカケラ#001

そして、僕の心にはまるいカケラが残った。真紀は夢に向かってイタリアに旅立った。僕はこの街で僕の夢を追いかけていこう。

「まるいカケラ」

半年前

「だ・か・ら、真樹ってば、何度言ったらわかってくれるのかな!」いつでもどこでも火がつくのが早すぎる。ちょっと何かを慎重に考えるということができない人。言葉にする前にすでに走り始めている人。好き嫌いが激しい上に他人の好き嫌いに興味がなく同調とか協調とか共有とかという文字はこの人の頭の中にはきっとないのだろう。いつもいつも自分のペースで地球は自分中心に回っているという説をいつか発表するだろう。
「ねぇ!何をまた考えてる?言い訳?御託?議論の準備?ねぇねぇ!私、10時からリカの勤めている会社でバイトだから行くね。」「自習は?課題は?もう提出できる状態なの?」「うん?じゃあ!」そそくさとさっきまでメモしていた小さいノートをバックに放り込むと店を出て行った。彼女の基本姿勢はアート中心の人生を送ることで、現在はそのための準備期間らしい。僕は大学を卒業したらどこかのIT系の企業に入れればいいと思っている程度。情報技術ビジネスとアートの間にはかなり深い溝があるように最近思えてきた。それは真紀という人に出会ったことが少なからず影響している。

工事が始まった。

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 国道をはさんでアクトの前に大型量販店がやってくる。本屋と電気屋さえあればいい私はとても楽しみにしている。会社から歩いて30秒のところに大型電気屋が来るのだから、なんとも嬉しい。ずっと荒地で草がはえていた広い土地が整備され始めた。この嬉しい気持ちを記念して今日から毎日毎日オープンの当日まで同じ位置から写真を撮ろうと思っています。意味も意義もなさそうですが、面白いかなと・・・。ただそれだけ。地元ではあまり聞きなれない大型量販店のチェーン店らしいが、いつでも気軽にパソコンやソフトや周辺機器を見に行ける。CDやDVDも置かれるのだろうか・・・、電化製品で欲しいものはいろいろある。パソコンもオプーンセールとかするんだろうか・・・、液晶大画面も安くなるかな・・・、iPodのアクセサリーとかも充実しているのだろうか・・・、今からウキウキが止まらない。

紙とDVD。

 まぁ、業種にもよりますし、取り扱っている商品にもよりますが、紙のパンフレットとDVDなどのメディアで商品や業務案内をするのは適材適所だと思っていますが、どうせコストをかけるならDVDやCD-ROMでという傾向は強いように感じます。会社案内は印刷してチラシはPDFでWebサイト内に設置してD.L.してくださいというパターンが最近の流れなのでしょう。この場合手に触れるパンフレットの情報とモニターありきのメディアを介した情報とではどのような条件の違いがあり、どのような効果や印象の違いがあるんでしょう。お客様とよくこのお話をさせていただく際にも、なるべく主観と客観を交えて公平な考えを述べているつもりでも、どうしても自分の感覚で意見を発してしまう。これがお客様にとってマッチしているかしていなかは正直分からない。感触として情報と知覚としての情報。何にコストをかけて何にはコストをかけないのか。今さらながら、アクトとして看板と会社案内を作成しようと今構想し企画している。Webサイトはリニューアルがひと段落したので、アクトの営業アイテムの作成に着手しようと思っています。となるとますます主観と客観が頭の中でブレストをはじめる。紙とDVDなどのメディアとしての利点を整理した上でコンテンツを吟味するという基本スタンスに戻ろう。どうもデザインやメディアにおける様々な表現が頭の中で先行してそれらありきになってしまうと、いつものことながら本末転倒になりそうなので・・・。

机の上のカエル

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 なかなか思うように仕事がはかどらないことはよくある。これだけこの仕事を続けていても全然段取りが上手くならない。何故だ?仕事の内容は複雑になってきているのか?求めるものが高くなってきたのだろうか?いろいろな要素があるだろうけれど、なんとも想定内に何事も終わらない。クリエイターの皆様そういうことってないですか?この仕事はいつでもスタートラインとゴールラインを行ったり来たりで、タイムが年々早くなったのか遅くなったのか分からない。そしてそして、いったい今回は何m競争なのかも読めない。ゴールだと思っていたのが実は水の補給地点だったり、スタート地点だと思った場所でスタートの合図を待っていると、いつまでたってもスターターが現れない・・・。よくあるよくある。頭が飽和になってふと見上げるといつもいるカエル。うん、頑張ろう。

works#001

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 G.W.結局1日も休みは無かった。まぁ、いつものことですが、休むという感覚がもう麻痺していることも現実にはありまして、何が休みかもう分からない。旅行に行く気もないし、美味しい料理を食べに車を走らせることもない。仲間と美味しい酒を飲むためには距離は関係ないが、それ以外はパソコンの前か机に向かっている。本が読みたくなったら読むし映画が観たくなったら観る。音楽が聞きたくなったらiPodで聞く。だからどうも休みという感覚はない。まぁ、そんな感じのG.W.のお仕事の最後の絵はこの一枚。気持ちよく描けた描けた。

愛犬チョップ君#001

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 ひさびさに近くの公園に車でお出かけ。貸し切りテニスコートの中を自由自在に掛けまくるチョップ君。いつもは鎖につながれてなかなか全速力で走らせてやることができない。柴犬は犬の中でも力が強くよく走る犬なので、もっと運動をさせてやらねばいけないのですが、飼い主が最近いい訳だらけで充分に運動させてやれない。ひと走りして木陰で満足そう。鎖をはずして全速力でコートを駆ける姿を見ていると本来の姿はこうなんだろうなぁ~いつも鎖でつないでごめんなと思う。一回、鎖がはずれて脱走した時は朝の5時から夜中の12時まで放浪して帰って来た。両足の肉球が血だらけで腹もへったのかかなり疲労していた。そのまま自由になることもできたのに、ちゃんと帰ってくるチョップ君。今日は大満足でしょう。

上野樹里さんの映画について#001

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 映画「スイングガールズ」から上野樹里さんがとても好きになった。それから「のだめ~」「幸福のスイッチ」「虹の女神」を観た。とてもいい。最近観た「虹の女神」の中で樹里さんが映画関連の大学生の頃作成したという設定のワンシーンがとても印象深い。そんな構図を近くの公園で発見したので、思わずシャッターを切った。「地球最後の日」とかっていうタイトルにはじめはちょっと引いて観てたのが、やはり、しっかりしっとりと落としていただいた。これも他の女優さんではこうはならないように思えた。映像の構図はスチールの構図とまた違うように思う。樹里さんも映画の宣伝で普通の番組で観る場合と映画の中とでは全然別人です。観る気持ちで観てる絵は変わるんですよね。それまでなにげに見ていたこの木の絵も心に残ってしまった。

イラスト#001

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お仕事で絵を描くことは以前は苦しかった。でもいつの頃か楽しくなった。そのきっかけはどんなことだったか忘れてしまったが、それまでは結構、絵が好きでこの仕事をしたのになんでこんなに苦しいのだろうかと悩んだ。仕事だから自分の好き勝手に描けないし、不本意な注文がきて最初からやり直しってことなった場合に、もう一度モチベーションを上げるのに苦労した。「えっ、もう一回!!」みたいに。でも、自分で自分の絵を評価できるとでも言うのか、ちょっとゆるくなったのか、仕事なんだからもう一回ベストを尽くそう!と思うとモチベーションが上がるようになった。でも、自分の好きなテーマを仕事で描けるケースは非常に少ない。いや、ほんとど無いに等しいからこんな自分なりのシステムを作って仕事用モードになっているだけなんだろうか。でも、女性の絵を描く時はそれが仕事でもライフワークでも簡単にモチベーションが上がる。何故だろうとは考える前に白い紙に向かっている。これは仕事のためのイメージ画ですが、無駄な力が入っていない。20枚ほど描いた中の一枚ですが、こんな感じで描けている時はちょっと調子にのって油絵で描きたくなる。

カエラちゃん

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Hudson River

画像の確認

「Hudson River」

10数年前何かを探してアメリカに行った。ひとりの不安もひとりの期待もすべて自分で受け止められるとても素敵な時間でした。出会う人出会う人が0スタートで心地のいいぐらいに頭の中に日本は無かった。自分とアメリカだけが朝起きてもどこかの美術館にいても夜眠るときも。そんなたくさんのことに出会えたアメリカでたくさんの写真を撮ってきた。日本に帰って一枚の写真とその場の記憶で描いた「Hudson River」。記憶のままに想い出のままに絵の具を重ねた。深い森と深い水面がいまでもゆったりと心の中を流れている。

イラストレーターCS2

 僕がMacに出会ったのは東京の新宿。19年前である。24歳の頃だった。その時のモニターはモノクロで妙なサイズで妙な比率だった。中学生の頃、タイプライターを持っている方が近所におられて、キーの配列を覚えたり、知っている範囲で英語の手紙を書いたりしていた。その延長上でワープロを購入してブラインドタッチを覚えた。その頃だった、Macに出会ったのは。特にワープロの発展形なんだろうなぁ~というレベルの興味と「仕事に活用するからこれからはMacです!」というえ営業マンの方の言葉を鵜呑みにして初めての起動。その中にインストールしてあったソフトウエアがイラストレーターだった。英語のマニュアルと全画面が英語というこのソフトウエアで線画を描いたり、四角や円を描いて荒いドットプリンターでプリントアウトして一喜一憂していた。勿論、モノクロ。それが、現在そのバージョンは12になりまだ一回も使った事のない機能があるまでになった。
 では、あの頃から使い手のバージョンはアップしたのかとよく考える。ディバイダと三角定規とロットリングから入ったデザインの世界。その後数年でいっちょまえにMacを併用するようになりDTPしてまっせ!と浮き足だって来たが、基本はミスコピーの裏に三角定規とディバイダで画面レイアウトをしている時と同じ。3DCGソフトのテキスト本にデッサン力のある方とない方では圧倒的にデッサン力のある方が上達が早いと。う~ん、イラストレーターも同じかもしれないと思う。イラストレーターを使っていれば=グラフィックデザイナーみたいな誤解があるが、それほどデザインの世界は地に落ちていない。機能があり過ぎて僕は戸惑う方なんですが、では、イラストレーターとグラフィックデザインの関係は???となると、とても長い話になりますので、また次回。

ノギスについて。

 ノギスとは工具のひとつで検索すると「ノギス(独:Nonius、英vernier calipers、slide calipers)とは、長さを精密に測定する道具である。」とある。中学生の頃、技術の時間ではじめてこの工具の事を知った。スギノを反対から読むこのノギスになんとなく親密感を感じた。道具というのは使ってなんぼだから、他の大工道具も使用目的があり、木切れで何でも作っていた子どもの頃はかなづちやのこぎりはしょっちゅう使っていたが、このノギスは家にも無かったし学校にも無かったように記憶している。ただ技術の教科書に写真入りでこの工具の説明が載っているのを見た時、どんな場合にこの工具は使用するのだろうと興味を持った。しかし、デザインの仕事とノギスの接点はなく、現在に至る。
 以前に機械系のお仕事をしておられるお客さまのところで「デジタルノギス」を発見。アナログのノギスは0.01mmまで計測できるのですが、いったいこのデジタルノギスとういのはどの程度の正確さがあるのだろうと考えながら眺めていた。精密に計測する作業は平面デザインやWebデザインの現場ではパソコンが勝手に計測してくれるから寸法は画面に表示される数字でしかない。しかし、ノギスは手にとった様々な素材の部品を計測できる。デジタルコンテツにもこんな考察ができないかと考えている。大切なのは画面の数字ではなく感触としての数字こそ人の五感に訴えると考えるからである。だから、このブログのタイトルにしたのです。文章で表現できる人なりの感触こそが情報の本質だと思うから。

こんなブログにしたいのです・・・。

 なんとか仲間のWebデレクターさんにmixiを紹介され、頑張ってブログに取り組み始めました。なかなか日記をつけるのも時間とエネルギーが必要だと痛感。登録した時は頑張ってネタを探して日記にしたり皆さんの日記に書き込み書き込み。でも少し正直飽きてきた。でもでも、世の中の流れがブログブログブログと「Let's join us!」と手を振っている。う~ん、ならば、自分の書きたいこだけのテーマを絞り込んで改めてmixi以外でやってみたくなった。最近、Web設置されるお客様もみなさんとても精力的にブログを自社の営業展開に活用しておられる。Webビジネスに携わる人間が「もう飽きてきた」では済まされない危機感。とは言え、ただの日記にはしたくない。どうせ書き込む時間を捻出するなら生産的で建設的なログにしたいと思っております。
 ということで、やはり当然勿論、テーマは「芸術」「デザイン」「クリエイティブ」「ライフワーク」「映画」「音楽」「自然」「パソコン」「ソフトウエア」などが現在のテーマ設定のアウトラインですね。気合を入れて始めると絶対に早い段階で失速するタイプなので、ゆったりとマイペースに記事といいますが、ページ数を重ねていこうと思っています。ブログ小説なんかもブレイクした人がいましたが、最初は皆さんこんなゆるい気持ちで始められたのでしょうね。ということで楽しいブログにしていきたい。