日本語は難しい~!

 きっと、日本語だけではないのでしょう。だから、コミュニケーションは難しい~!が正しい。信じているモノの違いでトリガーを引くことのできる、ただ、それだけの理由で簡単にトリガーを引ける生物が人間なのでしょう。で、トリガーについてですが、何も鉛の塊を発射する道具だけの部品の話ではない。またまた、そちらのトリガーの方がやっかいな場合がある。それは「言葉」だろう。それが悪意であれ善意であれ伝えたい時にカーブを投げているのに、シュートになる。ストレートでインハイに投げているつもりが、ど真ん中でホームラン!イワユル手元が狂うという状況。慎重に投げてもキレがなくなりホームラン、コンビネーションを組み立てても裏の裏の裏が的中されてホームラン、もうどうにでもなれ!ってノープランで投げると暴投で3塁ランナーがホームイン!どうやっても1点を取られてしまうのです。

 しかし、バッターを良く見ているピッチャーは自分の持ち球を生かす投法を心得ている。何も150kのスピードボールがなくとも、ナックルボールを投げられなくとも、三振をゲットし、凡退させ、勝利に結びつける。これはベースボールフィールドのお話ですが、社会のいたるところでこのようなゲームが開催されている。「勝ち方にこだわっていた国民」が大きな戦いの後、「勝ちだけにこだわる価値観の国」に侵食され、今現在でも勝ち方にこだわっていた国民が迷っている。一番迷っている顔はなんと言ってもあの方でしょう。あの顔をテレビや路上のポスターで見るたびに、ああ、この国は迷っているなぁ~と思う。

 でもこれもきっとたぶん日本のお話だけではないのでしょう。やはり、コミュニケーションって難しい~となる。なぜなら、人は基本的にひとりだから。だから、ホームランを打たれる事も人生、攻撃の回に自分が打席に立った時に、そのピッチャーの心理を熟知していたら、非力な私でもホームランが打てるはずなのである。結果がすべてだと信じている人、そう信じさせらられている人はゲームを楽しむことができない。実は過程も結果もそれほど重要な事ではありません。一番大切な事はマウンドに立つことであり、バッターボックスにバットを持って立つ事なんですから。観戦者には絶対になりたくない。