大切な情報とは?

 8月1日、日経新聞の1面で「電子政府」という文字を目にした。市町村合併で地方自治がスリムになり機能性が向上するための・・・。目指すところはどこで、過去に現在にどんな問題があるのか?理解してると思い込んでいるのはただのメディアコントロールされた情報のカケラであり、情報の上澄みのようにも思える。本体の部分や深みの部分はまだまだ淀んでいて「電子化」はただのルアーかもしれない。しかし、ルアーを投げなければバスは釣れない。ルアーフィッシングの醍醐味はターゲットとの駆け引きであり、釣り上げたバスは最終目的ではないためにリリースする。いわゆるゲームフィッシングという概念である。この是非については頭で考えるよりも、ただ単に楽しいから水中にルアーを投げより多く、より大きなバスを釣り上げようと感覚を磨き技術を磨きプランを磨きゲームに臨む。トーナメントで釣り上げたバスは計量後必ず同じ水の中にリリースして完了。「また、いい勝負をしましょう!」と心で唱えながら。これは傲慢なただの人間の業なのでしょうか?
 では、インターネット環境や情報が飽和状態にある現代社会において、本当に大切な情報とは結局のところ何でそれはどこに行けば手に入るのでしょうか?と考える。時間の変数の中にどんなピースを組み合わせていけば自分の描いた絵が完成するのでしょうか。疑いはじめてもキリがないし、信じてみようにも選択肢が多すぎる。中立でいることが疎外になり、対立が調和と認識される不思議な社会構造。政治も文化も経済も芸術も右往左往しながら、ただ、時が刻まれているという不思議な感覚。一回入ったぬるま湯は心地いいが、隣の芝生も青く見える。時に立ち位置を変えてみたいと思う時もあるが、簡単にそれができない状況も多く存在する。さて、What do I do?