栗3年。

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 家を建てた時、庭に数本の木を植えた。それが、昨年の冬前に根元から虫に食われて一本枯れてしまった。気がついた時は木の幹の地面に近い部分におがくずがたまり虫に中身を食われていた状態だった。虫を引きずり出して全部削除したが遅かった。冬を越して春になり、他の木からは小さな芽が出て新緑仕様になったのですが、その木だけは枯れたままだった。根元から切り3mぐらいの幹を枝をはらい残しておいた。何かこれで作れないかと・・・。で、その木の生えていたところに栗の木を植えた。
 桃栗3年というがこの程度の細い苗木なら花が咲き実がなるまでにはもう少しかかるでしょう。玄関から出たところに立っているその栗の木を見るたびに、栗の実がなるであろうあと3年後について思いをはせてしまう。
 最近国産材を販売し昔ながらの在来工法で家づくりに取り組んでおられ会社様のWebサイトを手がけさせていただいた。杉や檜のお話をたくさんお聞きした。家のサイクルが現在では30年らしいが、国産材を使った在来工法の家は100年モノで、リフォームする場合も部分的に改築することができるが、イマドキな家づくりは壊して建てて壊して建てての繰り返し仕様らしい。いろんなサイクルを短くするのは市場が活性化するため、何事も長持ちすることは現代の感覚では好まれない風潮にあるらしい。しかし、第1次産業が見直され、格差社会の構造が明確になれば、たぶん何事も二番煎じが通用しなくなるのでしょう。二番煎じが通用している事自体が不思議といえば不思議ですが、時代の流れ上それは否定できない仕組みがまずありきだったのでしょう。では、本物の条件って何でしょう?いろいろな感覚が麻痺している状態で正しい判断をすることは難しい。三日坊主と栗3年、30年の家と100年の家。日本人の寿命は世界一で現在も上昇しているらしい。不思議不思議。