ヨコモジよりも。

 いつものことながら、SEO/SEMやWebデレクション関連の本を読み漁っているわけですが、以前はとにかくヨコモジ表現について自分なりの分析をしながら読み進めていたように思える。しかし、最近、2.0の傾向が示唆されはじめどうもヨコモジよりも別のキーワードが気になる。それをいくつか。
 「変人と職人」雑誌や書籍を起こしている人の経歴を知るたびに自らを表現する際に小難しい表現は避けられている。これも手法なのかもしれませんが、その中でも自分を例える際に「変人」とか「職人」であるという表現が気になる。ちょっと一般的な標準クラスの感覚からいい意味でも悪い意味でも逸脱することを「変人」と称しているようなニュアンスが重宝されている。これは天邪鬼な私にしてみれば、そこかしこにシンクロしてしまっている実は。そんな方たちとできたら一回お会いしてほんとに変人なのか共有してみたいと思う。きっとたぶん、想像ですが、その方たちはかなり努力をして「変人」のスタンスをキープしていると思う。そこで「職人」ならどうだろう。職人のニュアンスは自分のスタイルでコツコツと世情に乱されず依存せずに自分の仕事を自分のペースで推し進めるタイプを称しているのでしょう。これはモノヅクリな人の作品に対するアプローチとしてはあたりまえなのですが、デジタル文化最前線でも「職人」が頑張っているようです。
 次に「気持ち良さ」というキーワード。非常にファジーな状態ではあるのですが、とにかく気持ちいいという言葉がインタビューにも自分の作風を表現する際にも多様されているように思える。では、現代の気持ちいいという感覚を熟知していればその手法で購買意欲を奮い立たせることができる。しかし、どんなデータを目の前にしても人が感じる気持ちいいはそう簡単に整理できる代物ではなく、言葉を通してのコミュニケーションの諸刃の側面にはいつもいつもシビアな判断を強いられる。なぜだろう?捉え方が違うことを前提で共有しているモノが減ったのでしょうか。この言葉はそういう意味で奥が深すぎる。
 3つ目は「裏側」です。表があるから裏があるわけですが、それぞれの引用においての表を仮定して読み進めてて、あれ?これじゃなかった!?みたいな事がよくあり。いったいどれが表でどれが裏なのか結局分からないまま、十分に理解しないまま、その文章が終わる時がある。うんうん、やはり、偏差値13以下の頭ではこの程度の理解力かな・・・と「変人」「職人」「気持ち良い」「裏側」の語感を手のひらの上で転がしてみる。これがヨコモジならこんな違和感がないのが実は不思議なんですが・・・。