開くと閉じる。

 とにかくブログ文化の醍醐味は「開く」感覚だと思います。企業であれ商店であれ個人であれ、オンライン上に情報を開くと行為のエンジョイ感があります。そして、その情報が新しいコネクションを生みオンライン状でネットワーク化する。いろいろな問題を抱えている進行形のメディアでありギアであることは否めませんが、「開く」感覚を楽しいと感じた方にはもう後には戻れない素敵なワールド。
 一方、芸術や商売の本質はネットワーク上で派生することはなく、仮にそのフィールドで生まれたSOMETHINGは人から人へと右から左へと受け流されますが、継承というニュアンスではコネクトしないと思います。新しいビジネス、新しい芸術家の作風が一旦何か情報の籠に入れられ、レジを通った瞬間それはすでにベルトコンベアー上をモコモコと流れる。ここで「閉じる」という作業が必要になってくると思います。アイソレーションです。孤立・隔離・分離という作業がある一定期間存在しなければ、情報の温度が上がり過ぎていつか色あせた情報はそのままベルトコンベアーに載ったまま焼却炉行き。この「閉じる」という冷却期間があるから情報の独自性が維持できるように思います。ほぼ100%、完全なる独自性は存在しませんし、オリジナリティーと絶対知識の相関関係など「開いた」状態ではほとんと無意味ですから、おしなべて一世代前が限界でしょう。50年の時間の経過などもはや切り捨てられた過去になっている。歴史から学べない人が目を瞑り像に触れ像を批評している、そんな感じでしょうか。「子ども達の未来のために!」と左右に習ってこぶしを突き上げる気にはとうていなれない。
 「開く」と「閉じる」のオペレーションだけは誤りたくない。マッチポンプにはなりたくないですよね。