ブログ本

 タレント・芸能人のブログに火がついて久しいですが、最近、テレビで本人が自分のブログ本を出版して宣伝をするカットが多い。きっと皆さん「眞鍋さんに学んでいる。」のでしょう。ブログというツールが文化になった瞬間、それに気づいた瞬間、なぜそれを書籍にすることをチョイスされたのでしょう?目的はたぶん数字を獲得するだけではないはずです。オンライン上のコミュニケーションが発達しその中に一人称の主観を記述することで、その価値が発生したはずのブログを書籍にする意図。この部分のもやもやはいかようにでも解釈することができますが、その理由のひとつに日本人だから文字は文章は「タテ組」で読みたいのかな、共有物としてのデジタルコンテンツよりも、コレクター魂に訴えているのかな、などと推察してしまう。しかし、眞鍋さんしかり、ブログ本を買う気にも読む気にもなれない。
 しかし、タレントさんも大変である。自分の才能を売るだけにとどまらず脆弱性さえ人気に置き換えて戦わなければいけないのですから。澱(おり)にさえ自分自身自らの手でライトをあてないといけないのですから。それこそ才能だと思います。普通の人間は嫌ですよ、人気という法律に対していつでも自首できる覚悟を持っていなければいけないのですから。人気という法律上の犯罪がタレント・芸能人の武器にさえなっている訳ですから、陪審員も大変大変。
 ブログなんてイメージだから文字が多いと誰も読まないといい切ってしまったタレントさんをテレビで観ましたが、なんか惨めでした。ああ、この人これでMAXなんだなぁ~と思ってしまった。「活字ばなれ」という仮説と先入観に依存している方は一番大切なことに気がついていない。人が活字から離れていっているのではありません。活字が貴方から離れていっているのです。怖い怖い。