はたして情報とは?

 何事も鵜呑みだけはしたくないと思いつつも「情報が溢れている情報が溢れている」という文字や言葉をインプットするたびに「そうかそうなのか溢れているのかぁ~」と思ってしまいます。活字を鵜呑みにしない方もオンライン上やメディアから流れる情報も鵜呑みにしない方も、多かれ少なかれ水中にもぐれば鮎は見えているはず。吐き出さなければいけない獲物だと思っていても鵜は鮎をめがけ水中を突進する。一旦のどに入った鮎を吐き出しながら鵜は何を考えているのでしょう?情報は確かに溢れているとは思いますが、その中で価値がある情報となると非常に少ないと誰も感じているのではないだろうか、でも、溢れているから水に飛び込み鮎を一旦くわえる。でも、消化して自分の栄養にはしない鵜もいる。最初に鵜飼いのことを知った時、なんてセツナイ鳥なんだと思ってしまったが、鵜にしてみれば、それは誰のためにやっているという事でもないような気もする。紐で身体をしばられ川に放たれ一心に鮎を飲み込む鵜。これが本能だとしたら、人間ももしかすると同じことをしているのではないだろうか。鵜呑みにするのは理由があって飲み込むけど吐き出すという学習の結果、まずは鵜呑みにする知恵。となれば鵜呑みもそれほど無意味なことでもないのではないだろうか。川に潜って鮎を飲み込むのが鵜の本能ならば、一旦、PCの中に氾濫する情報を鵜呑みにしてどこかで吐き出し誰かに食べてもらうという目的なら、鵜呑みも悪くない。どんなに欲張りな鵜でも鮎(情報)を食べられる限界がある。身の丈も身の程も知らない鵜が鮎を食べ過ぎて健康を害することを鵜飼いは知っているのでしょう。生きるために食べる鮎と鵜匠のために飲み込む鮎は学習すれば切り替えら得るモードなんでしょう。それを会得できた鵜は紐に繋がれ鮎を飲み、自由な自然の鵜は自分の為だけに鮎を食べる。さてさて、どちらが生物として正解なのだろう?でその場合、鵜匠とは誰なのでしょう?で、この場合この情報は絶対に鵜呑みにはしないでください。