Apocalypto

 物語は「マヤ文明末期、ジャングルの中で一族の者と平和に暮らしていたジャグア・ポウ (ルディ・ヤングブラッド) の部落を別の部族の者が襲い、応戦も虚しく一族のほとんどは殺されるか捕らわれの身となる。彼らはいったい何者か、なぜ一族を殺さずに捕虜としてわざわざ連れて行くのか。ジャグア・ポウらは前途に待ち受ける運命を知る由もなかった・・・」というようなテンションの映画です。監督がメル・ギブソン、あのメル・ギブソンだから、これをチェックしないわけにはいかない。パッションでその人が復活したシーンでは、確かにメル・ギブソンが表現したいテンションがとても理解できた。その前の表現がああだから、ああ、あそこまで表現して、あのシーンなら、そりゃ、心は動くって・・・という感じ。とても文章にはできない表現だったのでそのディテールは割愛させていただきますが、啓示や黙示の捉え方が根付いていない心には伝わりにくいと思った。逆にその考え方をしない分、映画として最後まで観ることができて楽しむことができたと思っていた。
 しかし、「アポカリプト」はあの人は関係なかった。きっと、マヤ文明が何たるやなど解明できないだろうし、文献や遺跡から全てが理解できるわけではないから、映画で語られているお話の信憑性は依存するしか仕方ない。しかし、本能と黙示の関係は普通の教育を受けてきた人間なら分かるだろうから、その綾こそがこの映画の中で最初から最後までスピード全開で走りきる。そんな映画でした。物語の起伏は父と子、そして、子孫へみたいな形状はスタンダードで共感することができたし、長老の言葉も心にすっと入ってきた。何より何より銃が登場しない映画は気持ちいい。人は死ぬ。映画の中で無残な殺し方も登場するが、それは残酷というより、恐怖や争いの結果の人間の弱さという意味が込められてるので受け入れることができた。「文明は外部からの力では決して滅ばない、文明が滅ぶ力は内部から起こる」という冒頭の一文が、たぶん、メル・ギブソンが一番伝えたかったことだろう。
 興行的にはいろいろあったようですが、気持ちのいい映画でした。