何もしない責任。

 年末に向けて2007年を振り返る大きな複雑な出来事がテレビでニュースになっています。大きな企業も官庁関係も政治家も芸能人も大変です。私利私欲に生きることは別段あたまりまのことですが、自分の器を見誤ると世論も許さないでしょうし、法律に触れたらそりや罰が与えら得るはずですよね。しかし、まぁ、そんなの関係ねぇ~ということで、いろいろな場面で「責任」というキーワードが目立つように思います。クライトンは「恐怖」だと言っていましたが、どうも日本の一連のニュースを見ていると「責任」の所在ばかりが問われ、反証に困る、不思議な権利に依存している、先入観と慣習を勘違いしている、ような顛末が多い。しかし、彼らは自己責任において、それが悪いことでも何かをしてしまって、その責任から罰を受けた。社会的な罰や金銭的な罰や文化的な罰が彼らにどれだけ応えているか知る由もないですが、一応、この出来事は完結している。しかし、その側面で実はもっと深刻な責任感のなさが蔓延しているように思う。ここでそれを分析することは難しいですが、ちょっとづつ個人的に思うところは書いていきたいと思います。それは「何もしない責任」だと思うのです。