電子署名。

 インターネットによる通信には、ユーザーを保護するためにさまざまな暗号技術が投入されている。「電子署名」も、その一つ。印鑑やサインの電子版である。ただし実印も役所の証明がなければ役に立たないわけで、いったいそれなら「電子署名」にどれだけの意味があるのでしょう。署名がなければ崩れる信頼関係ならば、どれだけ認証するために何かを用意しても対処しても、それだけの信頼関係のように思える。となるとこのグズグズ感は何もインターネットに関する問題でもないように思えてくる。共有するために様々な技術が進化しインフラが整備されている一方で信頼関係を築くために、認証技術が必要か・・・とも思う。そもそも、情報を与えよう発信しようとしている人が署名があるから信用するわけではないでしょうに。どんなに信頼性の高い署名・認証が得られたとしても、信用できない人はいる。しかし、言葉や文化が違っても繋がっていると心の中心で思える人もたくさんいる。共有しているモノが違うと言えばそれまでですが、まったく電子署名など表面上のペラペラな存在。どれだけ複雑な認証システムで人を判断しようとしてもそれはそれほど意味はない。だから、言葉や文章の中に、認証キーを見出す目ヂカラが必要なわけで、「おお!これこそが信頼関係だ」と思っていても次の瞬間壊れる信頼関係もあれば、「何を言ってのこの人は!」って最初の印象でも、あとからゆっくり冷静に考えたら、この人の言葉って深い!となる人もいる。つまり電子でデジタルで何かを認証するという事に依存しない方こそが信頼の対象であるべきなのではないのでしょうか、と思うのです。指紋や静脈や光彩で認証しても中身が悪人だったらどうする?って感じ。インターネットの中に潜む、デジタルデータの中に潜む、発信者や創造者の意思が見えるような目ヂカラを日々鍛えたいと思います。