デザインのクオリティー。

 あるデレクターさんからお仕事を頂き、色校正の調整に立ち合わせていただいた。ほぼ1日を費やして色合いの微調整を完成させた。デザインのクオリティー=印刷仕上がり=販売促進活動の成功となる構図なのですが、デザインを創る、広告を創るという作業にはスタート地点もゴールもない。だから、「いい仕事」の定義は「オリジナル」でも「センスフル」でも「コストパフォーマンス」でもないように思う。いろいろな要素が相互に総合的に作用しあっていることは間違いなのですが、「いい仕事」には必ず「いいクリエイター」が必要不可欠なんだと思います。つまり人のチカラ。
 企業広告ならD&Hだった構造もいろいろな意味で軟化して、代理店神話が崩壊したと言われて久しいが、実は、そこにいた「いいクリエイター」のベクトルや立ち位置が時代と共に変貌したからにすぎないのだと思う。ではこの「時代」というファクターがどう流動しているのかという視点が、実は最も意識を集中して取り込まなければいけない獲物なのである。高いクオリティーを求めている方にセオリーどおりに取り組んでもどこかでコミュニケーションが破綻するし、コストや時間のベクトルを何より優先したいと考えておられるクライアントさんにクリエイターのエゴやこだわりを強要しても、同じくコミュニケーションは破綻する。ビジネスとは続けることであるが、デザインという仕事を続けるという能力は総合力だから、マルチに情報を収集し、いろいろな価値観の中から最適な判断をするための眼力を養い続けることを怠ると「時代」との距離を維持できない。
 「何を必要としているか?」をしっかりと見極める力がないとどれだけキャリアがあろうが、どれだけ権威のある位置にいようが、取り残される。逆にキャリアがなくとも、権威やネームバリューがなくとも、いいクリエイターは常に「いい仕事」をしておられると同時に眼力を日々切磋琢磨に磨いておられる。磨いてこられた結果、大きな看板を背負うことになっても、底力がある方が、今も最前線を日本のデザインを牽引しておられるのでしょう。そんなこと頭に浮かべながら、色校正の現場に立ち合わせていただいた。本当にクリエイティブな時間だった。デレクターさん、製版オペレイターさん、そして、印刷機のオペレイターさんが仕上げの刷りだしを確認して「OK」になった瞬間、デザインの仕事の醍醐味を頭で心で魂で感じた。何かを創るという作業は手を抜けばキリがなく、こだわりることにこだわり続けても意味が薄れていく。ここだ!という瞬間が見える能力は何で鍛えることができるのか、それは、様々な試行錯誤と感覚と理論を相互に生産的に反芻して出された結論に価値が生まれた瞬間を繰り返すことだけだろう。そんな試行錯誤を繰り返してこられたクリエイターさんだからこそ、次があるのだろう。
 「デザインのクオリティー」はどう上げるのかどう維持するのかを改めて心に刻めた1日でしたね。