2008年05月 アーカイブ

ブログオソロシ。

 このブログで最近発売された「木村カエラ」ちゃんの書籍「コレクション」のことを書いた。つい先日である。なのに、「KimuraKaela」をグーグルで検索すると、まず、カエラちゃんのブログとかレコード会社のサイトや書籍関係のサイトがヒットするのですが、その流れで、2ページ目の4つめに私のその書籍の紹介ページがヒットしていた。これはまさにブログオソロシである。それ以上にヒット位置を上げることはなかなかどんな手をかけようが難しいと思いますが、いろいろなジャンルを気ままに書き込んでいるだけで、簡単にヒットしていまうブログの利点をあらためて再認識してしまう。
 でも、ヒット位置が高いといっても、クリックにつなげるための工夫。例えランディングページを表示してもらえても、そこから興味づけが何もなければ、瞬殺で移動されている。どれだけヒットさせても、工夫や思想が伴わなければ、見てほしい画面にナビゲートはできないし、見せられたから何かアクションを起こしていただけるとは限らない。ここまでしっかりと用意するのはかなりの至難の業とエネルギーが必要なのんでしょう。しかし、継続させなければ、それ以上に意味がない。継続していればこそ、工夫点が着想するし、どんなに微細な工夫点でもそれに工夫を重ねていけば、新しいスタイルが見えるということもある。つまり、最初はどんなに小さな種でも植えなければ芽は出ない。芽が出たとしても、水や育てる環境が劣悪だと苗は育たず葉が出ない。葉が出ず、大きく生長しないということは、花も咲かないし結実もしない。実がならねば種もできない。とこのループなんですね。種無しにならぬよう、いい種を探し続けることが何よりも肝心なのである。そんなサインがあふれている時代だからこそ、本物の種を探したい。本物とマガイモノの違いを見極めるためには、やはりのやはりで、本物像を五感で認知するということが全てのスタートラインなのでしょう。そういう意味で、ブログというモノサシはインターネットという手法で自身のそちらのポテンシャルを試す最適の場所とも言えなくないのではないでしょうか。と、調子にのっていたら、今月は過去最高の52エントリーを記録したというわです。
 ブログオソロシ。

 追伸、昨日、グーグルの2ページ目の4番目にヒットしていたのが、今日(6月1日)は発見できなかった、あ~あ、もっと下位に落ちたんだとあきらめたのですが、何々、1ページ目の7番目にヒット。上がってるやん!さらにブログオソロシ#02

こちらのページです。

ハプニングが来る。

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 ということで、とにもかくにも楽しみである。

ハプニング公式WEBサイト

ヴィレッジ

 マイケル・ナイト・シャマランの「ハプニング」が公開まじかということで、昨晩はテレビで「ヴィレッジ」をやっていました。10時過ぎに帰ったので飯を食いながら映画の後半しか観る事ができなかったのですが、以前、何回かDVDで観ているので、物語は覚えていたのですが、改めて観ると、やはり、映像といい、物語の切り口といい、音楽といい、俳優・女優の設定が映画の独特の雰囲気がある。テレビと映画の違いは、勿論、予算的なことや、製作側のコンセプトの位置関係や構想期間の違いなど、様々な要素が「テレビ」と「映画」の表現力やクオリティーの差になっているのでしょうけれど、中にはこれはテレビ番組よりも絵がしょぼいなぁ~という映画があったり、これは、テレビで観るよりも、映画館でじっくりと観賞したい絵だなぁ~というテレビドラマがある。前者は勿論、がっかりするし、後者は勿論、なんとなく得をしたような気分になる。映画監督で映画の好き嫌いを決めるのは、かならずしも本道ではないと思うのですが、マイケル・ナイト・シャマランの映画は全部大好きです。それは、前述したように、「映画」を観た気持ちになれるからです。つまり「映画作品」にはクリアしてほしいいくつかのポイントがあるように思うのです。それは、ひとことで上手く言えませんが、「質感」「思想」「存在感」などの有無だと思うのです。

予選落ち。

 まぁ、石川君は仕方ないと思います。しかし、丸山茂樹さんが予選落ち!?かなりがっかりです。ひさびさの帰国で緊急参戦ということで、日曜日は独走する丸ちゃんを、もしくは、谷原プロや片山プロと優勝争いをしているところをテレビで観れる!楽しみだ!と120%信用いたのに、初日で6オーバーって!それだけ調子がアメリカでも悪かったそうですが、それにしても、それにしても、残念。金曜日の新聞のスポーツ欄を見て、がっかりしたしたゴルフファンは多分500万人ぐらいはいるでしょう。アメリカ本土で3勝した丸ちゃんでも、日本人で一番メジャーに近いところまで行った丸ちゃんなのに・・・、ゴルフという競技は恐ろしい。チームではなく個人戦の象徴のような競技であり、しかも、運動能力だけを問われる競技ではない。コースマネージメント、勝負運、メンタルコントロールと身体能力だけではゴルフは決して成立しない。それが、アマチュアの下位の方のレベルの私でも理解できるというゴルフの怖さと楽しさ。
 ひさびさに日本での丸山茂樹さんのプレイがテレビで観戦できると信じて疑わなかったのに・・・。絶対に500万人がそう思っているはずだ。

どこまでのびる?

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 この数日で彼らの生長ぶりは著しい。花が咲く、つるが出る。1株と2株に分けたが、どこまでのびるのだろう。カボチャを自分で育てるのは初めて。非常に未知数なところがオモロー!

かたピーというスタイル。

 デザインの仕事をしていながら、デザイナーさんなんですね?と言われるとと服飾デザイナーのイメージの語感が強く、はい・・・と強くうなずけない。いえいえ、グラフィックデザイナーなんですよ、と伝えても、なかなか、一般的な標準的な意識の中に、「グラフィック」という語感は受け入れられにくい現実もある。イラストレーションを仕事で描くのですが、服飾デザイン関連の仕事になれば、パステルでイラストを描くし、建築のお仕事になれば、アクリルや透明水彩やエアブラシなどで絵を描いてきた。3DCGソフトを使えるようになってからはソフトウエアでもパースを描く。また、コミック風のマンガチックなイラスト、図鑑のようなリアルなイラスト、書籍のカバーデザイン用のアートなイラスト、なんでも描く。なんでも描くことを目指していた時に、なんでも描くということは、スタイルが固まらないから、イラストレーターとしては失格だとある方にアドバイスをされたが、そんなの関係ねぇ~!
 つまり!?服飾デザイナーさんのイマジネーションは凄い。お仕事でのおつきあいの中で、服飾デザイナーさんと知り合えたケースはとても少ない。それ系の学校の方も、学校ではその勉強をして技術を会得されても、なかなか、服飾の仕事の現場でプロとして活躍するのは、確率として非常に少ないのでしょう。いや、ただ単に服飾の現場を知らぬだけかもしれませんが・・・。ので、「服飾デザイン」というジャンルがアートやデザインのように独自のセンスや特殊な技術が必要なのは想像できるのですが、その現場を拝見することは非常に少なかった。が、こちらのクリエイターの方は凄い。素材があり、イマジネーションが浮かぶと、作品が創れてしまう方なのである。ご自身にしてみれば、それは極極あたりまえのビジネススタイル・ライフワークでらっしゃるのでしょうけれど、服飾デザインというジャンルに明るくない私は驚きの連続である。そのセンスや技術以上に素晴らしいのがこの「発想力」である。誠にマイッタ。一度、その方の作品をご覧ください。

イケダオリジナル公式WEBサイト

適当がいいんですよねぇ~。

 確かな経験と技術と想いさえあれば、あとは、適当に作るのが一番。テレビドラマ「おせん」で、ハンバーグをつくりみんなで食べている時のコメント。そうなのかもしれません。「適当」という言葉は意外と奥が深く、「一生懸命」と紙一重のような気がします。努力に努力を重ねて、もまれてもまれて完成したスタイルこそがスタイルだと思って精進を繰り返す。これは決して悪いことではないけれど、この方法ではいつまでたっても自分のスタイルは完成しない。つまり、スタイルを完成させることはそれほど重要なことではなく、何かを創る時の心得としては、「自然体である」ことが実は重要なのであると思う。若い頃、決してこんな気持ちにはなれなかったし、今でも、「自然体」でと心得ているつもりでも、頑張って無理にスタイルを作ってみたものの、これではダメ~となる場合も多い。
 ひょんなことで力が抜けて、このお仕事ならこの表現がベストだと意識できる時はいいのですが、そんなことは非常に少ないので、このひょんなタイミングを自分でコントロールできるようになりたいと常々考えているが、そう上手いことはいかない。だから、なかなか、「適当」にはできないし、「一生懸命」モードになってしまう。で、それで、美味しいハンバーグはできるのかぃ!おい、どうなんなんだぃ!!!ということなんですが・・・。これはこれで禅の世界の奥の深い話になってしまう。決して「自然体」を初めから狙っても実現しない、この「自然体」スタイルを手に入れるために、出来る事といえば、やはり、経験しかないのかな・・・と思います。
 ほんとに「おせん」の中にはいいフレーズがたくさん含まれている。何か原作があったのかと本屋でチェックすれば、マンガが原作だったことを知る。愕然。早速1巻をなめるように読んでいます。

裁判員制度の是非。

 徐々にその温度が上がっている。地球の気温はそれほど上がっているようには思えないが、裁判員制度の温度は上がっている。国民が国民を裁く国になる。審判を下すべき資格を持たない国民が協議の末に審判を下す。このことが、どれほど責任を問われるのか想像もつかない。凶悪犯罪が増えたから、弁護士や検事に負担が大きいから、それとも芽生えたのか?その立場になった時に権利と義務のジレンマをどう解釈するのだろう。正しいことと悪いことの定義を何に求めるのだろうか?事例が積み重なりそれがいずれはスタイルになるのでしょう。

朝倉啓太の言葉。

 第3話で総理大臣である。このドラマの脚本家も頑張っている。ここまででひとつメジャーな映画ができそうな気がするのですが、ここまでのプロセスをたった3時間30分で完結してしまっているこのドラマのライター陣、企画陣の手腕は凄まじい。木村拓哉さんでなければ、多分、この流れはどこかでギクシャクしてスムーズに物語を追うことができない、できなかったのではないだろうかと思いながら観ていた。地方での選挙演説、国会での選挙演説。この演説を見て今政治家の皆様は何を感じたのだろうか。それが一番気になると言えば気になる。政治への期待度が落ちていく日々、不信不信と言われ続けても利権争いが終わらない。これは、人間の本質だから仕方ないと言ってしまえば、それまでですが、何ごとも時代の流れも、北京オリンピックも、大統領戦も、ランボー最終章も、それまでなわけです。
 言葉は難しい。朝倉啓太が言う「国民」とは何だろう?人の上に人がいるという概念が生んだ言葉「格差社会」を環境問題や少子化問題や消費税問題にテンプレート化して、人の上の議論がいたるところで行われいるのでしょう。それをさて朝倉啓太はあと数話でどこまでゴロリと動かせるのか?そして、その後に様々な思惑がどう絡み合いどう解れていくのか?もう、やはり、解れないままなのか?非常に楽しみな月9である。

Collection/KimuraKaela

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 やはり、買ってしまった・・・。

ヒーローズ第11巻。

 ヒーローズの第11巻を観た。とりあえず、ファーストステージは完結した。とても面白かった。いろいろな面白さが含まれていたように思う。この時代何が「ヒーロー」なのかしっかりとメッセージとして伝わってきた近年まれに見る中身と物語と登場キャラのマッチした作品だったように思う。いつ頃の全11巻のDVDの発売になるのかは知りませんが、それを待ってもう一度、観たいと思います。

Catharsis02

 「綿ぼこりみたいな翼でも~、木の芽みたいな爪でも~。」か。人が人として苦悩する意味は人の痛みを知るためだという歌詞を聴くと、非力さえ本当は力だと知る。「カタルシス」というテーマを姫から投げてもらってから、ずっと、こんなことを考えている。情報紙S.O.S.の第25号のテーマに設定して、企画や構想をしている段階なのですが、このことがとても気になっている。すると、毎日、情報として入ってくるテレビのニュースや新聞の記事の捉え方が少し今までとは違った色に見える。情報紙S.O.S.は参加メンバー皆様で同じベクトルと独自の皆様の切り口・アプローチが混在している無カテゴリーな要素も含まれていると思います。
 そんな「情報紙」の観念ではたぶん収まっていない部分が存在すると思います。いろいろなご意見を頂く中で、「お金を出すのだから、それに対する費用対効果が・・・」という理由も真理、「限られたネットワークチャンネルの限られた情報・コンテンツだから~」も真理である。しかし、世の中の「費用対効果」や「ネットワーク」や「チャンネル」がどれだけ万能でしょうか?「万能だ」と思いたい気持ちは分からなくないのですが、まず、何より大切なのは「接点」だと思います。頭で構想しているプランが何かと接点を設けるためには、何かをアウトプットする必要があるし、そのスタイルが自分の中だけで確立していると思っている人に限って、持ち駒は少ない。
 方法論としてかみそりのような刃が欲しいのか、鉈のような刃が欲しいのかと聞かれると、間違いなく鉈のような図太い切れ味が私は欲しいし、コンセプトや表現が「これだぁ!間違いない!」と確定してから何かを創りたいか?それとも迷いながら考えながら中途半端でも、歩を前に進めたいか?と選択肢を迫られれば間違いなく、迷いながら進みたいと思っている。※正確にはそれしかできない。
 「綿ぼこりみたいな翼でも~、木の芽みたいな爪でも~。」どんなに非力でも、考えることと迷っていることを混同したくないなぁ~と思います。そんなことをこのテーマを頂き、構想しています。そろそろ、第25号を動かそうと思っております。S.O.S.マスターメンバーの皆様、今、しばらくお待ちください。どうも、第24号がN.Y.に届いたということで、その満足感で、モチベーションの振幅が小さくなっていました。さらにさらに、もっともっと、この情報紙が伝説になるために、頑張っていきます。のでので、皆様よろしくお願いします。只今、ケニアと南アフリカとアイルラインドの方にアプローチしています。~編集長:スギノヨシカズ~
 銀の龍の背に乗ってぇ~!

ワサワサと・・・。

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 あれから2週間、カボチャはところ狭しと発育中。次から次へと新しい葉が準備されてて、つるも伸びてきました。どこまで玄関を占領することやら。何か地面の上にひかなければいけないのだろうか?このまま自由奔放に放置状態でいいのでしょうか?花をつける前に肥料とか必要なのだろうか?また、アヤハディオさんに行って聞いてこよう。

良かった良かった。

 韓国戦をモノにして日本女子バレーは北京行きの切符を手にしました。昨日の試合は勿論手に汗握る状態だったのですが、どうも、韓国の状態が100%ではなかったようで、なのに、1セットを変な緊張感で落としたりして、ちょっと、もろい部分も露呈してしまったようで、第3・4セットとずっと立ちで応援していたのですが、勝った瞬間も「やったぁ~!」という感じではなく、「良かった良かった」というトーンでした。しかしながら、北京は決定したわけで、世界ランク上位のチームとの激戦を北京で期待したいです。
 今日の新聞を読むと、なかなか世界の壁は厚いということですが、やはり、なんとかメダルを期待してしまいます。しかし、竹下さんと佐野さんは凄いですね。とにかくとにかくおめでとう!!!です。

渓流釣りの準備#01

 さて、ロッドは和歌山の師匠に確認して、探して決定するとして、あと何が必要なんだろう。バストーナメントに5年ほど参加していたので、その他の備品はたくさんあるのですが、ブラックバスだったらトーナメントはボート上なので、道具はボートにつめばいいが、渓流となると、自分で動きながら運びながらなので、軽量にしなければいけないのだろう。そこで、何が必要なのでしょう?ご経験者の皆様、ご教授をお願いしま~す!カタログを見ても何が何やらチンプンカンプンなんですが・・・。

あとはロッド。

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 夢の岩魚ポイントへ向けて着々と準備中です。あとは、ロッドなのです。

とにもかくにも4連勝。

 ほんとに海外の選手は背が高く、スパイクが強烈である。どこの国にも1~2人の強烈なエースがいて、その選手を中心に攻撃のスタイルを組み立ててくる。一旦、そのエースに火が着いてしまうと、日本女子のブロックでは、たちうちできなくなる。こんな流れに日本はどうも圧倒されるパターンが多い。しかし、そんな長身の外国選手を相手に、強烈なエースを相手に、リベロの佐野さんは拾う拾う拾う。そして、世界最強最少セッター竹下さんが綿密に組み立てられたプランと長年の経験と直感で変幻自在のトスまわし。それを、荒木さん、木村さん、杉山さん、栗原さん、そして、高橋さんがスピードとテクニックでスパイクスパイクスパイク。この粘りで現在は4連勝なのである。昨日も第2セットは相手チームのエースに火がついて日本はあれれれ・・・というカタチでセットを落とす。しかし、そこで柳本監督は「自分達のリズムで攻めよう!」みたいなアドバイス。で、第3、第4を取り4勝目。決して派手ではないが、勝ちは勝ちである。ほんとに見ごたえのある4試合でした。
 さぁ!次は第5戦、韓国戦。これで北京を決めてほしい。

さぁ!第4戦です。

さてさて、日本女子バレー、北京への切符はどうだろう!さぁ、第4戦の応援応援。

家づくり。

 テレビドラマ「おせん」にて。昨日のテーマは古き良き家づくりとは・・・!?みたいなテーマでした。古いモノには人の心があるとは養護派の見解であり、時代と共に価値観は変貌するから、家もその時代時代に合わせた建て方・選び方の基準があるという考えの双方で、いったい「良いモノ」とはどこに軸を置けばいいのだろう?という問題提起を感じた。と硬く捉えながらも実は蒼井優ちゃんのおせんちゃんをただのおっさん目線で「絵になるなぁ~」とか「可愛いなぁ~」と観ていただけなのですが。
 家づくりに関わる二人の極端な業者が登場して、お互いの特長を主張し合ったのですが、最後の最後でどちらの価値観を受け入れるかは、お客様次第。そのお客様がどの価値観をチョイスして、コストを適用するかということで、結論的にはドラマ的に「古き良き~」をチョイスした構図になって今回の第5話は終わったわけですが、今回のテーマは奥が深いと思った。なんとか殺人事件よりもよほど深い。これは家のお話でしたが、デザインやWEBサイトにも適用される現実的なお話であり、主人公であるおせんちゃんの言葉のひとつひとつが他人事とは思えず思わずシンクロしてしまったというわけです。新しくてコストパフォーマンスに優れ迅速なレスポンスこそが時代にマッチした「良きモノ」で、手間のかかる、コストもかかる、スタンダードな路線は時代とはそぐわないとして「良くないモノ」となってしまうのか。
 いやいや、決してそうではない。まぁ、なんとかホームのハラグロトークがあったから、古き良きの主張が通ったものの、やはり、なくしてはいけない価値観と変わらなければいけない価値観は実在すると思いました。デザインのお仕事も同じかなと・・・。
 で、今回のテーマは「最悪のデザート」だったのですが、最後までそれがどういう意味だったか不明だったのですが、プッチンプリンがそれだったのかぁ~とオチ的にはなかなかの展開でしたが、プッチンプリンも美味しいしなぁ~とも感じてしまいました。料理も家もデザインもやはり「らしく」ありたい。

和歌山のおいさん達。

 おいさん(40歳あたり)になると、20歳代や30歳代とはちょっと違って何か昔の夢を追いかけたくなる。夢を追いかけるというと非常に御幣があるのですが、自分で本当にやりたかった仕事といろいろな条件でやっている現在の仕事の間に大きな溝がある方の場合、自分が本当にやりたかった事にもう一度トライしてみたくなる年齢なのでしょう。40歳代を過ぎると、50歳になると、なかなか思い切ったことができなのではないだろうか・・・という危機感もありで、30歳後半から40歳代にかけて、昔の夢や何かやり残した事をチャレンジしてしまうのでしょう。なぜ、あきらめたのか?なぜ、達成できなかったのか?という事も後悔という程の思い心持ちではないものの、どこかに「もう一度」という気持ちがあるからこそ、今、120%燃焼しているという実感に満たされたいと・・・なる。なるのではないでしょうか。
 現在はお笑いブームでいろいな芸人さんたちにスポットがあたっているし、ほんとに、いろいろなお笑いの才能を持った若い方がしのぎを削っている。これは、文化としても素晴らしいと思うし、メディアとしても不況だからお笑いブームがくるという構図を考えると、「確かに・・・」となる。そんな中、様々なアングル・アプローチ・コンセプトのアーティスト(芸人さん)の場合、時代が求めた感じはありますが、やはり、自分自身で何かを切り開いた感では充実しているのでしょう。
 ただ、ネタやギャグでブレイクした方の芸人生命は短い。それに比べて技術や時代への対応力があったり、存在自身にパワーがあると、ワンランク上の存在になり、それを続けていると、さらに、メディア自身をプロデュースする立場になったりできたりするのでしょう。
 さて、早く、和歌山のおいさん達の「すべらないネタ」、「すべらないステージ」を見せてくださいな。
 最後に「お笑いブーム」とかけて「クリエイティブ」と解く、その心は「桃栗3年、千葉8分」。

憲武さんのポスカ。

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 ということで、ゲットした憲武さんのポストカードです。いいっす!

木梨憲武色の世界展at京都

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 昨日は京都駅の伊勢丹の7階にて「木梨憲武色の世界展」に行ってきました。凄くたくさんの来場者数であと数時間入場するタイミングが遅いと、最終日は午後5時までだったので、入れない、入れてもてじっくり拝見できかったのでは。でも、次はノリさんの個展となるともっと大きな会場・美術館・ホールなどで観ることになりそな、そんなステキな予感をさせるほどの素晴らしい作品の数々を心で観てきました。いやぁ~ほんま、いいっすわぁ~!って感じ。いろいろ進められて個展や美術展に顔を出しますが、どれも、???という感じですが、ノリさんワールドは、頭でああだのこうだのと考える前に感覚が心に飛び込んでくる。これですよこれ、芸術というのは!間違いなく、それを描く、創る、表現している憲武さんの表情まで見えてくるような作品。ねぇ~、頭で考えるタイプの芸術家の皆さん、絶対に憲武さん作品を観ておいた方がいいですよ。凝り固まったつまらないスタイルが解けて美味しい汁が出てくるかもしれませんよ。憲武さんの会場にはそんな汁の香りが充満して、なんと芳しい空間だったことでしょう。絵を描くことの一番大切なことを再確認できたひとときでした。

鳥観察日記。

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 望遠レンズを買ったもんだから、嬉しい嬉しい。これまで写真に収めた風景とは違う風景が見える。これまで、一番長いレンズで105mmだったので、300mm(実測450mm)は別世界。このまま、もっと長いタマに手がのびそう・・・。

「沈黙入門」とは?

 こちらの書籍は幻冬舎からの発行されているベストセラー。広告にはこう紹介されています。「意見のあるところに浴あり。沈黙から道は開ける!余計なことは言わない生き方のすすめ。もう語らない。怒らない。求めない。ベットに入っても眠れない。食べても食べても満ち足りないとき。複数の選択肢の間で迷うとき。大切な場面を前にして緊張してしまうとき。断りたいのに断る勇気が持てないとき。仕事の締め切りが近づき焦るとき。など場面別カンタン瞑想法も紹介。心と体が軽くなります。~今夜は一冊の本をご紹介します。タイトルは「自分から自由になる沈黙入門」。著者は小池龍之介さんというお坊さんです。今、とても売れているようですが、つい他人の悪口を言ってしまう人、愚痴が多い人、自分は正しいと思い込んで人を責める人、欲望の強い人、すぐにイヤミを言ってしまう人、ちょっとへこんでいる人にお勧めです。」となっています。で、7万部を突破しているとのこと。「欲望、怒り、迷いから開放される生き方。ポップな仏教入門書」らしい。よほどこの著者の方は煩悩に支配されていたのでしょうね。何も語らず何も求めないことの難しさではなく、語り方や求め方のショートカットがこの書籍の中に在ることを期待して、チェック入れました。東京大学教養学部を出て、現在は月読寺のご住職か・・・。人生いろいろですね。

今日はどこへ?

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 朝イチに会社から見える風景の中に一羽のカラスがいた。ずっとレンズで観察していると、何やら羽を繕い、糞をして、飛んでいった。彼は今日はどこへ行くのでしょう。都会でも田舎でもいつも風景の中にいる彼ら。彼らの鳴き声を聞かない日はないような気がする。なんだかとても最近カラスが気になるのです。

ZOOM/70-300mm

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 今日買ったズームレンズ。ほんとにレンズはいろいろほしいのですが、まずは、70-300mmのズームにしました。また、いろいろこのブログでも写真を紹介していきます。

~麦畑でつかまえて!?

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 麦畑でてんとう虫を発見!

少し風がありました。

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 近江八幡へ行く途中、湖岸道路より琵琶湖を撮影。ちょっと風が強かったですが、いい天気で対岸もよく見えていました。

ソレンスタム引退か・・・。

 オチョアが世界ランク1位になった。世界の最高峰にいる人の感覚とか鍛錬とかまったく分かりませんが、オチョアは「彼女がいなくなり非常に寂しい。彼女がいたから私は今ランク1位になれた。」と言っていたそうです。ウッズも賞賛しソレンスタムの数々の偉業を讃えた。しかし、本人のコメントは勝つために自分自身をいじめることに限界を感じた・・・みたいなニュアンスのコメントを読んだ。いずれにしても、世界の頂点を極めた人間の重すぎる言葉である。幸運にも滋賀県の瀬田でソレンスタムを3回観ている。ガッチリした骨太な外見にキリリと結んだ口。しかし、目元は余裕がある表情だったように覚えている。その表情の裏にどのような苦労があったのだろう。それは、もう、想像もつかない。多分、後継者の育成やゴルフ文化のさらなる普及に精進されるのでしょうね。

どの世界も同じ・・・。

 非常に不思議なお話をお聞きした。私が小学・中学の頃の習字と言えば、お手本を見て、筆の基本的な使い方を見よう見真似で複製しながら、美しい毛筆の表現を習っていた。そんな時代に書の心なんて存在するはずもないし、美しい文字というのは教科書の中に書かれた文字が全てだった。そして、表彰される作品も基本に忠実に書かれた作品が入賞していた。が、しかし、現代は少し違うらしい。小学生の頃から太い筆に墨を充分に含ませて、とにかく大胆に、とにかく表現力豊かに、とにかく独自性を・・・という表現が主流らしい。確かに文化会館などで見る毛筆の作品の傾向はそのような作品が多かったように思い出していた。さて、基本的な筆で教科書どおりに書くことがいいのか?小さい頃から自由に紙面をいっぱいいっぱに使ってそれぞれのバランス感覚で書くことがいいのか?という疑問である。
 また、地域の文化教室などの書の展示会においては、審査員の方のスタイルがその展示会の基準になり、自由性どころかそのスタイルに沿っていない作品は審査外です~みたいなKYがあるとかないとか。そんな世界は興味がないので、30へぇ~なんですが、それで何が楽しいやら。そんな気持ちで半紙に向かって筆を走らせることが書!?と思ってしまう。確かにどれを見てもドングリが並んでいるような記憶がある。でも、それでも、書は書である。自由がいいのか、スタイル・手法・セオリー重視がいいのか。どの世界でも同じようなことが起こっているのだなぁ~と思う。
 絵画や工芸の世界もたぶん同じなんだろうなぁ~と思う。だから、公募展などに何かを出展しようとか、何かの検定で上位を目指そうとかは一切これまで考えたことがない。それに猛進することで新しい自分の表現が発見でき、そこで開花する自己もあるのでしょうけれど。脈々と続くその世界の歴史を知ることが表現の入口だという考え方もできなくはないですが、やはり、個人的にそれはNGだと心が判断していまう。あ~あ、結局どの世界も同じなんだなぁ~と思う。ここまでで何かを肯定した、何かを否定したという感覚はなく、高揚もしなければ悲観もしていない。ただ、「世界」とはそういうモノで、否定とか肯定とか言いながら時間が過ぎていくことにこそ意味があるとしたら、多分、フロイトが生きていたら喜ぶんだろなぁ~。

FLASHっていい道具。

 ブログ型サイト(CMS)も大きな潮流ですし、スタイルシートを極めるということはとても大切なことだと思います。また、安価なエディタソフトで誰でも作れるWEBサイトも実は奥が深く、見た目よりももっともっと大切なモノが多くコンテンツに含まれている場合が多い。何ごとも二極化と分類することはたやすいですが、別にカテゴライズする必要はまったくない。ひとりひとりの創り手の想いが全く同じことなどありえないのだから、ひとつひとつの考え方がそれぞれカタチになっていれば、WEBサイトは完結し面白い運び方ができると思います。情報を整理したから伝わる、テンプレートを利用したから見栄えが劣るということではないと思います。ワードでもキレイなチラシができるし、イラレのCS3を使っていても緩いデザインは緩い。最新ソフトを使っていることがステイタスという気持ちは理解できなくもないが、それと同時に自分にないものを認めている方が機能や構造や仕組みに依存して、ソフトを使っていると思いたいだけ。しかし、それも決して「なし」ではない。そこに綿密なプランやTIPSが注がれていれば、そのコンテンツは素晴らしいと言える。だから、創り方には勿論どんなケースでもこだわらなければいけませんが、創り方にこだわりすぎて完成された作品を冷静に客観的に見れないと底なしである。
 いきなり話がそれてしまいましたが、やはり、FLASHというソフトは凄い。プログラムの知識もそれほ明るくはないのですし、どうも、スタイルシートで作るWEBサイトのデザインが好きになれないので、やはり、何かを創るときは感覚的なアプローチがダイレクトに作品に適用される道具がいい。となると、やはり、FLASHは素敵である。これほど使いやすいソフトはイラレとフォトショップの他では存在しない。使いやすいというよりも、感覚を数値的にオペレイトしてくれるソフトが好きなわけで、まるで、クロッキー帳に鉛筆で描画するように絵が描けるソフトという視点でいろいろなソフトを見ているので、やはり、No.3はFLASHである。第4位はちなみにSHADEですし、第5位は意外とAFTRE EFFECTSですね。
 で、FLASHのサイトづくりはいろいろ、ほんとにいろいろなアプローチがあり、書き出し形式も多岐にわたる。だから、一番大切なのはソフトの機能をある程度知っている上で、創る時は感覚的にならなければいけないこと。しかし、イラレやフォトショップはあくまでも2次元的な平面の世界ですから、感覚的になるにしてもそれなりに雛形があるが、FLASHの場合は時間というモノサシがあり、オブジェクトを動かす・変形させるという非常にシンプルな手法が無限のオブジェクトを生成する。これが、SHADEになると「Z軸」が存在するし、AFTRE EFFECTSになると「効果」が存在する。なかなかこのアプローチを手になじませようとすると時間がかかります。
 昨日、WEBサイトデザインを構想するのに書店に行き、WEBサイト制作プロダクションの年間ファイルをぼぉ~と見ていたのですが、インターフェイスデザインしか見ることはできないのですが、「ええやん!」と視点が止まる会社様は1社しかなかった。それがやはり「FLASHサイト」だったのである。

Creative Suite 3

 アドビの「Creative Suite 3」がキャンペーンをしていますが、そんなにしなければ・・・みたいな印象を逆に持ってしまう。そもそも、イラレでもフォトショップでもCS3を活用している人は、デザインやWEBの制作の現場の人は少ないような印象を受けてしまうことや、オフィス系のソフトがグラフィック機能を強化してきたことなどを分析すると、「Creative Suite 3」シェアは落ちているのだろうか。デザインの現場では、まだまだ、イラストレーター8.0が活躍しているし、そもそも、マルチメディアマルチメディアと煽られても、それほど、デジタル環境ではデジタル表現を最優先しない傾向にあると思う。メデァイや広告を意識しすぎると新しいモノや多機能なモノを使っていなければ不安になるような気持ちになるが、実際はそうでもないのかもしれません。それに、テンプレートを活用して成果品として満足できるユーザーがこんな時代だから増えているのでしょう。しかし、WORDPRESSの設置で思ったのですが、アプリケーションもプログラムも素材も本来はフリーで流通して、それをいかに実用・運用に活用できるかという部分こそが、一番重要であるのはないだろうかと最近思いはじめている。3DCGソフトもフリーになったし・・・。昔は数百万だったのに・・・。それはその時はそれがそれだけの価値観の対象だったのが、今では、いろいろなツールがフリーであってはじめて成立する何か大きな変革が訪れようとしているのかもしれない。作る道具に依存できる時代はもう限界に来ていて、高い多機能な道具(ソフト)を使ってもニーズが満たせない世界なのだと感じてしまいます。やはり、道具なんだから使う方のポテンシャルにクリエイトは100%依存するのでしょう。
 第42巻のサスケの言葉がなかなか的を得ている。「手裏剣を使って戦っても本体の能力が低いと石を使ってもそれを使いこなす能力のある者が強い」と。そして、昨日のCHANGE第1話も意外と根本的なお話をしていて日本の「政治像」の根本を描けているような気になるのは、選挙や政治でに活用するいろいろなツール(道具)!?ももうこれからあまり機能しなくなりますよぉ~というメッセージが込められているように感じられた。
 つまり、「コウボウフデヲエラバズ」なんでしょうね。なんとなくですが。

福島晃子さんおめでとう!

 いやいや、日本女子ゴルフ面白いですね。いやいや、痺れましたねあの展開は。最終組は日本・中国・韓国のいずれも賞金女王経験者。かたや経験充分なベテラン、かたや20歳の新鋭、そして、福島晃子さんである。
 新聞で福島さんはこのシーズンになりとても体調がよいということで、腰や肩の痛みの不安をオフシーズンのトレーニングで完治され2008シーズンにのぞんでおられるとのこと。以前、絶好調の時の丸山茂樹プロが「晃子さんは普通に男子のゴルフですから」とテレビで笑いながら言っていたが、まさに、距離や攻め方は他の女子プロのレベルから比べるとダンチ。しかし、アメリカから帰国され怪我や故障が続き不本意なシーズンを送っておられた。それは、宮里さんが女子プロゴルフに火をつけた頃から昨年の上田桃子さんがさらに女子プロを盛り上げた時期まで、私は福島晃子さんのことがずっと気になっていた。それは、以前に滋賀県の瀬田でミズノカップを観に行った時、ソレンスタムやデービスやウエッブと並んで福島さんも優勝を狙う位置におられた展開だった。ドライバーの飛距離もその頃は海外の選手とも肩を並べる福島さん。ロングホールでフェアウエイのいい位置から2打目でグリーンを狙うためにセカンド地点で待っておられた。それを、ラフで私もじっと観覧していた。けっこう長い時間、やっとグリーンが空いて3Wか何かでグリーンを狙った。しかし、トップで100ヤードぐらい先に芝生スレスレに力なく転がるボール。ギャラリーから「あ~あ~!」とブーイング。でも、そのチョロトップを現場で見れてなんとなく福島晃子さんのファンになったのです。圧倒的な強さとポテンシャルを持ちながら、国内21勝、海外3勝。しかし、怪我や故障で結果が伴わなくて苦労して苦い涙を飲み、そして、韓国の2年連続賞金女王の20歳をプレイオフ5ホール目で押さえた。そんなメジャー勝利。もう、ただ、それは、おめでとうなのである。

おかあちゃんの言うとおりだ。

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 確かに、松本隆博さんの言うとおり、「お母ちゃんの言うとおり」である。人志さんの兄貴であるということがひとり歩きしているようですが、なになに、さすがお兄さん。その存在感はこのCDの中に確かにある。最近、音楽のジャンルの方とお話する機会がとても多くなった。これは一重に情報紙S.O.S.を通じていろいろなクリエイターの方とお近づきになれたことが大きな理由なのです。アートやデザインや広告の人間が何かの仕事で音楽家やミュージシャンの方といっしょになるということはあっても、同じ、クリエイターとして同じアーティストとして人間関係が築けるような出逢いは正直それまではほとんどありませんでした。音楽は聞いて楽しむモノだったのです。しかし、音楽のジャンルで創作活動・営業活動・アーティスト活動をしている方と舞台裏や日常レベルでお話をゆっくりとさせてもらっていると、そのご苦労のその試行錯誤の複雑さに驚かされてばかり。もうそれは技術的なことや概念的なことではなく、自分自身と音楽との関係性にのみの襞のお話になります。それほど自分は「美術」に「デザイン」に「WEBサイト」に「マルチメディア」に正直に向かっているのか?と自問自答したいぐらに、音楽家の皆様は熱く真剣なのである。
 お話がそれましたが、兄さんのこのCDはいいです。いいです悪いですという価値判断には常に理由を求めてしまいがちですが、悪いモノには理由があっても、いいモノには理由がないと思いますので、「お母ちゃんの言うとおり」はいい。
 ふと、自分の母が私にこれまで言ってくれた言葉の数々を想い出してしまった。う~ん、ほんまに「お母ちゃんの言うとおり」である。

Catharsis

 情報紙S.O.S.の第25号のテーマは「カタルシス(catharsis)」で企画・編集をしようと構想しています。このワードを検索するとこのような説明文にヒットします。
「カタルシス詩学および心理学において浄化を意味する。本来はギリシャ語。ギリシア語のカタルシスは元来は医学用語で、薬剤を用いて吐瀉ないし下痢を起こさせる事をいった。そこからオルペウス教などで魂の浄化を指す語となった。アリストテレスは悲劇の効果のひとつとしてカタルシスに言及するが、これが劇中の出来事ないし劇中の登場人物についていわれるのか、それとも観客についていわれるのかについては諸説がある。近世フランス詩学においては、アリストテレスのカタルシス論は悲劇論の中核をなすものとして理解され、カタルシスは、観者の魂に「おそれとあわれみ」によって浄化を起こすものと理解された。ジークムント・フロイトがこの語を採用したことから、カタルシスは代償行為によって得られる満足を指す心理用語としても用いられるようになった。」となります。しかし、これではどの部分からクリエイティブというジャンルにシンクロすれば・・・となりますので、私の解釈は「代償行為によって得られる満足」の部分にフォーカスしよと思っております。いずれにしても、難解な解釈が必要であると思いますが、そこは、ディープに捉えていただいても、ライトに捉えていただいてもOKです。ディープに捉えるならこのテーマは青天井ですが、ライトならこうなると思います。「古今東西、心にひっかかる事を自分らしく解釈して出した答」ではないかと。しかし、このテーマを設定して頂いた方との捉え方の違いはどこかにズレを生む可能性もあるのですが、言葉を変えれば「クリエイターとしての視点で何かを捉え、それが疑問視していることであったり、問題視している事であったりした場合にそのモチーフを自分のモノサシで計測した寸法が答」でもいいと思います。
 
 いずれにしても非常に抽象的な表現になってしまうのですが、そもそも、あらゆる語彙に対して、同じ捉え方をしているかといえばそうではないはず。その捉え方の違い、視点の違いこそが個性であり感性であるとも言えなくないと思います。心理学的に「浄化」という言葉をどう消化するのか・・・ある側面では非常に複雑で難解なテーマだと思いますが、価値観の中に存在する「原因」「サイン」「動機」を皆様の方程式で解いていただいた答の出し方を「カタルシス」としてもいいのではないでしょうか?と言いながらも、どこか消化の悪さも否めません。
 こんな考え方でいいですか?などと疑問がありましたら、コメントください。私もあれこれといろいろこのテーマ自分の作品づくりに着手するまで反芻したいと思っております。
 最後の最後で私も姫に確認する所存です。

BABEL(5月の原画)

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 いろいろな意味で忘れられない映画ですね。良かったか悪かったかさえ判断つかない作品。このシーンはいろいろな意味に捉えることができ、なんともなんともシビレた映画でした。

MIKI-MUSIC WEB SITE

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 澤村実希さんのWEBサイトがリニューアル。スタジオを新設されました。また、お邪魔したいと思っております。ほんとにほんとにどこからそのエネルギーが出てくるんですか?と思うほどエネルギーあふれる実希さん。こちらのスタジオを拠点に益々ご活躍されることでしょう。私の独学のギターもこちらのギターコースならなんとななるのでしょうか・・・。東京在住ならぜひスクールに入学したいところです。

MIKI-MUSIC公式WEBサイト

おまけでトウモロコシ。

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 調子にのっておまけでトウモロコシの苗も3苗を植えました。苗のショップではトウモロコシはかなり背が高くなるそうです。のでので、かなり大きな鉢を買ったのですが・・・。

根が付いたようです。

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 いやいや、カボチャのつるは長くなるような記憶があったのですが、これはかなり長くなりますね。この数日で葉の数がいっきに増えました。

HEROES

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 最近このテレビシリーズのDVDを続けて観ました。DVDは第11巻まで出ているようですが、今のところ、第7巻まで観ました。このテレビシリーズものではいろいろなタイプがあったのですが、どれも、それほど興味がなく、「これはいいですよぞぉ~!」「これは観ておかないと~!」というシリーズモノはたくさんあったのですが、どれも第1巻を手にする気になれませんでした。なのになぜ、この「HEROES」は?ということなのですが、それも特に理由はなく。だれだれが出ているからとか、だれだれのオススメでとかという理由もありませんでした。やはり、昔から「超能力モノ」には目がないので・・・という理由ででしょう。とにかく、飛んだり火が出たり爆発したりバイオレンスだったりする部分に期待して見事にはまり、第7巻まで観てしまったということでしょう。あと4巻もとても楽しみにしています。

HEROES公式WEBサイト

兄さん、虎姫に出現!

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 本日は、JR虎姫駅に隣接しておられる「森のパンやさんSNAPCHIP」さんのミニライブへお邪魔しました。メインゲストは松本隆博さん(もう有名人ですよね、そう、ダウンタウン松本人志さんのお兄さん)でした。テレビで何度かお顔は拝見していて、人志さんありきの歌大好き兄さんかと思いきや、実はとてもとてもピュアで熱いメッセージをお持ちな充分に聞きごたえのあるアーティストだったのです。なかなか、テレビではどうしても松ちゃんのイメージが強すぎて、食われがちですが、なになにいやいや、兄さんはやはり兄さん、大きい大きい方でした。この隆博兄さんの良さはなかなかテレビでは伝わらないでしょうね。ということで、ぜひ、メジャーデビューされた記念のCD「おかあちゃんの言うとおり」を聞いてください。どこかで発見されたら、騙されたと思って買って聞いてくださ~い!「ええっ~松ちゃんのお兄さんでしょう~!?」「歌手歌手ってもどんだけぇ~!?」という言う先入観、いい意味で騙されること間違いなし!決してイマドキのテイストではないけれど、しっかりとした世界観があります。ほんまにほんまに、いつの時代も世の中「おかんの言うとおり~」なのです。応援していますお兄さん!!!
そうそう、娘にサイン入りCDをありがとうございました!!!記念になりました。
ぜひ、紅白実現してください!

SnapChipさん公式WEBサイト

松本隆博さんWEBブログサイト

可愛いポスト。

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 企画展を出て、街角を歩いた。そして発見した古いポスト。なんとなく冷たくギスギスしてた心が
暖かくなった。

創作の秘密!?

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 日本のアウトサイダー・アーティストの作品と「ローザンヌ アール・ブリュット/交差する魂」というタイトルの展示会を観にいきました。伏線はこうです。「有名になりたい。作品を高く売りたい。アウトサイダーアートの作家達は、そういうことを考えない。自ら世間に名乗りでることもない。誰にも知られず、ひとりぼっちで、自分のためだけに絵を描き、ものを作る人々。だから、彼らの創作の背景はほとんど知られることがない。~中略~アウトサイダーアートの作家たちの表現の源泉はどこにあるのか。彼らの創作の秘密がはじめて明らかになる。」分かったような分かっていない表現である。
 また、この展示会のチラシにはこう紹介文がある。「この展覧会は、アール・ブリュット・コレクション(スイス ローザンヌ市)とボーダレス・アートミュージアムNO-MA(滋賀県近江八幡市)との連携による企画展です。アール・ブリュット〈生の芸術〉(またはアウトサイダーアート)と称される作品たちは、正規の美術教育を受けていない人たちによって、文化潮流や伝統また流行などとは無縁に制作さえています。作り手本人のやむにやまれぬ何かの思いにのみ司られ、作られているのです。それゆえ作品は、人が人として存在する上で根源的に持っている〈表現したい衝動〉というものの底流を、ありありと伝えて来ます。~中略~通常の美術展という枠ではとらえきれないボーダレスな世界。私たちにとって表現とは芸術とは何であるのか。多くの方々にとってそれぞれの心の深い部分で体験していただける機会になるとことを願っています。」となっている。これも緩い。
 しかし、作品が持つエネルギーは絶対にその場へ行き自分の目で見なければ感じとることはできないので、その場へ赴いた。DVDも販売されていた、テレビでも紹介されたと受付の方がお話されていた。しかし、そこにあったのは作家の全身全霊の創造物ではなく、純粋ではあるが振幅の少ない、躍動的で独創的ではあるが質量の少ない、造形物・描写物でした。この見解・洞察はある意味、崇高と位置づけられなくもないが、それほど、人間は器用ではない。これらの作品の意味や価値は彼らが創り上げたその場で完結し、たぶん、そこからの惰性を彼らは絶対に望んでいないはずだと感じた。それを、「どうですか!素晴らしいでしょう!」みたいなモードの皆様が一つの箱の中に並べ、適当な想いでこの作家の方たちとの連携と称しながら、一定の距離を置いて傍観しているにすぎない。そんな空気が充満していてとても息苦しい空間でした。早く早く、この作品たちを作家の手元へ戻してあげてほしい。皆さんが考えるほど「アート」は浅くないですから。

子どもの日。

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 ということで車を停めた近江八幡市内の日牟神社でのワンショット。子どもの日ということで、境内の中には極小から大きなこいのぼりが、泳いではいませんでしたが、「獲ったどぉ~」状態でした。雨も少しふっていたので・・・。

近江八幡へ。

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 昨日(5月5日)は、近江八幡へ。湖岸道路で向かったのですが雨模様でした。車中からの琵琶湖は波もなくとても穏やかな表情でした。

Wiiでテニス!?

 たまにリアルでテニスはしているのですが、昨日、例の「Wii」でテニスをしました。はじめてのWiiということで、画面の前に立ち、操作バーを手に付けてもらい、テニスを始める準備から、ゲームスタイルを決定して、いざプレイ!操作的には非常に簡単で、Aボタンでサーブのボールを上げて、あとは操作バーを振る振る振る。中に振幅を感知するバーが振動している感覚が伝わってくる。ボールを打つ瞬間も結構リアルなサウンドがして画面に自分自身がだんだん釘付けになっていく。気がつくと画面に向かって少しづつ近づく自分がいる。おいおいって感じなのですが、面白い。
 画面のキャラに対して飛んでくるボールをタイミングを合わせて打ち返す打ち返す打ち返す。微妙なスピードや打つタイミングの違いでボールはすとれーとにもクロスにも入っていく。そして、タイミングが悪いとボールはコースアウト。
 次に2本の操作バーで対戦モード。これがこれでまたさらに楽しくなる。いやぁ~なかなか楽しい楽しい。気がつけば3時間、みんなでワイワイとWiiテニスなひとときでした。
 何が楽しいって、プレイをする前に自分キャラをゲーム内に設定するんですが、これが一番楽しかったりする。みんなで好き勝手に人のキャラを設定する。そして、そのキャラがWiiの中でテニスをしているから、またまた、これがいい。面白い。自分自身もそのテレビの中のキャラに入り込んで、いつのまにか、画面の中で自分がテニスをしている・・・という任天堂マジックにどっぷりとつかりきったおっさんがそこにいました。さぁ!次はゴルフです。

サーバのトラブル発生です。

ブログを設置している「さくらインターネット」さんより下記のようなアナウンスがありました。しばらくブログの投稿が難しいようです。復活のアナウンスがあったらまたここでインフォとして紹介いたします。
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お客様各位
2008年5月2日
さくらインターネット株式会社


平素はさくらインターネットをご愛顧いただき、誠にありがとうございます。

ご提供しておりますサービスについて、以下の通り障害が発生しています。
現在、復旧作業を行っております。
長時間にわたる障害により、ご迷惑をおかけし申し訳ございません。
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発生日時 : 2008年05月2日(金) 7時00分頃 ~ 継続中

影響範囲 : さくらのレンタルサーバ ブログ機能(さくらのブログ)

ブログ管理者ページへのログイン、ならびにブログの閲覧、
サーバコントロールパネルからのドメイン設定の「設定変更」が
できなくなっています。

さくらのレンタルサーバの基本的なウェブ機能、メール機能
などについては正常に稼働しております。

補  足 : 原因はシステムのディスク障害によるもので、復旧作業を
行っております。ブログのデータについては復旧できる
見込みですが、データ量が多く時間がかかっております。
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とのことです。

いよいよG.W.ですね。

 今日は朝から天気がいいですね。G.W.なのにいつもより早く目がさめてしまいました。どうやら平日よりも休みの方が目覚めがいい体調になってきてしまったのでしょうか。といいましても、平日より30分早く(午前6時~)PCの電源を入れているだけで、休みという感覚がありません。いつもどおり仕事をしていますから、それほど気持ちの中でG.W.モードではないのかもしれません。
 さて、このところ(この数年~)朝がとても早くなり、夜寝るのが少し早くなりました。だから、テレビを観ていても午後10時頃にはもう眠くなる。早い時は9時過ぎに寝る時もあります。そして、朝が早くなりました。それも、平日・休日関係なく午前5時30分頃には目が覚める。会社が家のとなりなので、朝飯を食ったら10秒で会社を開ける。15分後にはすべてPCは付いて仕事開始。このペースをもう数年続けていると、よくも昔は(若い頃)午前1時とか2時まで仕事してたなぁ~とあきれてしまう。体調管理に気を使いはじめて遅くまで仕事をしなくなったわけなのですが、早く終わって普通に仕事していたら、やはり、どこかペース的に無理が来る。ので、午前5時30分起床というスタイルになってしまった。でもでも、これが快適なんです。ただ、午前6時から仕事しているんで、お昼には必ず昼寝をいれないと夕方までもたないということがあります(スペインの人かぁ!)が、どこでも、10~15分の仮眠をするか、車の中でも目を閉じて休むということを心がけています。これで、何か能率的に下がったかといえばそうではなく、逆に朝の2時間はとても快調なんです。そして、夜は遅くとも午後9時にはPCをOFFにするようにしているのですが、これで、ほぼ1日14~15時間は仕事モードでいられるわけで、なおかつ、身体がだるいとかモチベーションが下がることはないのでとてもいいペースなんです。
 「お前!そんなことその歳でやっていたらいつかツケがまわって~」とよくアドバイスを頂くのですが、そうでもないのです。早起きはやはりなんらかのカタチで得のようです。

この言語。

最近「php」と格闘しているのですが、プログラムのプの字も知らない人間が、
赤子の手をひねられる寸前でなんとか踏みとどまっている状態なんです。
しかし、しかし、奥が深いけれど、とても正直モノなんです。
だから、クリア(達成)するとなんとも気持ちがいい~。
なんとも自虐的な仕事中毒コメントです。

自来也が逝く。

 昨日ナルト最新刊をコンビニで発見。表紙の絵を見てまさかとは思いましたが、自来也が逝った。かなりこの物語にはいろいろな意味でのめりこんでしまっているので、マンガを読んでいる以上のSOMETHINGがあった。岸本さんは登場人物が戦いでこの世を去る時、とてもしっかりと背景や本人の気持ちを表現しておられる。生きている時よりも人は死んでから何かを語るとでも言いたいかのように。非常にしっかりとした背景に、忍術というファクターでここまで魅せられるともうコミックスとしての存在感というよりも、法典を読んでいるような感覚にさえなる。これがまたファンの怖いところで、ひとつの物語それは、マンガというスタイルで表現されているのですが、その深さというか、核に存在する、それこそチャクラの大きさはワンピース以外の他のコミックスとは比ではない。その他数多のロボット系や癒し系と言われる、緩くも密度の低い視覚的すぎる物語がとても微弱に思える。その物語をどう捉えるかに、どう世界観のイマジネーションを覚醒するかで、マンガは鳳凰にもなり蚤にもなる。何よりもポテンシャル次第なところが実は恐ろしい。

2年目突入!!!

 このブログ「スギノのノギス」は昨年の5月1日から始めようと思って、エントリーしたのは5月2日なのですが、正確には気持ち的には5月1日がスタートなので(なんのこっちゃ!?)本日がブログ2年目に突入なのです。300MB借りているサーバを1年間で約40%使っているわけで、このエントリーで448本目。なんとか1日1エントリーは達成できました。
 よく、ブログの効果は数多の書籍で知っているものの、実際、それを自分が書くとなると難しい~という方がおられるんですが、こればかりは、手軽な錬金術はありません。とにかく、感じて思って考えてキーボードに向かうしかない。書いているとまた新しい発見があり、新しい反応があると、新しいリスペクトが生まれる。すると、それが種子になり、水をやっていると芽が出て育っていく。そんな感覚がブログのようです。1年続けたぐらいでエラソなことは言えませんが、最終的にはどこにも自分らしいブログを書き進め運営する教科書は存在しないので、とにかく、「書く」ことのようです。結果を求めずただ書く。このシンプルな思考というか行動にこそ、実は大きな意味があるのだと思います。まだまだ、その意味の全容は見えてきませんから、これからも、ここに何かを残していければ・・・と思う2年目突入な感想でした。

女性の品格か・・・。

 まだこの書籍は読んでいないが、2007年に一番売れた書籍らしい。この書籍を広告や書店で発見した時は「女性」という概念と「品格」というキーワードを組み合わせておもしろおかしく時代性に合わせて書籍化しただけだろ・・・みたいな印象でしたが、どうもう、一番売れたとなるとチェックしたくなる。品格って言葉がパワーを持ったということと、男性の品格が反応したのでしょう。早速、G.W.はこの書籍チェックです。「中学生ホーム~」という書籍もあったのですが、いつの時代も登場するエアポケットだと思うので、これはスルー。いつぞや、これは最高と知人に言われどうしても購入する気になれず、図書館で借りてきたが、本文の1行目のあまりにもくだらない表現で読むのを止めてしまった。というか、あまりにも稚拙すぎて拒否反応で書籍を瞬殺してしまった「リアル~」など。文章は色や音以上に伝える力があるもんだなぁ~と思います。結局、書籍の品格を左右するのは著者の世界観なのですが、文章の組み合わせが弱いと最後まで読む気には到底なれない。どんな分野の書籍でも起承転結があるモノが読み進むにつれて期待感が煽られるので心地いいが、頭が大きく尻がすぼんでいるかもしれないなぁ~と読み進めて、あ~あ、尻が・・・みたいな書籍はとても残念な気持ちなる。が、そんな書籍にも気の利いたフレーズの1本や2本があるもので、それを発見できるぐらい食いつければ書籍としての品質は高い方だと思う。大人の絵本やDS-BOOKなるもので描ける世界観で満足していると、文字からイメージを膨らませる能力が枯れてくる。そういう意味で「女性の品格」はとても楽しみです。