Catharsis

 情報紙S.O.S.の第25号のテーマは「カタルシス(catharsis)」で企画・編集をしようと構想しています。このワードを検索するとこのような説明文にヒットします。
「カタルシス詩学および心理学において浄化を意味する。本来はギリシャ語。ギリシア語のカタルシスは元来は医学用語で、薬剤を用いて吐瀉ないし下痢を起こさせる事をいった。そこからオルペウス教などで魂の浄化を指す語となった。アリストテレスは悲劇の効果のひとつとしてカタルシスに言及するが、これが劇中の出来事ないし劇中の登場人物についていわれるのか、それとも観客についていわれるのかについては諸説がある。近世フランス詩学においては、アリストテレスのカタルシス論は悲劇論の中核をなすものとして理解され、カタルシスは、観者の魂に「おそれとあわれみ」によって浄化を起こすものと理解された。ジークムント・フロイトがこの語を採用したことから、カタルシスは代償行為によって得られる満足を指す心理用語としても用いられるようになった。」となります。しかし、これではどの部分からクリエイティブというジャンルにシンクロすれば・・・となりますので、私の解釈は「代償行為によって得られる満足」の部分にフォーカスしよと思っております。いずれにしても、難解な解釈が必要であると思いますが、そこは、ディープに捉えていただいても、ライトに捉えていただいてもOKです。ディープに捉えるならこのテーマは青天井ですが、ライトならこうなると思います。「古今東西、心にひっかかる事を自分らしく解釈して出した答」ではないかと。しかし、このテーマを設定して頂いた方との捉え方の違いはどこかにズレを生む可能性もあるのですが、言葉を変えれば「クリエイターとしての視点で何かを捉え、それが疑問視していることであったり、問題視している事であったりした場合にそのモチーフを自分のモノサシで計測した寸法が答」でもいいと思います。
 
 いずれにしても非常に抽象的な表現になってしまうのですが、そもそも、あらゆる語彙に対して、同じ捉え方をしているかといえばそうではないはず。その捉え方の違い、視点の違いこそが個性であり感性であるとも言えなくないと思います。心理学的に「浄化」という言葉をどう消化するのか・・・ある側面では非常に複雑で難解なテーマだと思いますが、価値観の中に存在する「原因」「サイン」「動機」を皆様の方程式で解いていただいた答の出し方を「カタルシス」としてもいいのではないでしょうか?と言いながらも、どこか消化の悪さも否めません。
 こんな考え方でいいですか?などと疑問がありましたら、コメントください。私もあれこれといろいろこのテーマ自分の作品づくりに着手するまで反芻したいと思っております。
 最後の最後で私も姫に確認する所存です。