Catharsis02

 「綿ぼこりみたいな翼でも~、木の芽みたいな爪でも~。」か。人が人として苦悩する意味は人の痛みを知るためだという歌詞を聴くと、非力さえ本当は力だと知る。「カタルシス」というテーマを姫から投げてもらってから、ずっと、こんなことを考えている。情報紙S.O.S.の第25号のテーマに設定して、企画や構想をしている段階なのですが、このことがとても気になっている。すると、毎日、情報として入ってくるテレビのニュースや新聞の記事の捉え方が少し今までとは違った色に見える。情報紙S.O.S.は参加メンバー皆様で同じベクトルと独自の皆様の切り口・アプローチが混在している無カテゴリーな要素も含まれていると思います。
 そんな「情報紙」の観念ではたぶん収まっていない部分が存在すると思います。いろいろなご意見を頂く中で、「お金を出すのだから、それに対する費用対効果が・・・」という理由も真理、「限られたネットワークチャンネルの限られた情報・コンテンツだから~」も真理である。しかし、世の中の「費用対効果」や「ネットワーク」や「チャンネル」がどれだけ万能でしょうか?「万能だ」と思いたい気持ちは分からなくないのですが、まず、何より大切なのは「接点」だと思います。頭で構想しているプランが何かと接点を設けるためには、何かをアウトプットする必要があるし、そのスタイルが自分の中だけで確立していると思っている人に限って、持ち駒は少ない。
 方法論としてかみそりのような刃が欲しいのか、鉈のような刃が欲しいのかと聞かれると、間違いなく鉈のような図太い切れ味が私は欲しいし、コンセプトや表現が「これだぁ!間違いない!」と確定してから何かを創りたいか?それとも迷いながら考えながら中途半端でも、歩を前に進めたいか?と選択肢を迫られれば間違いなく、迷いながら進みたいと思っている。※正確にはそれしかできない。
 「綿ぼこりみたいな翼でも~、木の芽みたいな爪でも~。」どんなに非力でも、考えることと迷っていることを混同したくないなぁ~と思います。そんなことをこのテーマを頂き、構想しています。そろそろ、第25号を動かそうと思っております。S.O.S.マスターメンバーの皆様、今、しばらくお待ちください。どうも、第24号がN.Y.に届いたということで、その満足感で、モチベーションの振幅が小さくなっていました。さらにさらに、もっともっと、この情報紙が伝説になるために、頑張っていきます。のでので、皆様よろしくお願いします。只今、ケニアと南アフリカとアイルラインドの方にアプローチしています。~編集長:スギノヨシカズ~
 銀の龍の背に乗ってぇ~!