適当がいいんですよねぇ~。

 確かな経験と技術と想いさえあれば、あとは、適当に作るのが一番。テレビドラマ「おせん」で、ハンバーグをつくりみんなで食べている時のコメント。そうなのかもしれません。「適当」という言葉は意外と奥が深く、「一生懸命」と紙一重のような気がします。努力に努力を重ねて、もまれてもまれて完成したスタイルこそがスタイルだと思って精進を繰り返す。これは決して悪いことではないけれど、この方法ではいつまでたっても自分のスタイルは完成しない。つまり、スタイルを完成させることはそれほど重要なことではなく、何かを創る時の心得としては、「自然体である」ことが実は重要なのであると思う。若い頃、決してこんな気持ちにはなれなかったし、今でも、「自然体」でと心得ているつもりでも、頑張って無理にスタイルを作ってみたものの、これではダメ~となる場合も多い。
 ひょんなことで力が抜けて、このお仕事ならこの表現がベストだと意識できる時はいいのですが、そんなことは非常に少ないので、このひょんなタイミングを自分でコントロールできるようになりたいと常々考えているが、そう上手いことはいかない。だから、なかなか、「適当」にはできないし、「一生懸命」モードになってしまう。で、それで、美味しいハンバーグはできるのかぃ!おい、どうなんなんだぃ!!!ということなんですが・・・。これはこれで禅の世界の奥の深い話になってしまう。決して「自然体」を初めから狙っても実現しない、この「自然体」スタイルを手に入れるために、出来る事といえば、やはり、経験しかないのかな・・・と思います。
 ほんとに「おせん」の中にはいいフレーズがたくさん含まれている。何か原作があったのかと本屋でチェックすれば、マンガが原作だったことを知る。愕然。早速1巻をなめるように読んでいます。

comments

僕はしょっちゅう適当という言葉を使ってますね~。

適当には、ええ意味と、悪い意味がありますが、あまり深くは考えないようにしてます。

ノギス氏の一生懸命モードは個人的には大好きやし、その一生懸命になってるのが、ノギス氏の自然体なんだと僕は思います。

僕は、人から適当やな~ってよく言われますが、ありがたく思うようにしております。なんかうれしいんですよ。バカにされてても。

ノギス氏が適当といいだしたら、凄い事になりそうな…。

  • 和歌山のおいさん
  • 2008年05月28日 19:20

そうなのか・・・。
ちょっと目からうろこですね。
そううかそうか。

私の心の最後の最後はかなりひねくれていて、
アドバイスや助言や忠告を受け入れないことが多いのですが、
この言葉はかけひきなしの、50:50の
give&takeなフィーリングです。
つまり、おいさんの限りなく「自然体」なお言葉なんですね。

馬鹿にされてという部分も、本当の馬鹿は相手にされません。
だから、おいさんは皆さんに愛されているわけですね。

確かに、あまり適当という言葉は好きになれませんが、
おいさんの言葉で適当もまた真理なんですねと思います。

私は一生懸命にやっていますが、常に
「お前の一生懸命ってこの程度か!」と言われないようにと
逆に危機感にかえているところも心のどこかに
ありそうですね。

つまり、政治家の言う危機感とは本質に違うのですね。
しかも、アフリカの難民の危機感とも違う。
そして、戦火の兵士たちの危機感とも違うんですね。
だから、自然体でしかいられないと。

  • khuz
  • 2008年05月29日 06:44

comment form

(スギノのノギス にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form