2008年06月 アーカイブ

ミッドナイトイーグル

 大沢たかお・玉木宏・吉田栄作の3人でなければ、この映画は成立しなかっただろうなぁ~という印象でした。終わってからも、3人の個性が頭の中に何回も浮かんで、台詞のひとつひとつが蘇ってくるような。もう少し、テロリズムの背景の説明が欲しかったが、それは、時期的に「核」というキーワードで説明ができてしまうこの時代がなんともやっかいです。そして、「ステルス機」が簡単に操作して爆弾がセットできるという日本のざる加減もなんともやっかい。最後にナパームで反乱軍が英雄3名といっしょにフィニッシュされるというオチももう少し夢が欲しかった。ええっ、そんなとこに常に潜水艦がいるのということも何の違和感もなしに納得してしまうこともやっかい。氾濫軍のパーソナリティーにももう少しスポットがあたってもいいのではないかな・・・と思いつつも、これはこれでブラインドの方がいいのかなぁ~とぶつぶつ。多くの戦地と日本のテロリズムの危機をダブらせている感じも、映画の世界としてなら違和感がないが、実際、現実、日本にはもっと恐ろしい危機があるように思いながらも、大沢さんの演技に見入ってしまった映画でした。
 しかし、なんでしょう、ホワイトアウトもそうですが、雪山という舞台は何もかもドラマチックに見せてくれる不思議なステージだなぁ~とつくづく。しかし、日本の映画らしく!?最後のパスワードにひとひねりが無かったなぁ~。

最新のお気に入り。

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 最近、買ったお気に入りの書籍です。DVDも一枚ありますが。仕事もいいけど趣味・趣向も大切大切。

帰り道。

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 昨日は朝6時に長浜を車で出発、そして、午後8時まで岸和田で写真撮影でした。初めて高速で長浜から岸和田まで行ったのでかなりドキドキでしたが、なんとか、無事終了。岸和田の夜は祭の若い衆の「掛け声練習集会&基礎体力づくり!?」でとてもにぎやかな港エリアなのでした。阪神から阪和、近畿から名神に入ったところで、ようやく落ち着いた気持ちになりちょっと余裕ができてパチリ。運転中なのでファイダーは覗けない。長浜に到着が午後12時。長い一日でした。担当していただいたお得意様のご担当者様、ほんとに終日、お疲れ様でした。また、水の上に行きましょうね。と、とにかく、これが最後の一枚にならずには済みました。

関西発、管釣りバカ日誌という定義。

 いろんなタイプの友人がいて私はとても幸せモノである。中でも彼とはあるテーマで深く長く繋がっている。その糸はどんな方法でも切り離すことができない強靭な糸(ワイヤー)である。はじまりは田舎(福井)の小さな小川だったような記憶があるが、それも、遠い記憶なので不確かであるが。そんなに大袈裟な状況ではなく、ただ、同じ目的で彼とはその瞬間繋がった。それから、ことあるごとに、僕達は水への魅力に取り付かれ引き込まれていった。共に田舎を出て、今は大阪と長浜に暮らすが、それはやはり二人を引き寄せる。理由はひとつ、そこに魚がいるからである。ブログのプロフィール写真の時も彼は近くにいた。しかし、そこにはしばらく足を運んでいない。う~ん、懐かしいとさえ思える時間があれから経ってしまった。そこに行けば必ず存在する興奮とも高揚とも充実感とも言える感覚にそろそろ飢えてきていることも否めない。今年はそこへ行きますか!それは、「関西発、管釣りバカ日誌」という定義の中にも存在している。

適度な空腹感。

 空腹な状態は適度なら身体にいいと何かの本で読んだ。逆に少し小腹がすいたからと言って何かをつまみ、常に満たされた状態だと身体が脂肪を燃やすことなく常に栄養素をプールして飽和している状態が健康だと認識してしまうらしい。そして、この感覚はそのままいい状態をキープし続けられるかと言えば人間の身体というか感覚はとても上手く!?出来ていてさらにいい状態にするために、その状態でも空腹感や飢餓感を発信する。となると、あたらしいふプール先をご丁寧につくっても次のレベルの栄養価を得ようと信号が出るらしい。これがエスカレートすると例のメタボである。だから、昼食をとってから、3時~4時頃に小腹がすく感覚が起こっても何も食べないようにしている。せいぜい糖分が含まれている飲料水ぐらい。そして、5時から6時にはもうおなかからグウグウと音が聞こえてくる。この状態は身体にとって非常にいい状態らしい。だから晩飯までこの状態をキープする。だから、夕食も適量で満足する上、空腹状態が3~4時間あると、質のいい唾液が出て、胃も活性しているから、充分に消化できる。つもまり燃費のいい身体になるらしい。グルメグルメで頭で満足してても、身体には決していい状態ではないのである。その夕食前の空腹感がなんとも癖になるから、人間とは何事にも慣れる生き物だなぁ~と思うのです。腹八文目という言葉は非常に的を得ているわけである。

イメージ風景。

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 お仕事で描いたイラストレーションです。水彩インクで下塗りして、ポスターカラーで仕上げました。水彩とポスターカラーの絵の具の特長をがそれぞれ違うのでそれを使い分けて、しっかり描く部分と水彩の透明感を利用したイラストレーションです。モチーフ的には風景ですが、どこか限定された風景ではありません。それは、この仕事の目的がそうだったからです。ライフワークで絵を描く場合と仕事で描く場合は明らかに自分の中のチャンネルが違うので、どちらが好きでどちらが嫌いという線引きはありません。とにかく絵を描くことが好きなので・・・。
 何か面白いイラストレーションの物件がありましたら、投げてくださ~い!油絵からペン画まで、水彩からパステルまでなんでも描きますし、常にいろいろな画材を取り揃えておりますので。

そういう最終回なのか。

 歴史ある施設を売買するM&Aの波が「一升庵」に押し寄せて来た。古い文化が経営難でなくなっていくことをそのM&A会社の社長が「自然淘汰」だと言っていた。何がどうねじれればそんなふうに「自然淘汰」という言葉をチョイスでいるのだろうと思わせるような脚本である。多分、多くのM&Aを展開している企業の考えの中にはそんな大意も大志もないでしょう。しかし、失われようとしている歴史や文化にこだわることにもそれほど意味はない。つまり、是非でもなく正と悪でもなく、得でも損でもない。自然淘汰のモチーフとして「北極熊」をチョイスしていたが、いやいや、ホッキョクグマはそんなことは考えていないだろう(例え人間のような意識レベルがあったとしても。)と思いますね。天上天下唯我独尊ですよ。
 そんな時代の波に押し切られようとするおせんちゃんに対して、大女将が帰ってくる。そして、「一升庵」に放火しようとする。「これはただの建物だよ、「一升庵」はこれじゃないよ、「一升庵」はあんたのここの中にあるんだよ。」と。胸にこぶしをあてます。
 「一升庵」の料理にケチャップをつけて美味しいという子どもをどう見るのかは自由ですが、気がつかないうちに自然淘汰していくタイプはこのM&Aの社長のような人間像であり、その息子でしょうね。と、脚本家は言いたいのでしょうね。少なからず正解でしょう。淘汰は必然だと思えるか思えないかは心が感じることですが、体はどう反応するでしょう?私は生命が存続できればそれだけでいいという生活レベルがあるとすると、そこで何かを繋ぎたいと感じます。心が一人歩きを始めて長い道のりです。歩いているのは心か体かという疑問を「ブレードランナー/ファイナルカット」を見て考えたいと思います。心の意味を「ニキータ」を見て考えたい。体の意味を「ボーン・アルティメンタム」を見て考えたいですね。

「おせん」最終回。

 いったいどれぐらいの視聴率があったのだろう?原作は非常に素敵なマンガで主演が蒼井優ちゃん。それだけで制作現場の人達はこのドラマの企画をスタートしたはずはない。他のマンガtoテレビドラマの構図からこの作品だけは外れているように思いたい。「目利き」という言葉がマンガおせんの第1巻には登場する。いいものはじっくり見ることからはじまり、生半可な人間はまず自分の判断に理由を求める。それは、地位であったり公的な認知度であったり背景であったり。とにかく理由を探す探す探す。そして、次にその価値をお金で判断していると。それはモノの価値を推し量っているということにはならないと、このマンガの中の登場人物達は言葉を並べる。その中心にいる存在が「おせんちゃん」である。モノの価値とはまず見ることである。どの目で見るかそれぞれ個人差があるのでしょうが、時に心の目であったり、天の目であったり、魂の目であったりするのでしょうね。そういう意味で全15巻ある第2巻目を買うのが楽しみなんです。そんなドラマも今日で最終回。「のだめ~」以来テレビ番組をビデオで録画しているのも、何回も観る価値がありそうな作品ではないだろうかと感じたから。主題歌がいい。登場人物と配役がいい。映像の絵がいい。物語がいいと最終回は早い。
 ブルーレイディスクモードが18時間も録画できるレコーダーを北京オリンピックに向けて買うつもりなどさらさらないが、テレビドラマ「おせん」は心を動かされた作品でした。第2巻が楽しみである。まだまだ、「岳」も「プルートゥ」も「のだめ~」も最新刊は出そうにないので、「おせん」の第2巻を楽しみにしたいと思っております。
 余談ですが、勢いで買ってしまった「ネガティブチェーンソーハッピーエッジ」だけは買わない方がいいですね。期待しても何も無かったコミックスは数多ですが、その中でも歴代ワースト10に入る作品でした。残念。

私はほっしゃんさんでしたが。

 松本人志のすべらない話ゴールデンが先日放送されていましたね。テレビ枠では3回目ということで、どんどん演出が豪華になり、エントリーされるメンバーも17名で、どんどん大きくなっていきます。結果、小藪さんが「MVS(もっとも価値のあるすべらない話)」だったのですが、私としては、第3位が松本さんの犬の逃亡事件の話。第2位が兵藤さんのトランポリンの話。そして、第1位はほっしゃんさんのパラシュート部隊の話でした。他、ジュニアさんの「スター」と「温泉旅館」のお話も、浜口さんの「猪木さん」と「隣の部屋」のお話も、ケンコバさんの「オレジナリティー」のお話も、宮川さんの「サウナ」のお話もとても良かったのですが、小藪さんの「おじいちゃん」はそれほど~でした。すべるすべらないということで、参加メンバー、特に松本さん的にはほんわかしててMVSだったのかなぁ~と思っておりました。いずれにしても皆様の観察眼とお話のスキルは素晴らしいですね。
 あと、ほっしゃんさんの「ジャングルの露天風呂」もとても良かったです。

文武両道とは・・・。

 中・高校生の頃、身近にあった言葉で「文武両道」という考え方がありました。その頃は両道とは「部活動」と「勉強」だと思い込んでいました。勉強だけできても、運動だけできてもだめだから、健全な肉体に健全な心が宿るという少し古い考え方のように思えるこの「文武両道」を中・高校生なりに解釈して部活に勉強に取り組んでいた。とはいえ私の高校生時代は「文」とは無縁になるのですが。そして、芸術という道(大阪芸術大学)に進んだわけですが、そこでも、実は「文武両道」が存在していたのです。
 現代、人材育成という言葉を聞くとどうしても多くの人材を同一のある一方向に成長させるためのプラクティスや理論や実技や心理プログムラのように捉えてしまいます。実際はそんなプログラムを一回も受けたことがないので、その実情は理解していないに等しいのですが、なんとなく、「人材育成プログラム」と聞くとそんなイメージを受けてしまいます。それは、江戸時代以降の教育システムのバージョンアップ上にあり、要は少ない国民の数で全体的な教育レベルを上げて生産性を高めるという指針の元に展開されてきた大きな潮流だと言えるのではないでしょうか。絶大な効果があったように見えましたが、実はその副産物というか弊害というか失われた大切なシステムがあったように思います。
 中・高校生で「文武両道」をみんなといっしょに目指していた人間が、硬式野球と陸上競技に没頭するあまり「文」のバランスが崩れる。しかし、芸術という道を見つけてその道で試行錯誤を繰り返し右往左往しているうちに、たくさんのプロフェッショナルなクリエイターと出会う。そして、何かを吸収させていただいた。すると、クリエイター以外のいろいろな分野のプロフェッショナルな方と出会えるようになった。そして、感じるのです。本当に文武両道の「文」は学業で「部」とは部活動・運動のことなのか?と。そのきかっけはある歳になり、自分が芸術やデザインの世界で食っていくために、東京や大阪で何かを吸収していた時期と同じ世代の方と出会うことが増え、その頃の自分と今の世代の方の考え方や環境の違いが少しだけ見えた時にちょっとした感覚的な相違点が見えたような気がしたのです。
 まだ、それは非常に仮説レベルであり、整理された考察ではないのですが、これは、なんとかして整理してみたいという気持ちになったのです。あまりにも多くの出来事を少しづつ系譜にしていく作業とその頃の気持ちを参考資料と合わせて文章化することは大変なことかもしれませんが、今だからこそとてもその意義を強く感じるのです。株式会社アクトの企業方針として「動くひと、創るひと、考えるひと。」というスローガン的なことを数年前から打ち出しているのですが、これは、自分自身の中に常に意識化させるためなのです。迷った時とかモチベーションが上がらない時に「お前は充分に動いているか?創っているか?考えているか?」と問いただすため。その自問自答こそが実は「文武両道」なのでは・・・と。しかし、この考え方はまだ緩い。だから整理する必要があるし、その整理された系譜を同じベクトルを持つ皆様と共有したいということでいくつか具体的なプランを構想しています。それはまたいずれ・・・。

野菜づくりは難しい。

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 前回の「カボチャ日記」まではとても順調だったのですが、梅雨になり雨が多かったせいなのか、植えている鉢のサイズが充分ではなかったのか、肥料の与え方が適切でなかったのか、なかなか、グッとくる生長になってくれません。イメージが先行しているだけで、カボチャの生長はこんなものなのかと思って散歩中に学校のカボチャ畑をチラリと見たら、愕然。わさわさっと凄まじい勢いでカボチャンの葉がところ狭しと生い茂っている。つるも花も全開状態。それに比べるとなんかウチのはあさがお状態・・・。野菜づくりは難しい!!!その学校のカボチャンの栽培方法を見習ってこのようなフレームを作成し、現在、暖かく動向を見守っている状態。ここからなんとか盛り返して大きな実をつけてほし~い!

ミニ運動会

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 今日は朝から小学校の体育館で親子ミニ運動会が開催されました。ミニということで種目は3種目だけ。当日までに第4学年の担任の先生の皆様とそれぞれの組の学年委員様(私も含む)8名で、競技の内容やタイムスケジュールを決定して、そして、当日でした。大雨注意報などが昨晩滋賀県の南部に出ていたので、体育館なので普通の雨なら心配ないですが、大雨だったらちょっと嫌だなぁ~と心配していましたが、やはり、日頃の行いがいい!?のか、朝から晴れて体育館は子どもたちとそのご両親の熱気で汗をいっぱいかいての、進行役でした。写真を撮影したり競技中の音楽をかけたり大変でしたが、短いイベントとは言え、達成感&満足感いっぱいでした。何より子どもたちの元気な姿を間近で見ているだけで元気になりますね。
 担任の先生方、そして、学年委員の皆様、本当にお疲れ様でした。汗でどぼどぼになりましたが、とても身体にも心にも素敵な健全なひとときでした。

マイナス6%の扇動。

 それは真実かと問われるとそこに明確な物理定数は存在しない。そもそも物理定数を崇拝する人間の本質は人間が科学と出会ってから宗教のように浸透しているらしい。確かに、教科書の数字をテストでいい点をとるために覚えることはしてきたけれど、その数値は正しいのか?と疑問視することには慣れていない。実際、科学の現場で実験を繰り返し、スーパーコンピュターが割り出した数値を真実とは呼ばずに何を真実と呼ぶのかなどと水を掛け合っても仕方ないということも言えなくないのですが、必ず、数字をコントロールするための手法に使っている方もいるはずだから、今、我々は「マイナス6%」に向かいながら実は現実は「プラス6%以上」だという事も判断材料の中に入れておく必要もある。洞爺湖で行われるお集まりでどのような結論が出るのかは知る由もないが、都合のいい物理定数を操って何かを扇動しようとする議論だけはやめてほしいと思うが、それも一般市民では手の届かない話である。
 科学も宗教も政治と組み合わさり成立している。これはいいことでも悪いことでないし、何も白黒をはっきりつけることが成果でもない。繋がっていないより繋がっている方がだんぜん素敵だと思うから、繋がり方もいろいろあっていいんじゃないでしょうか?デジタルコミュニケーションを推奨するエヌとエヌとティーの会社さん、本当の国益は何だと思いますか?お話する機会があれば聞かせていただきたい。

パンフ完成。

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 思いつきですが、アクトのパンフレットを創りました。まぁ、餅屋なので思いつきでちょっと名刺代わりになればいいかなぁ~と構想して創りました。また、どこかでお会いしたらお渡しいたします。「パンフレット創ったそうですね?」と言っていただければいつでもどこでも誰にでも進呈いたします。
 タイトルは「Like what?(たとえば?)」です。これは、例えば具体的にどんなもの?という意味で、アクトは自動車を売っているわけでも会席料理を売っているわけでもありませんので、ましてや、パチンコ屋ではありませんので、何を売っているということになると、印刷物だったりWEBサイトデータだったりするのが具体的な営業品目になるのですが、これらを細分化すると、企画だったりアイディアだったりでデザイン素材だったり映像だったりするのですが、それを大きく捉えて「デザイン」という括り方ができなくもない。逆にパンフレットは営業品目ですが、昨今のPCの浸透率やグラフィックソフトの普及は環境さえ揃えればソフトさえ使えれば「パンフレットデータ」は仕上がりますし、印刷会社もオンラインで全国どこでも展開しておられるわけですから、データさえ仕上がれば、誰でも(ソフトでデータを作れる方)パンフレットが出来てしまいます。出来てしまうということは便利だとも言えるし難しくなったとも言えるのです。その部分はまたいつか・・・。ということで「デザイン」を売っているなら、どんな「デザイン」を売っているのかをお客様に見ていただき感じて頂かなければ、買うも買わないもなく、判断はできません。見本を並べるということも可能ですが、いろいろな条件の違う完成物をただ見て頂いただけで、「デザイン」が売れるほど現代のニーズはシンプルな構造ではないと思うのです。だから、「例えば・・・」というフレーズが浮かびました。そして、中身は・・・。まぁ、いつかどこかでお手にされた時のお楽しみということで。
 中面のキャッチコピーはこうなっております。「例えば、新しいデザインを創るという事は?魅力的なデザインを創るという事は?売れるデザインを創るという事は?」です。興味を持っていただけた方はご連絡ください。どこへでもご郵送いたします。

魚が食卓から消える!?

 石油燃料をとりまく負の連鎖反応がいろいろ問題化しています。漁船の燃料が高騰し遠洋漁業ができなくなり、日本の食卓から魚が消える!?らしい。これだけ海に囲まれているのに魚が食えなくなるのということも想定しなければいけないのか。石油燃料は何も自動車だけのことではなということ。近くの買い物なら自転車を使うか歩くかに本格的に取り組んだ方がいいのでしょう。便利さを失いたくないとライフスタイルを変えたくないなんて言って高いハイブリッドを買うよりも、近場は歩きと自転車、遠距離は電車やバスを利用・活用すればいいんですよね。でもなかなか身についた便利さをリセットすることは難しい。いろいろなことの基準が変わっていることには疑いようのない現実なんだから、人間が何かを変えようとするのではなく、人間自身も変わる努力をしなければいけない時代なんでしょうね。魚が消えるまえに自動車が消えていたりして・・・。

2008年上半期ベスト10

非常に唐突ですが、2008年上半期お笑いタレントBEST10です。
テレビをつければ必ず仕切っているお笑いタレントさん。
盛り上げ役から切り込み役から、さらに、ドラマや映画でも大活躍。
中途半端な俳優・女優さんより今日のテレビ文化を支えているなぁ~と
思うのです。そこで、100%個人的なお気に入りの
お笑いタレントさんBEST10です。 賛否両論あると思いますが・・・。

第10位
◎髭男爵
初めて観た時からネタの展開と独特の世界観に釘付けです。 特に男爵の表現力とボケの相方の個性がこれほどネタとマッチしているってスゴイ。

第9位
◎フルーツポンチ
うざいボケと冷静なツッコミ。それだけ聞けばありがちですが、この二人のディテールというか世界観はかなりのネタの 仕込みがあってこその世界観。私は特に「骨折ネタ」が好きです。

第8位
◎柳原可奈子
あのルックスをあの域まで高めた秀逸な観察力と表現力。イロモネでの5名瞬殺は見事!

第7位
◎もう中学生
ああ見えて、かなりかなり、ネタは仕込んでいるはず。シュールと見せかけてあの計算は脱帽である。

第6位
◎上原ちょー
リズムにのせたネタはいろいろあるが、ちょーさんのネタはどれも完璧。これほどピンで空気を作られるとテレビでネタを観るたびに感動すら覚える。

第5位
◎弾丸ジャッキー
体操選手と自衛隊。自衛隊キャラのスタンスがとてもいい。

第4位
◎鳥居みゆき
ああ見えて、かなり計算しているあのキャラ。なぜこの頃「キャッチアンドリリース」を封じ込めたのか?

第3位
◎サンドイッチマン
どんな関西の歴代の重鎮より二人のタイミングは絶妙である。他のM-1覇者とは比較にならない。

第2位
◎山本高弘
織田裕二ネタ、浜田さんネタ、ケインコスギネタどれも秀逸。特に、「象にキレル」をチョイスする感覚は素晴らしい。

第1位
◎オードリー
春日万歳!

誠に勝手なベスト10でした。

動画(映像)を観る動機づけ。

 ユーチューブで映像のログを観た時は、インターネットでこんな映像を観ることができるのか!と驚いたが、それから、具体的にそれをどんなふうに活用したか、しみじみと観賞することがあっただろうかと考えると、さほど・・・、というか全く・・・。それは、結婚式のビデオ映像と同じで、すでにビデオ映像状態になってそこにある、いつでもそれを観ることができると確信した段階で、その映像は長い人生でよほどのことがないかぎり観ることはないに近い状態。では、なぜ、テレビなら観て、数多のケーブルテレビには興味が薄いのか。情報として映像を観ることが生活レベルでまだまだ浸透していないという見解と、それ自体がそれほど生活レベルに近い存在ではないという見解が存在し、それらの間で現在、目盛りがふれてはいるが、いずれどちらかにその揺れ動いている目盛りも落ち着くような気がします。そして、地デジである。テレビを買い換えるための苦肉の策。そして、ブルーレイディスクである。付加価値を技術的につけるために現れた企画。「映像を楽しむ」と聞くほどにより美しいより高画質な映像を観たいという欲求は心に必ずあるが、だからと言って次から次へと規格を上げては消費を促そうなどと、笑止千万ではないかと思う。が、タイタニックが沈没する時にみんなで飛び込みたい皆様は猫としゃくしといっしょに大画面のデジタル放送を観ながら、高画質のブルーレイディスクで「釣りバカ日誌」を観て喜んでいる。それも確かに素敵なひとときですが、映像を観る動機づけには少し足りないような気がするのです。
 では、映像でなければならない理由とは何でしょう?大小様々な動機があり、情報を取捨選択する時、もしくは発信する時に、何を動機づけとして映像情報を作成することで、その情報はしっかりと受け手サイドに伝わるのかということがとても気になります。そんな中、映画という媒体の価値観とニュースで流れるリアルタイムな映像とコポーレイトイメージをまとめたCFなどなど、たくさんのカテゴリーの映像情報が氾濫している中で、それぞれの動機づけのスイッチングはちゃんとできているのだろうか・・・などと考えながら、いろいろなお仕事に取り組んでおります。
 まずは、アクトのWEBサイトのリニューアルをするにあたり、この部分に対する答も用意できればなどと構想しています。映像ありきではなく、WEBサイトで映像を見せる場合の理由やリアル感の適正が創出できればいいなぁ~と。

今田竜二さん。

 全米オープンが熱い。テレビでその難易度はあまり伝わってこない。青木さんや戸張さんがコースの難しさを丁寧に説明してくださるのですが、到底100前後のスコアのレベルではその難しさを「雲の上」として理解することしかできない。ただ、日本選手が3名参加して、国内では片山さん、谷口さんが予選落ちしてしまったことや、その後、インタビューで片山さんが「難しい・・・、あとは竜二君に任せよう・・・。」みたいなコメントを残しておられることから判断すると、かなりどころではない難しさなんだろうと思います。世界レベルのプロがイーブンパーを行ったり来たりしているとろこを観てるだけでその緊張感はしっかりと伝わってくる。また、全英オープンとは違った難しさが全米オープンにはあるのでしょう。
 そして、今田竜二さん。初日、二日目とどうもトラブル続きで、スコアも伸びなかった。しかし、伸びなかったとは言え、なんとか予選をクリア。そして、第3日目はアンダーパーである。スコア的にはウッズのスコアと同じ。今シーズンの初め、このコースのレギュラー戦でウッズが優勝した時、今田さんは2位になっている。そして、この前の試合での日本人3人目のアメリカ本土での初優勝。間違いなく、今田さんはこの全米オープンの優勝を狙ってこられたと思う。まず、日本国内の選手が白旗を揚げているのに対して、今田さんは「狙ってる」というのが凄いし、結果、第3日を終わって+6は24位である。そして、コメントで絶対に15位以内に入って来年の出場権を獲得したいとコメントしておられる。絶対に獲ってほしい。これだけの難コースで「攻める」技術と心意気。たぶん、今、日本人で一番メジャーに近い存在なのでしょうね。これも、青木さんや丸山さんが切り開いてこられたPGAの流れみたいなものを受け継いでおられるのでしょうし、勿論、14歳からアメリカで本場のレベルの中で試行錯誤を繰り返してこられた結果があることは間違いないのですが。さて、最終日、どうなるのでしょう?

デザインを考える。

 デザインを構想する時には「経験値」が大切だという文章や考察をよく読む。ひとことで「経験値」と言ってもそれこそいろいろなケースがありいろいろな条件があるので、簡単に「経験値が乏しい」とか「経験が豊かだ」などと簡単に短時間に結論を出すことは難しい。しかし、デザインの仕事の場合、そのほとんどの場合、仕事の完成仕上がりがいつでもいいからとか、いいものが出来上がったから印刷へ制作過程に進めましょうというケースは0に近い。つまり、スケジュール上で必ず、テーマや戦略に対するベストなデザインを作る必要がある。それは、仕事のボリュームに関係なくである。時間も予算もないからデザインを考えなくてもいいという仕事はひとつもない。しかし、時間に充分な余裕がある場合も比較的すくないから、限られた時間の中でよりベターなデザインを吟味し判断し、納品形態の仕様についても、そのデザイン表現とコストの範疇でこれまたベターな仕上げをする必要がある。となると、この時間の管理能力も「経験値」だと言える。それほど、「デザインを作る・考える」という作業には膨大で多種多様な「経験」が必要なのである。ともすれば、「センス」とか「表現技術」などもこの「経験」の中に含まれるのではないでしょうか。ただ、「経験値がある」という意味の中に、デザインに関わってきた年月が多いというだけでは、必ずしもこの「経験値がある」とイコールにならない場合が多いし、いろいろな環境が揃っている事務所やデザインルームだから、最新のソフトウエアが揃っているから、最新の周辺機器が揃っているから、いいデザインが作れる環境であるとも限定しにくい。つまり、それぞれのパーツパーツは絶対にないよりあった方がいいのだけれど、最後に目の前の「デザイン」を判断するのは人の感覚であるということが、その他の理由づけに埋もれないようにすることが、一番、デザインを作るという作業の中で難しい作業のように思います。論理的にいくら分析して、理論に沿っていても、緩いデザインは多いし、チープなアナログ環境でさほど経験値があるとも思えないクリエイターが、力強い優れたデザインを構想し制作する場合もある。日本と海外の慣習や文化の違いがデザインに反映される場合が多いが、これは、もっともっと、自分自身が多くの慣習や文化に直接触れなければ、情報や知識の蓄積だけで、デザインを作るための「自分自身の経験値」にはならないのでだろうなぁ~と思いますね。
 なんでもそうですが、「これでいい!」判断してしまう経験値はNGなんだと思います。いやはやなんとも難しい・・・。

今日は資源回収日。

 PTAの奉仕活動事業で本日は朝から資源回収です。それぞれの町の公園スペースに予めそれぞれのご家庭から出していただいたダンボールや新聞や雑誌や瓶やカンなどを軽トラで回収。地域の皆様とお話しながら、ゴミを回収してコンテナに入れるという作業でした。集まる集まるでこれらをゴミとして捉えるか、新たな資源として捉えるかで、モノの見方としては180度変わるもんだなぁ~と考えさせられる奉仕活動でした。ほぼ、トラックに乗り込み、積み込み作業とコンテナへの投棄作業を3時間繰り返しました。風はありましたが、ちょっと暑かったのでいい汗をかきました。と、家に帰り、テレビをつけたら、東北地方で大地震震度6強!山間部の地震だったために、被害者を完全に掌握するのに時間がかかりそうな広いエリアでの災害になりそうです。地震は怖い。停電が1.8万世帯だそうです。電気が寸断されて復活までには標準で2日間はかかるそうです。その間のライフラインの確保が災害時のために用意しておく必要があるらしいですね。

セアカゴケグモに注意!!

 セアカゴゲグモは、熱帯地方などに分布するクモで毒を持っているそうです。もともと国内には生息していなかったクモらしいのですが、平成7年11月に大阪市内で初めて発見されたそうです。滋賀県内では、平成20年6月9日、長浜市大辰町で5例目となるセアカゴケグモが1匹発見されたそうです。で、引き続き注意してくださいとのことでした。
 セアカゴケグモは、三重県、奈良県、和歌山県、京都府などでも確認されており、車や建築資材等に付着して運ばれ、各地でも見つかる場合があると思われるそうです。
 身体の特長はメスの成体で7~11mmで全体的に黒。オスは約4~5mmの大きさで腹部が細く、触肢が丸くなっており、茶褐色をしているそうです。特に背中の中央に赤い縦のすじの模様があり、腹側にも赤い模様があるそうです。
 咬まれた時の対処方法は、痛みが増し、咬まれた場所以外に胸やお腹が痛くなることもあり、重症の場合は発熱や吐き気が伴うらしいです。咬まれたら患部を清潔にして出血がる場合は圧迫しないようにし、これらの処置後、速やかに医師の診察を受けてくださいとのことでした。
 駆除方法はつぶすか市販の殺虫剤を直接ふきかけて、必ず素手で触らないように焼却するという方法がベストらしいです。
 これから夏になり外にでる可能性が増え、半そでや半ズボンなど肌の露出度も多くなります。特に子どもたちにはこの写真を見て覚えてもらって、服や身体についていたときは、素手で触らず、何かで叩き落として踏み潰すように注意してもらいましょう。ほんまにやっかいな奴が多いですね。

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実感がそれほど・・・。

 確かにブログの便利さは10年前には今ほど浸透していなかっただろうし、これを活用したビジネスモデルも存在しなかっただろう。まして、IT関連の最新記事を読むたびにこれを活用してビジネスが次世代へ向かうと言ってはいるが、その次世代に何があるのだろうか?何のために次世代に向かう必要があるのだろうかと猜疑心というか疑心暗鬼にならなくもない。確かに確かに便利でPCやモバイルを活用してどこでもテレビプログラムが見れたり、デジタルコミュニケーションが可能だったり、本来メディアを購入していた商品がD.L.に置き換わり、HDDに保存され、それがライフスタイルになってはいるのですが。それが、本当に「便利のカタチ」なのだろうかと思ってしまう。
 なぜ、ブログをやり始めたかと聞かれれば、「みんながいいと言っているから・・・」「自社のWEBサイトのエンジン対策に・・・」「閲覧が自由でキャパも無制限に近いアーカイブだから・・・」「デジタルコミュニケーションの先端を実感するために・・・」など一般的な理由はいろいろありましたが、ほぼ1年、続けてみてそれほどその理由に対する実感はありません。結果を出すためには「それなり」の部分でもっともっと企画やコストをかけなければいけないのでしょう。ならば、これまでの広告メディアといっしょということにもならなくない。だけど、世の中ブログブログと言われ続けているにはもっと別の理由があるように思います。はたしてそれが本当の理由で、それ以外のどこでも見たり聞いたりできる一般的な理由はただのきっかけづくりで、奥の奥にはもっと別の目的が用意されているのではないのかなと最近は思うようになりました。
 実感としてブログをやっていていいと思えることは、自分の想いや世の中の見方をその日その日単位で記録できることが、それをある一定の時間の経過後、改めて簡単に検索して読むことができるということが、何につけても物忘れの激しい自分自身にとって「デジタルの再認識」ができるのはひとつの利点だと思います。ブログを書いている人の人なりを知らずに文章だけを読んで何かが伝わるというほど、皆様ブログに依存はしておられないだろうし、テーマの設定もよほど共感できるテーマでない限りそうそう、シンクロもしないできないの現実なんだろと思います。「ブログの成功術!?」なんて書籍もブログはただのトラップで書籍に繋げるためのツールだったようにも思えなくない。ならば、その手法、自分でも取り入れてデジタルとアナログ、ブログと書籍(印刷物)の関連性をもっと吟味しなければいけないのではと考えるわけです。やはり、どれだけ表現が豊かになっても2次元のモニターや端末からの情報に人の五感はそれほど左右されないというのが結論・真理のような気がするのですが、皆さんはいかがでしょう?情報のリアルさと時間経過の方程式、皆様はどんな公式をお持ちなのでしょう?

花言葉は。

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 四葉のクローバの花言葉は「花言葉Be Mine(私のものになって)1枚はFame(名声)1枚はWealth(富)1枚はFaithful Lover(満ち足りた愛)1枚はGlorious Health(すばらしい健康)4枚揃ってTrue Love(真実の愛)」だそうですが、それは勝手な人間の解釈でしょう。だけど、それをじっと見ていると不思議な力を感じなくもない。名声も富もどうでもいいが、愛には普遍な気持ちなれる。絶対に私のものになってなどと考えたくはない。そんな考えフロイトが怒ってくるだろうし、ゴーギャンだって共感はしてくれないだろう。だけど、どんな物理的均衡が崩れても偏在する解釈に自己を見出す感覚は人のそれ自身と深い関係があると思うし思いたい。そんなことを考えさせる力がこの植物に何故あるのだろうなんてことを考えることが、実は心のどこかで「私のものになって・・・」とつぶやいているのかもしれない。

トラックの夢。

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 ケビンコスナーの「フィールドオブドリームス」は泣けた。涙が出るというより心で泣けた。野球と陸上をしていた私は「フィールド」には神様がいると信じている。釣りをしていると水の中の神様を感じる。しかし、それ以外には無神になってしまう。自分のベクトルが向かっていると感じられる場所は意外と少ない。その中でもフィールドに足を踏み入れるとそれだけで体温が上がる。もう、全力で100mを走れないが、何も余計なことを考えず、ただただ自分の自己ベストタイムを目指していた頃が懐かしい。フィールドには確かに神様がいる。

守り抜くため 踊れ!か。

 ほんとにテレビドラマ「おせん」は面白い。ひさびさにめぐり合えた素敵な物語。蒼井優ちゃんが主演でなければ見ていなかったかも・・・とも思ったりしますが、いやいや、この物語の本質は非常に深い。大きなテーマを描けば物語は深くなるとも限らない。複雑なテーマを複雑に組み合わせれば物語の魅力がより研ぎ澄まされるかと言えばそうではない。よりシンプルなテーマが素晴らしい登場人物によってまるでそこに今起きているように感じられるような物語こそ守り抜きたい作品だと思います。原作のマンガはその絵と同じぐらい非常にこだわったテーマを描いておられるように思います。まだ、第1巻を読んだだけですから、その後の展開はまたお楽しみということで、勝手にイメージを期待感と共に膨らませているだけなのですが。
 その物語に「思想」というキーワドが出てくる。イマドキ、「思想」なんて言葉が出てくるなんて!?と思いきやこの言葉はこの物語のいたるところに流れている。それは、まるで身体の中を流れ続けている血のように。生き物=思想という概念をしっかり画面に時間軸に落とし込んでいる。
 そして、主題歌がMicroさんの「踊れ」である。このCDはレンタルショップでは借りれない。本人の意思か事務所の意思でレンタル禁止なのです。これも時代の流れだと思った。有料D.L.でも手元に落ちてきますが、ひさびさにCDを買いました。このマテリアルがとても心地いい。明日、天気になれ。

キタァ~~~!

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 ということで、今朝、小さいカボチャの実を発見!これこれこれ、このまま、規定サイズまで大きくなってくれよぉ~!あと何個あと何個?あと2株はどうだろうどううだろ?楽しみ楽しみ。

見張り番。

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 カラスや猫に取られぬよう、可愛いカボチャを見守っててよ!愛犬チョップ君。つるがあなたの方に伸びていっても、絶対にそれを引きちぎるなよ、分かってる?

東京やなぁ~!

 昨日は米原の始発の次の新幹線で品川に向かい、そのまま新宿に入りました。ご無沙汰していた皆様との楽しいお話、お仕事のお話2件で、午前11時から午後7時までしゃべり続けました。雨の東京もなかなかよかったなぁ~程度のブログを書こうと思って、望遠レンズを装着して持参したのですが、なになにそんな時間は1秒もありませんでした。相変わらずの東京行脚でした。中央線の乗り換えで数分間御茶ノ水の駅に降りたのですが、そこから見た、夜の雨の神田川は素敵でした。
 しかし、朝の品川の駅のトイレでいきなり目が覚めました。大の入口には6名ほど並んでいて、それをする場所は14箇所ほどあるのですが、使用・不使用が入口付近のデスプレイで表示され、使用中はライトがついていて、ドアがあくとライトが消えるという仕組み。なかなか、行列が進まず「朝だから皆さん出勤途中に・・・なんだなろうなぁ~」と会社まで出勤時間が15秒の私にしてみれば、懐かしい感覚が思い出された瞬間だったのですが。その使用中の一区画の中に彼はいました。
 他の区画からしゃべり声なんて聞こえてこないのですが、その区画だけ大きな電話の話声がしているのです。それも、テレビでよく見かける「広告代理店気取りのよくいるタイプ風トーク」の全開。次々に電話をして一日の仕事の段取りを嫌~な感じの東京弁でテンション高くまくし立ててる、午前10時で駅の大の中で人生相談までし始める。このテンションは素晴らしいですね。トークの内容はあまりにも薄いので割愛させていただきますが、ランプが消えて出てきたその男は携帯を首から提げて、つま先の長い皮靴を履いて、妙なデザインのシャツとぴたりとはりつた黒のパンツ。またまた妙なポーチのようなセカンドバックで、小太りの身長155cmぐらいの丸顔の男。あれはたぶん38歳ぐらいですね。思わず「アンタッチャブルの山崎さんか!」とツッコミたくなる衝動を抑えて用を済ませたのでした。
 う~ん、こんなタイプは長浜にはいませんねぇ~。

書き入れ時!?

 昔の言葉には深い意味がある。昔だから深いのか、深いから言い伝えられてきたのか。さて、現代の言葉に50年100年残るような言葉の文化があるのだろうか?テレビのクイズ番組で「カキイレドキ」の意味は?という問題が出た。それは、昔の商人が商いの際に付けていた台帳への書き込みが忙しくなる時期を指して、商売で忙しい時のことを表現しているそうです。今ではそれがパソコンになってしまったわけですが、さしずめ「インプットタイム」とでも解釈すればいいのでしょうか?英語はスペルの並びで意味を表現するから、その文字の羅列そのものに意味はないが、漢字やひらがなは完全に表意文字なので、語源や言われを調べるとなにげなく使っている言葉にも深い意味があるようです。
 さて、書き入れ時はいつなのか?

右目と左目。

 普段は意識しない右目と左目の見え方の違い。最近、ある方のブログで左手と右手のお話が書かれていまして、それで、利き手についての面白いこだわりトークがありました。へぇ~、日常生活で利き手(右手)を使わず、あえて左手を使ってみるという楽しい意外な角度のお話だったので、ちょっと、気持ちが上がったのです。利き手のお話では、子どもの頃、左利きだったのが、いつの間にか小学校では右利きになっていたので、何故、右になったのかは覚えておらず、左のままだったら、さてどうなっていたのかということも含めて、右手と左手の楽しいお話でした。右利きの人がなかなか左手で箸を使うのは難しく、野球の打席も右の方が左でボールを打つのはかなり練習が必要。けれど、どうも、元々左利きの私は、右でも左でもボールを打てた。大成はしませんでしたが、体育の時間のソフトボールレベルでは、右でも左でも気分で打席に入っていました。そして、箸もどちらでも使えたりしますし、日常生活でどちらでコップを持って、どちらで冷蔵庫のドアを開けるというレベルでも、両手を使っている。
 そこで、目のお話なのですが、私も芸大でデッサンの実技を受けている時に確か「利き目」というのがあるのを知り、それまで、意識してこなかったのが、モノを見るという時に、片目で見る利点と両目で見る利点を使い分けるようになりました。その中でも、右目と左目でどちらが自分の効き目なのかを知っていると便利な時もあります。どうして知ることができるかはまた次回ということで、両目で見るということは、物体を立体的に捉えることができるという利点があります。この逆で、立体的に捉えるためには1点ではだめだということ。2点で捉えることで、物体の存在感が情報としてインプットされるということになります。では、モニターから入ってくる画像情報についても、立体的にインプットさせるためには、どうすればいいのか・・・。これが、今、WEBサイトで新しい表現をするために、なんとかできないモノかと考えております。勿論、映像やFLASHを駆使して、物体を回転させたり、視点を変えれば、物体は立体的に捉えることができますが、これは誰でもできる安易な方法。そうではなく、動かさずに物体を立体的に表現できれば、新しいアプローチができそうだなぁ~と考えております。勿論、3D眼鏡なんて使わずに。つまり、2次元で3次元の錯覚をさせるのではなく、両目で見ている情報の特長を理解して、平面でそれを表現するということができるのかできないのか・・・なのです。何かいいアプローチがありましたら、コメントせずに、こっそりとメールをください。info@act-khuz.comまで。

M.T.とW.P.の違い。

 CMSといえば、XOOPSやムーバブルだったのですが、最近では、WORDPRESSが主流になってきているように思います。ということで、いろいろ書籍を読み運用方法などをチェックしているのですが、確かにメリットは多いと思います。インストールもPHPの一部変更とデータベースサーバのアクセス先の記述だけをクリアしたら問題なくインストールもできます。仮に失敗した時でも、ログを貯める先を任意で変更すれば複数のインストールが可能ですから安心。さて、インストール後の更新作業や新規エントリーの方法が肝心になってくるのですが、これも、ブログの一般的なコンパネなので使いはじめたらそれほど難しいことはありません。ただ、オペレーションの際にコンパネの中に記述してある、コメントにもあるように、まだまだ、バージョンアップしてこのプログラム自体の改良の余地があるそうです。例えば、ID順にする場合のIDの振り方が数字なの英字なの?ということだったり。そして、ややこしいのが画像などの素材をアップロードするときが結構エラーが多いように思うのですが、このあたりの解決方法を知っている方がおられましたらまた、こっそり教えてください。私は絶対で記述しているんで、まず、素材を普通にFTPしてから、絶対のURLをコンパネで記述しています。本体の画像を変更する時もスタイルシート内の所在を探して、絶対で記述しています。それ以外に機能面でも海外版になりますが、いろいろなテーマが豊富で拡張機能も豊富ですから、これは、上手い事使いこなしていきたいツールですね。ということで、まず、M.T.から入ったCMSですが、今はWORDPRESSに浮気してとてもいい感じです。皆さんはいかがでしょうか?

9秒72って!

 100mの世界記録が樹立されたそうです。う~ん、9秒72ということです。一回、世界の100m走の瞬間を自分の目で見てみたい。ゴルフも凄いし、野球も凄いし、サッカーも凄いし、女子バレーも凄いだろうけれど、100m走も凄いだろうなぁ~。人間は少しづつ進化しているんですね。

カラス飛ぶ。

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 写真家ではないので、写真についての思想は0に等しい。仕事として写真を撮ってきただけであり、写真表現で何かを伝えたいと思いながらシャッターを押した経験は非常に少ない。これまで、いろいろな撮影の現場でカメラの方にいろいろな仕事上の注文をさせていただいたが、それは、思想というよりも、モチーフを印刷物やWEBに適用した時にどう見えるかというデザイン的な一方的な視点でのこだわりに過ぎない。それさえも存在しない写真が印刷された、技術的にもクオリティー的に貧弱な写真がよく印刷物になっていたり、WEBにで見ることが最近多いが、これは、それほどデジカメが一般に浸透しているという証拠だろう。これはこれで思想として否定はできない。それぞにれTPOが異なるからである。
 写真家の写真やプロのカメラの方の写真へのこだわりは深く広い。技術も経験も概念も持たない私がシャッターを押しているだけでは、到底深く広いこだわりが切り取った一瞬に及ばない。それは、分かっている上で、最近は動物が撮影したくなった。それは、猿でも熊でもかわせみでもいいのですが、動物を撮影するためにはかなりの機材と時間が必要であるし、熊の撮影が人生最後の撮影にならないとも言えないのでそのようなリスクはまだおかしたくない。という理由もあり、別視点で、最近なんとなくですが、「カラス」がとても気になる存在なのです。それは、ある小説を構想し始めてそのタイトルを「カラス」にしたことが大きな原因なのですが、そもそも、なぜこのタイトルにしたかについて明確な理由があるわけではありませんので、その時の気持ちで何故「カラス」だったのか、今では思い出せない。しかし、気になるものは気になるということで、これからも、いろいろな場所で「カラス」を撮影していこうと思う。
 さて、まず、身近なところで、電線にとまっているカラスが飛ぶ瞬間を撮影したいという目的で外に出た。いつものことながら、カラスはちょっと探すとどこにでもいる。しかし、羽を繕い、糞をして、1匹が2匹になり・・・、なかなか飛ぶ気配はない。そうなんです、彼らはなかなか飛ばないんです。一度、電線に止まると、平気で30分ぐらいは止まっているんです。街の中で飛んでいるカラスをよく見かけるので、ちょっとカメラを持って外に出たら、飛んでいるカラスを撮影できると思っていたら、電線の上で糞をするカラスばかり。以前に動物専門のカメラの人が、動物を撮影するためにはその動物をよく理解しなければ、いい写真は撮影できないと言っておられた言葉が思い出された。これが経験なんですね。
 ということで、50カット撮影してこれが唯一の飛翔カット。カラスはなかなか飛ばない。うん、これが今日の収穫でした。