実感がそれほど・・・。

 確かにブログの便利さは10年前には今ほど浸透していなかっただろうし、これを活用したビジネスモデルも存在しなかっただろう。まして、IT関連の最新記事を読むたびにこれを活用してビジネスが次世代へ向かうと言ってはいるが、その次世代に何があるのだろうか?何のために次世代に向かう必要があるのだろうかと猜疑心というか疑心暗鬼にならなくもない。確かに確かに便利でPCやモバイルを活用してどこでもテレビプログラムが見れたり、デジタルコミュニケーションが可能だったり、本来メディアを購入していた商品がD.L.に置き換わり、HDDに保存され、それがライフスタイルになってはいるのですが。それが、本当に「便利のカタチ」なのだろうかと思ってしまう。
 なぜ、ブログをやり始めたかと聞かれれば、「みんながいいと言っているから・・・」「自社のWEBサイトのエンジン対策に・・・」「閲覧が自由でキャパも無制限に近いアーカイブだから・・・」「デジタルコミュニケーションの先端を実感するために・・・」など一般的な理由はいろいろありましたが、ほぼ1年、続けてみてそれほどその理由に対する実感はありません。結果を出すためには「それなり」の部分でもっともっと企画やコストをかけなければいけないのでしょう。ならば、これまでの広告メディアといっしょということにもならなくない。だけど、世の中ブログブログと言われ続けているにはもっと別の理由があるように思います。はたしてそれが本当の理由で、それ以外のどこでも見たり聞いたりできる一般的な理由はただのきっかけづくりで、奥の奥にはもっと別の目的が用意されているのではないのかなと最近は思うようになりました。
 実感としてブログをやっていていいと思えることは、自分の想いや世の中の見方をその日その日単位で記録できることが、それをある一定の時間の経過後、改めて簡単に検索して読むことができるということが、何につけても物忘れの激しい自分自身にとって「デジタルの再認識」ができるのはひとつの利点だと思います。ブログを書いている人の人なりを知らずに文章だけを読んで何かが伝わるというほど、皆様ブログに依存はしておられないだろうし、テーマの設定もよほど共感できるテーマでない限りそうそう、シンクロもしないできないの現実なんだろと思います。「ブログの成功術!?」なんて書籍もブログはただのトラップで書籍に繋げるためのツールだったようにも思えなくない。ならば、その手法、自分でも取り入れてデジタルとアナログ、ブログと書籍(印刷物)の関連性をもっと吟味しなければいけないのではと考えるわけです。やはり、どれだけ表現が豊かになっても2次元のモニターや端末からの情報に人の五感はそれほど左右されないというのが結論・真理のような気がするのですが、皆さんはいかがでしょう?情報のリアルさと時間経過の方程式、皆様はどんな公式をお持ちなのでしょう?