デザインを考える。

 デザインを構想する時には「経験値」が大切だという文章や考察をよく読む。ひとことで「経験値」と言ってもそれこそいろいろなケースがありいろいろな条件があるので、簡単に「経験値が乏しい」とか「経験が豊かだ」などと簡単に短時間に結論を出すことは難しい。しかし、デザインの仕事の場合、そのほとんどの場合、仕事の完成仕上がりがいつでもいいからとか、いいものが出来上がったから印刷へ制作過程に進めましょうというケースは0に近い。つまり、スケジュール上で必ず、テーマや戦略に対するベストなデザインを作る必要がある。それは、仕事のボリュームに関係なくである。時間も予算もないからデザインを考えなくてもいいという仕事はひとつもない。しかし、時間に充分な余裕がある場合も比較的すくないから、限られた時間の中でよりベターなデザインを吟味し判断し、納品形態の仕様についても、そのデザイン表現とコストの範疇でこれまたベターな仕上げをする必要がある。となると、この時間の管理能力も「経験値」だと言える。それほど、「デザインを作る・考える」という作業には膨大で多種多様な「経験」が必要なのである。ともすれば、「センス」とか「表現技術」などもこの「経験」の中に含まれるのではないでしょうか。ただ、「経験値がある」という意味の中に、デザインに関わってきた年月が多いというだけでは、必ずしもこの「経験値がある」とイコールにならない場合が多いし、いろいろな環境が揃っている事務所やデザインルームだから、最新のソフトウエアが揃っているから、最新の周辺機器が揃っているから、いいデザインが作れる環境であるとも限定しにくい。つまり、それぞれのパーツパーツは絶対にないよりあった方がいいのだけれど、最後に目の前の「デザイン」を判断するのは人の感覚であるということが、その他の理由づけに埋もれないようにすることが、一番、デザインを作るという作業の中で難しい作業のように思います。論理的にいくら分析して、理論に沿っていても、緩いデザインは多いし、チープなアナログ環境でさほど経験値があるとも思えないクリエイターが、力強い優れたデザインを構想し制作する場合もある。日本と海外の慣習や文化の違いがデザインに反映される場合が多いが、これは、もっともっと、自分自身が多くの慣習や文化に直接触れなければ、情報や知識の蓄積だけで、デザインを作るための「自分自身の経験値」にはならないのでだろうなぁ~と思いますね。
 なんでもそうですが、「これでいい!」判断してしまう経験値はNGなんだと思います。いやはやなんとも難しい・・・。