動画(映像)を観る動機づけ。

 ユーチューブで映像のログを観た時は、インターネットでこんな映像を観ることができるのか!と驚いたが、それから、具体的にそれをどんなふうに活用したか、しみじみと観賞することがあっただろうかと考えると、さほど・・・、というか全く・・・。それは、結婚式のビデオ映像と同じで、すでにビデオ映像状態になってそこにある、いつでもそれを観ることができると確信した段階で、その映像は長い人生でよほどのことがないかぎり観ることはないに近い状態。では、なぜ、テレビなら観て、数多のケーブルテレビには興味が薄いのか。情報として映像を観ることが生活レベルでまだまだ浸透していないという見解と、それ自体がそれほど生活レベルに近い存在ではないという見解が存在し、それらの間で現在、目盛りがふれてはいるが、いずれどちらかにその揺れ動いている目盛りも落ち着くような気がします。そして、地デジである。テレビを買い換えるための苦肉の策。そして、ブルーレイディスクである。付加価値を技術的につけるために現れた企画。「映像を楽しむ」と聞くほどにより美しいより高画質な映像を観たいという欲求は心に必ずあるが、だからと言って次から次へと規格を上げては消費を促そうなどと、笑止千万ではないかと思う。が、タイタニックが沈没する時にみんなで飛び込みたい皆様は猫としゃくしといっしょに大画面のデジタル放送を観ながら、高画質のブルーレイディスクで「釣りバカ日誌」を観て喜んでいる。それも確かに素敵なひとときですが、映像を観る動機づけには少し足りないような気がするのです。
 では、映像でなければならない理由とは何でしょう?大小様々な動機があり、情報を取捨選択する時、もしくは発信する時に、何を動機づけとして映像情報を作成することで、その情報はしっかりと受け手サイドに伝わるのかということがとても気になります。そんな中、映画という媒体の価値観とニュースで流れるリアルタイムな映像とコポーレイトイメージをまとめたCFなどなど、たくさんのカテゴリーの映像情報が氾濫している中で、それぞれの動機づけのスイッチングはちゃんとできているのだろうか・・・などと考えながら、いろいろなお仕事に取り組んでおります。
 まずは、アクトのWEBサイトのリニューアルをするにあたり、この部分に対する答も用意できればなどと構想しています。映像ありきではなく、WEBサイトで映像を見せる場合の理由やリアル感の適正が創出できればいいなぁ~と。