文武両道とは・・・。

 中・高校生の頃、身近にあった言葉で「文武両道」という考え方がありました。その頃は両道とは「部活動」と「勉強」だと思い込んでいました。勉強だけできても、運動だけできてもだめだから、健全な肉体に健全な心が宿るという少し古い考え方のように思えるこの「文武両道」を中・高校生なりに解釈して部活に勉強に取り組んでいた。とはいえ私の高校生時代は「文」とは無縁になるのですが。そして、芸術という道(大阪芸術大学)に進んだわけですが、そこでも、実は「文武両道」が存在していたのです。
 現代、人材育成という言葉を聞くとどうしても多くの人材を同一のある一方向に成長させるためのプラクティスや理論や実技や心理プログムラのように捉えてしまいます。実際はそんなプログラムを一回も受けたことがないので、その実情は理解していないに等しいのですが、なんとなく、「人材育成プログラム」と聞くとそんなイメージを受けてしまいます。それは、江戸時代以降の教育システムのバージョンアップ上にあり、要は少ない国民の数で全体的な教育レベルを上げて生産性を高めるという指針の元に展開されてきた大きな潮流だと言えるのではないでしょうか。絶大な効果があったように見えましたが、実はその副産物というか弊害というか失われた大切なシステムがあったように思います。
 中・高校生で「文武両道」をみんなといっしょに目指していた人間が、硬式野球と陸上競技に没頭するあまり「文」のバランスが崩れる。しかし、芸術という道を見つけてその道で試行錯誤を繰り返し右往左往しているうちに、たくさんのプロフェッショナルなクリエイターと出会う。そして、何かを吸収させていただいた。すると、クリエイター以外のいろいろな分野のプロフェッショナルな方と出会えるようになった。そして、感じるのです。本当に文武両道の「文」は学業で「部」とは部活動・運動のことなのか?と。そのきかっけはある歳になり、自分が芸術やデザインの世界で食っていくために、東京や大阪で何かを吸収していた時期と同じ世代の方と出会うことが増え、その頃の自分と今の世代の方の考え方や環境の違いが少しだけ見えた時にちょっとした感覚的な相違点が見えたような気がしたのです。
 まだ、それは非常に仮説レベルであり、整理された考察ではないのですが、これは、なんとかして整理してみたいという気持ちになったのです。あまりにも多くの出来事を少しづつ系譜にしていく作業とその頃の気持ちを参考資料と合わせて文章化することは大変なことかもしれませんが、今だからこそとてもその意義を強く感じるのです。株式会社アクトの企業方針として「動くひと、創るひと、考えるひと。」というスローガン的なことを数年前から打ち出しているのですが、これは、自分自身の中に常に意識化させるためなのです。迷った時とかモチベーションが上がらない時に「お前は充分に動いているか?創っているか?考えているか?」と問いただすため。その自問自答こそが実は「文武両道」なのでは・・・と。しかし、この考え方はまだ緩い。だから整理する必要があるし、その整理された系譜を同じベクトルを持つ皆様と共有したいということでいくつか具体的なプランを構想しています。それはまたいずれ・・・。