ブログでブログのこと#001

 「ブログ」が世の中でブームになった頃、個人的には興味は0でした。理由は明確「日記を書く時間などない」からである。しかし、世の中がこれほどブログブログと騒いでいると、そんな偏屈な私でも「その中に何かあるの?」と興味が頭をもたげる。「やってみなよぉ~面白いでぇ~!」「コメントも入ったりするとなんか嬉しいっすよぉ~!」「エンジン対策ににもなるんですからぁ~!」「自分の考えを整理できるし、いつでも、PCさえあれば見れるからぁ~!」などと周囲の熱意にほだされて始めた。お誘い頂いた理由の中には現実と違った部分もあったものの、皆様からの言葉とても熱意にあふれていたし、何かを始める機会を与えていただきながらそれを先入観や適当な個人的な理由で否定することは常日頃したくないと考えているので、結果、その人たちの想いがあったからこうしてブログを書けているように思う。すると、ブログの価値は意外とそこにあるようにも思えてくる。ブログだからその中に記事としてテキストや絵や写真として収まっている個人発信型の情報に価値があるように思えるが実はそれはどうでもいいことのようにも思える。つまり、その中に書かれている内容と同じぐらいにそこに存在するブログマスター像にこそ真価があるように思いますね。それは、たぶん、記事や話題やその人なりの解釈の中に現れるその人の像がいったいどういう形や色や匂いや感触があるのかという部分をPCやモバイルキャリアを使いながら人は感じているように思います。まわりくどいギスギスした記事を書いておられてもどこかそのブログマスターは人間的に大きさを感じてしまったり、時勢のネタを面白おかしくウイットに手馴れた記事を書いておられても「こいつは意外と小せぇ~な」とか、薀蓄ばかり並べてもこれはいわゆるコピペ族で「この薀蓄は何かからの受け売りでしょ?」とか、短い文章の中にどっしりした人間像が存在する場合もある。つまり、小手先ではなく、人は誰でもその文章や記事の裏にある人間像を見ているということなのである。言葉には出しませんが、言葉に出さないからこそ、その部分が最も大切な部分なのではないでしょうか。引いてはこの感覚は通常の対面関係上のコミュニケーションやメディアを介して何かを伝えようとする時のTIPSにも精通しているように感じるのです。まずは、ブログでブログのこと考察#001でした。