プログラムって正直。

 DTPまでは、プラットフォームにMACを使いソフトウエアでオペレーションをしているまでは、アナログな感覚で取り組めました。言葉を変えるとちょっとぐらい位置がずれていようが、色の調整が厳密でなかろうが全体を見る目さえあれば制作物の品質は崩れることがなかった。だから、この段階でクリエイターがPCを活用してソフトウエアに依存することはなく、依存するべきでもなかったのでしょう。しかし、ソフトウエアがやってくれる事がデザインだと誤解され、というか、ソフトウエアを開発して作った人の流儀をPC上で再現することがデザインだと認識してしまったあたりから、妙などんぐりの背比べが始まった。元来それに慣れている国民性だから、そのスタイルを飲み込んで活用するスピードは尋常じゃないぐらい素早かった。デザインとはこうあるべきだ、デザインとは常に頭と手が覚えているモノだと叩き込まれたのに、フォトショップの1機能を適用してプリントアウトしたパンフレットのデザイン案に負けた時は愕然とした。これが共有するということへの願望が日常レベルで、今、私個人の前に舞い降りた瞬間でした。今、目の前にあるデザインはデザインなのか???と何回も問い正したが自分自身の答えはNOだった。そこから、年月を経てどう考えているかと聞かれれば、同じくNOである。しかし、どこかでテンプレート化されたデザイン素材を、それを作った人の気持ちまで入り込み、自分なりに再アレンジをしてやろうというモチベーションは生まれた。すると、ソフトウエアを開発した人の中も入り込みたくなる。そんな感覚が常に心のどこかに存在していたものだから、WEBサイトでのプログラムにはそんなベクトルで興味大だった。そして、「WEBサイト」というツールを自分の中に取り入れようとする時に、元来のアナログな感覚とプログラムがアウトプットする2次元の世界観を、どうクリエイトできるのだろうか?というヴィジョンが設定できたように覚えている。
 とにかく、プログラムを一行目から記述するこは不可能ですし、根本的な部分はともて理解不可能でしょう。それに時間を費やすぐらいなら、アナログ表現を追及したいと思っている。で、プログラムの改造はとにかく知識のなさから最初に必ず100%躓く。びっくりするぐらい躓く。しかし、長年それに携わっていると躓くことがそれほど気にならなくなる。最初は未熟なところで経験値のなさから愕然とするが、そのトライ&エラーを何回も繰り返しているとひとつの実像が見えてくる。「プログラムってホントに正直だなぁ~」と思いはじめてから、あせらずふてくされずじっくりとひとつひとつの確認作業を繰り返せば、プログラムは自分の思い通りのアウトプットをくれるんです。だから、創り手的にはそんなプログラムに正直に向き合い誠意を持って取り組みたいと思うようになりました。
 「油絵の具」がおてんばなやんちゃ娘なら、「プログラム」はもの静かで理論的なLADYなんでしょうね。