タイムボックスという思考。

 和歌山のおいさんへ、タイムボカンではないですから・・・。
 様々なフィールドのプロフェッショナルの方とお話をすると、「プロ意識」とは具体的に何だろうかと考えた場合に、私の中では3つあるように思います。ひとつは「その仕事を楽しむ」ということ、そして、二つ目は「考えず感じている」ということ、この二つについては、いつかまたこのブログで気が向いた時に(これまでもこの展開は何回となくあったのですが、なかなか、気が向くことは少ない・・・)展開いたします。
 で、三つ目は「制約・条件の中でのMAX」ができる人だと思う。例えば、最高のPCを持ってありとあらゆるソフトウエアを持っていてお金も持っていて自由な時間もあるという方が、そのパソコンを最大限活用して素晴らしいクリエイティブを展開しているかと言えば決してそうではなく、むしろ、その逆であったりする場合が多い。パソコンのコレクターならそれでいいが、私の感覚ではかんなやのこぎりやのみなら、その形状は美しく壁にかけてあっても観賞るす価値はあると思うし、道具としてもそれらは素晴らしいと思う。しかし、パソコンの外見なんて、最近、アップルも緩くなってきたので、パソコンは私の場合絶対に観賞対象ではないので、活用してなんぼ、ソフトが手に馴染んでいなければ、ただのパソコンのアクセサリーだと思っている。つまり、いいパソコンスペックを求めることは大切でそのためにいい仕事をして、よりハイスペックなプラットフォームを手に入れたいという願望は正しいと思うが、それが、本末転倒にならぬように注意したい(と言っても、予算が潤滑にあったことは私の記憶では1回もないので、好きなパソコンを買ってもいいよと言われたらそれはそれで自分を見失うような気がします。)が、そんな幸運は絶対にないだろう。
 また、いい感じの方は「忙しい」を確実にコントロールしている。決して、悪いストレスになったり、まして、ユウとウツの間を行ったり来たりはしない。現代病だとか言っているが、これは完全に贅沢ボケである。何かしなければ、命がなくなる。家族の生活が危機にさらされると感じた人間は本能で生き抜く判断をするはずである。うつだか精神の病だか知りませんが、それは平和で贅沢で無知な毎日に脳が反応をサボっているだけでしょう。あまり、強い語調はブログとしてタブーですし、そんな存在に熱くなってもその価値がない。しかし、「忙しい忙しい」の本質は「どんどんなんでも来い!」に変換できるように思いますが、いつもいつも忙しい忙しいという方はちょっと信頼感が薄れる場合もある。自分で自分の人生をコントロールできてねぇな~と思う反面、セルフコントロールしすぎて、されすぎて、この人の器はだんだん萎縮していくんじゃない?とも感じてします。まぁ、自分がそうならぬよう留意はしたい。
 そんな条件がたくさん在る中で、コストや環境などいろいろな条件があるが、中でも、誰にでも均等に与えられている「時間」についてプロフェッショナルでない方はとても緩い。時間が与えられているという感覚もなく、問題意識も欠如していると、時間の感覚が麻痺してモチベーションがコントロールできなくなるような気がします。いつまでにを自分で目標値を設定したらなんとかやる。もしくは、「それは無理!」と諦める。という判断ができないとナニゴトもプロと呼べないような気がする9月4日でした。

comments

マージョやグロッキーはいつでてくるんかと必死に読んでました。

  • 和歌山のおいさん
  • 2008年09月04日 18:52

ねぇ~、おだてても木に登らんかったでしょ?

猿の会、よろしくお願いします。

アラタさんを連れてきてくださ~い!

2組でラウンドしましょう!

  • khuz
  • 2008年09月04日 19:50

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