画面情報の緩さ。

 アナログ情報とデジタル情報の決定的な差はその存在感であるが、デジタルはデジタルで「リアル感」を追求し情報にディテールを負荷しようとしている。しかし、もうそろそろ技術進化も限界なのではないでしょうか。求めれば変わるという幻想もいつか技術的な障壁が現れてそこでストップするように思う。それは、情報の受信側が五感を持っているからでしょう。「見る」という受信形態を分析しても、見ているには実はさまざまななチャンネルがあり、ただ、平面的なモニターの中で2次元的に展開する絵柄を見るだけということは非常にディテールに欠けている。欠けているからこそのメリットの部分は多くあるのですが、情報のディテールが今後いろいろな分野で求められ差別化されようとすると、このドローがない薄い面で目がどこまでディテールをイマジネーションを核心を抽出できるか疑問である。ふと気がついたこのお話は意外に展開できるかもしれないので、また、時間があるときに書き出してみます。
 で、それを仕事にしていながらなのですが、3Dにどこか違和感があり、作品づくりに没頭てきない理由は上記のことが大きな理由のようですね。角度の変わらない、調整可能なこのモニターと呼ばれているキャンバスはどこがどう進化しようが、このままだろう・・・ということです。だってそれがモニターじゃんと言ってしまえればいいのですが、やはり、モノヅクリだからディテールが欲しい。例えブラウザの中でモチーフが回転しようが、映像で世界いろいろな場所に行けようが、物語の展開をリアルに演出しようが、操作バーを振り回そうが、弾丸を避けられようが・・・。