ジョディーはそれを選ぶのか・・・。

 映画の宣伝でJ.フォスターが来日していた、いる!?で、SMAPの番組のコーナーに登場。そのコーナーは鶴太郎先生が「墨水画」を5名に伝授して、それぞれに同じモチーフ「いわし」をそのタッチで描くというコーナーで、さらに、その5名の作品の中でJ.フォスターが一番好きだと思った作品をオモチカエリというパターンでした。さすがに鶴太郎さんの絵はスキがなく拡がりがあり慣れている感じ。その技術やセンスもさることながら、鶴太郎さんは絵とか書が本当に好きなんだろうなぁ~と描いている姿を見て思った。コント用のふざけた衣装をかつらを着用しておられたが、画面の中のいわしはとても素敵でした。そして、5名がその手順に沿ってそれぞれにいわしを描画された。中居君は「絵は苦手です~」といいながらもとても楽しんでいる様子。木村君はいつもながら何にでも真剣な態度でしっかりといわしを描いておられる。吾郎さんは「僕はこういうのダメだなぁ~」といいながら、ぎこちなく筆を走らせておられ、剛君も木村君と同じ様子で真剣。そして、真吾ちゃんはかなり楽しい雰囲気で筆を走らせておられた。
 で、5名のいわしが完成。金色のクレヨンで仕上げて、さらににかわで金粉をつけるという仕上げだから、いずれもテレビ的にはいい仕上がりになっています。それぞれの朱印も押されてさぁジャッジ。J.フォスターが出てきて、5枚の絵を眺める。一瞬で「決まり!」。早かったなぁ~。まぁ、テレビですから、脚本はあったにせよ、5枚の絵の中から1枚の絵を決めるという行為に本来時間がかかるのはおかしいから、J.フォスターが一瞬で決定したのも自然といえば自然だと思った。
 5名の絵については、中居君は楽しい感じは出ているが、やはり、技術的に構図的にぎこちない雰囲気が残っていました。木村君は非常に立体的に構図も安定してしっかりと描かれていて、いわゆる優等生的ないわし。吾郎ちゃんは迷っている感じですが、それはそれでご本人のテイストが表現されているというか世界観があるというか素敵ないわし。剛君は大胆な構図で他の方との差別を試みておられたがあの構図はかなり不安定だった。最後の真吾ちゃんはいわしを描くということと鶴太郎さんが言っておられた技術的な表現的な部分を消化した上で、絵を楽しんだという痕跡が残っていた。
 勿論、J.フォスター選んだのは真吾ちゃんの絵。これは、いろんな場面であてはまる手法だと思った。本来、何も語ることのない一枚の絵が同じ条件で掲示された場合、描いた人の心や気持ちや技術やセンスを語りはじめる。それを判断するために時間はそれほど必要なく、それは一瞬で伝わるんだなぁ~と。デザインも同じである。どれだけ思いや心を込めても何も語らないデザインがあり、ある瞬間ふっと力が抜けた時に自分の気持ちがデザインになるとそれは永遠に語り続ける。これが何かを創るという行為の醍醐味である。これを一回でも経験した人はもうこの世界から離れることはない。私もあの場で6人目としていわしを描いていたらJ.フォスターに何かが伝わり選んでもらえたのだろうか・・・。自分ならどんないわしにしたのだろうか・・・?