身体は正直モノ。

 学生の頃は陸上も硬式野球もとにかくイチに練習、ニに練習、サンシも練習練習・・・だったが、ケガもしたし走れなくなるまで筋肉をいじめていた。それがスポーツだみたいな空気もあったし、それを疑うこともせずにコーチや監督の言われるままに練習を繰り返した。とにかくどんなスポーツをするにも私の場合は「センス」というものが自分の身体の中にないことに気がつくのにそれほど時間がかからなかった。自分にセンスがないことは、センスのある友人や先輩や後輩を見れば一目瞭然だった。しかし、それでは悔しい。センスがないからレギュラーになれない。センスがないから100mを走れないのは悔しかった。つまり、スポーツで覚えたことは「現実を知り悔しい思いをしても諦めればそれで終わり。だけど、あきらめずしぶとく練習をまじめに取り組めば目はある。」ということであり、それだけのような気がします。そんな学生時代だったから、試合に出るために針にマッサージに整体にと今思えば何のためにそんなことをしていたのだろうと思うが、それも、経験値としては役にたっている。これだけやれば身体のここが壊れるということを確実に学んだからである。それが社会に出てどう役にたっているかは???ですが、限界点を知るためには何ごとも粘るということは身についている。
 さて、身体は正直モノで、確かに20代のように無理は出来なくなったし、30代のような無茶も出来ない現実がある。しかし、40歳になったところでいろいろ身体の変調に苦しみながら、心から健康の大切さを知った。ダラダラと夜更かしをせず、常に気持ちと身体のバランスを考え、いろいろな意味で無謀なジャッジはしなくなった。しかし、その分、準備とあとかがづけはしっかりとしている。それは、仕事も健康も同じ。続けるためには続ける工夫が必要だと思う。毎日の積み重ねなんて年寄りの軽口だと思っていたが絶対にそうではない。それは何ごとにも精通している真実なのである。それは歩幅ひとつ、呼吸ひとつ、考え方ひとつなのである。それを会得することが実は一番難しく、それさえ会得したら何ごとも成せるはずなのであると思っている。

comments

僕は全然工夫をしてないかもね。
粘りもないな~。
そのうちツケがまわってきそう。

ところで、キャッチボールできる?

  • 和歌山のおいさん
  • 2008年09月12日 00:56

おいさんもそろそろええ歳でしょう?
お酒ばかり飲んでいると吹田のおやじのようになりますよ。
あのおやじは結構ああ見えて(なで肩)、
丈夫そうですが、タフというイメージも少ない。

ところでキャッチボール!?
ところでキャッチボール!?
ところでキャッチボール!?
ところでキャッチボール!?
ところでキャッチボール!??????

誰に聞いているのですか?
真夏の炎天下に3時間連続で
キャッチボールをさせられた男ですよ。
3時間汗が枯れても相手の胸に投げ続けるのですよ。
やったことあります?

冬のサーキットトレーニングでは
体育館のロープのぼり腕だけで5分以内に
3往復してたんですよ。
その筋肉はもうどこにもありませんが、
心の中にその魂は消えていません。

私が無茶苦茶してもなんとか壊れないのは、
その頃の経験で私の心が鋼になったのかもしれません。
粘りのある鋼のイメージが大好きです。
カミソリよりも鉈が好きです。

「富士山頂上キャッチボール」実現しましょう!

  • khuz
  • 2008年09月12日 07:34

comment form

(スギノのノギス にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form