手書きの威力。

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 なんとなくそんな気がしていたんですが、デジタル時代の「手書きの威力」をこうも整理されると納得納得。確かに確かにの連続でした。電子メールやプリントアウトに何か心が動かないんだよなぁ~と思っていたらやはり、そういうことが起こっていたのか。確かに紙の歴史とデジタル文化の歴史の長さを比較したらその威力の違いは歴然。人間が便利な方向に順応するスピードと昔ながらの認知方法を何かに置き換えようとする時の摩擦みたいなモノは確かに現代頻繁に起こっているんでしょうね。特にデジタルコミュニケーションを仕事にしている以上、それ自体を否定してしまうことはできないが、それもツールと考えれば合わせ技でより効果的なツールになると考えられる。つまり、手書きがいい、デジタルが悪いという単純な解釈ではない。デジタルの便利さはこれまた歴然としているわけだから、活用する本体にそれを取捨選択するポテンシャルがあればいいということ。
 私も毛筆も硬筆も数段を持っているが、仕事で書く文字やメモに書いている文字はとても他人には読めない。わざと汚く書いているわけではないのですが、仕事中や面白いアイディアが浮かんだ時のスピード感って大切で、このメモは自分に対するメモだからまぁいいかといつでも殴り書き。たまに重要なメモが自分で読めずにイライラすることもある。なんのためもメモやねんということではさすがにメモの意味はないが、それでも、その時の気分やタイミングも殴り書きのメモには記録できるというメリットがある。人間は一日の中で起こるいろいろなことを次の日までどれだけ覚えているかという調査では、約70%は忘れているらしい。というか30%しか覚えることが現実とてしてできないらしい。では、メモがその補足になればいいということと、書くことでそれが重要なことだと脳に強く記憶させることができるらしい。たまに、そのメモがどこかにいってしまう場合はどうすればいいのか・・・?
 とにかく、何事もふるまいが大切で、五感を大切に、PCはただの道具ということ。