2008年10月 アーカイブ

Macのメリット。

 デザインの仕事においてMacとWinはどちらが優位なのだろうとよく考える。もうそろそろCSも4が出るという勢いでかなりPCに対する負荷が大きくなり、DTPデータの互換性や入稿する場合の形式を考慮するとそろそろ最新バージョンを活用し始めようかと思っています。が、CS2の時も結局手には馴染まなかった。馴染まなかった理由はいろいろあるのですが、新しい機能がそれほど現場では有効ではないという結論が一番大きな要因でした。それなりに新しい機能を市販のテキスト本でチェックはしているのですが、それほど最新という程の視覚効果は感じられないし、悪く言うと見た目だけバリエーションが増えても「デザインを創る道具」としては、逆に使いにくい構造になっているように感じた。それは、道具だから使いこなして慣れれば同じだとは思うが、一旦、8.0で作業的に問題がない状況から、ただ、新しくなったという理由で道具を変える気にはなれかなかったが正しい。慣れ親しんだ道具を捨ててリセットするほどの機能もなかったとも言える。しかし、一般ユーザーのシェアでは確実にCSは普及している。右も左も分からずCSを使っている人は「デザインの誤解」を楽しんでいるに過ぎないので特に購買を刺激し続けていただきたいと思うが、実は「デザインを創る」という感覚においては、どんどん、思考のベクトルというか潮流はソフトの機能から離れていっているように思うから、CSの思考に反応できないのかもしれない。しかし、WEBサイトコンテンツは違う。明らかに違う。FLASHやそれと連携させるソフトの新機能は確実に利に適っている。市場が変わることで、コンテンツがそれを追いかける。企画やコンテンツが選考してそれに道具が追随するという構図はとてもリアルで納得がいく。そのベクトルを軸に考えればイラレやPHOTOSHOPの最新バージョンの新機能は納得がいく。つまり、紙媒体はそれ単体で独立したメディアではなく、何か新しい価値観を創るという作業において、紙もWEBも映像も同じだということなのかもしれない。非常に個人的な見解ですが、それは、今更の部分で、そもそも、何かの価値観を創出するということは核は同じで、手法や表現にこそ試行錯誤が求められそれを形にするための道具としてのソフトウエアが開発されたという構図は20数年前と同じなのでしょう。
 で、MacとWinについて言えば、現在、絶対的にも相対的もMacに興味がない。どうするのか?appleは、iPhoneやiPodでお茶を濁し続けるのか、でも、それは長くは続かないような気がします。

「埋め込み」「プログレッシブ」「ストリーミング」

 Flashでビデオを配信する場合には「埋め込み型」と「プログレッシブ型」と「ストリーミング型」があります。それぞれに特徴があり、短い(5秒まで)映像なら埋め込みでもOKですが、30秒以上となると完全にストリーミング型のみの配信が理想となる。ひとつのflashデータ(swf)に映像を埋め込むと単体でのデータサイズが大きくなり長いムービーには向かないし、フレームレートの問題なども発生してくる。一旦映像を単独でflv形式で書き出しておいて、それをA.S.で制御するのが5秒から30秒の映像の場合は最適なようです。しかし、それ以上はやはり、専用のサーバテクノロジーが必要となるので、サーバにも負荷をかけない程度にデータ容量などを吟味してスマートに見せたい。
 例えば、それぞれを30秒までに編集して、チャプター毎にD.L.させれば、見ている方にもストレスは少ないしサーバにもそれほど負荷はかからない。ただ、魅せ方として、30秒単位になることを観ている側に理解してコンテンツを楽しんでもらう、情報として閲覧してもらうという表現を予めインターフェイスにしておく必要があるので、WEBサイトのリッチコンテンツとして映像をプログレッシブ型で配信する時はこの点を留意したい。サイズも適正なサイズを吟味したいが、最近の回線のスピードアップはかなり追い風であるし、映像配信をサービスとしてする以上、映像の品質も高いレベルを今後は求められるのだと思います。音が出て絵が動いていればいいということから、かなり踏み込まないとそれを目的にユーザーは訪問してくれないと思う。ここがなんでもそうですが、一番の本丸なのでしょうね。

観光資源を磨く!?

 地元の産業を活性化するために全国で様々な取り組みが展開されています。伝統からベンチャー企業まで次から次へ何かが生まれています。その中でもすでに価値のあるモノやただ伝統であるというだけでそれを観光資源としてフォーカスしても反応レベルは低く、そこに何かプラスアルファがないと新しい価値として観光資源として成立しにくいように感じます。現代風のアレンジであったり、伝統産業で何か別のベクトルと組み合わせたり、どこか別のエリアの素材と組み合わせたコラボレーションであったり。そこにはその地域に暮らす方の生活レベルでの工夫や元来地域に根付いた工夫などが反映されていたりすると、それは立派な観光資源として観光客などの集客や誘客能力が高くなります。体験型のイベントやアートなアプローチを付加した展開はどこか「新しさ」を演出できて注目されているように感じます。また、別のアプローチとして「国際交流」というキーワードもあるように思います。国内だけ地域内だけで簡潔することなく、文化・国境を越えてのコラボレーションです。または、海外からの文化を日本風にアレンジしたり、純日本的な文化を海外のテイストにアレンジしたりしながら、そこに新しい価値を見出すというこう試みは成功すれば、国内や地域内で簡潔している観光資源よりも強い影響力が生まれると思います。また、健康ブームや地球環境ブームや食品管理面でのトラブルなどもしっかりとコンセプトと表現手法が練れていれば注目されるのでしょう。
 で、その本質はどうか?という疑問が常に付随します。特にイベントにワンセットで登場する「ゆるキャラ」の存在。イベントや観光資源に対してサポート的な存在の「ゆるキャラ」が最近一人歩きしている場合が多い。下手するとそれが観光資源になっていたりする現象が起きているがこれはこれでありだと思うものの、なんとなく軸がぶれているような、本質のない文化に光をあててその場を凌いでいるいるだけの、現代の日本の空洞化の象徴のように思えて仕方ない。これが、果たして10年後、20年後どうなっているのかという視野に立つと、この軸がぶれたまま、このテイストに乗って滑っていくのか、どこかでこれが昇華されて大きな価値に変異するのか?現段階ではなんとも判断がつかないから、長い目で見ていればいいのか・・・。しかし、時代はもっと早いサイクルで答を求めているはず。どうする?「ゆるキャラ」達。いいと悪いの判断基準はさて置き「話題感」があればそれでいいのか?もうそろそろそいうノリから脱皮しないと観光資源の戦国時代において兵や民や富を失いはしないだろうか。
 最近の、音楽シーン、シングルCDのチャートを見れば上位はすべて韓国のアーティスト。これは何故だ?何故こんな反応になるんだ?あれらあれでいいのか?話題になれば数字だと認識していいのだろうか?もうこの状況は???である。だから、いつの時代もOne Person Export Next.だと思うのですが。でもでも、So many customs, so many countries.なのかな・・・。

関口絢子さんフードセミナー開催10.26

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 20008.10.26 曳山博物館周辺で開催されました「北近江ブランドマルシェ」の中で料理研究家 関口絢子さんの講演が開催されました。「アンチエイジングのためのフードセミナー」というタイトルでした。内容は写真や映像で長浜力研究所WEBサイトの中で紹介していきますが、セミナーのコンテンツとしては「日々の食を見直しましょう」「朝・昼・夜の生理機能と効果的な食べ方」「アンチエイジングのための4つの課題 抗酸化・代謝促進・免疫力・酵素」「何をどんなふうに食べればいいのか」「若返りと油のおはなし」というチャプターで構成された講演でした。
 料理のことについては、まったく素人レベルのさらに下層の意識の私でも、アンチエイジングについては興味がなくとも、身体のための食生活について、料理が身体の中に入ったあとのことから、どのような食材とどのような食材の組み合わせがよくて、どの時間に何を食べると身体にどういいのかと、適切な知識をベースにお話を聞くと、どれもこれも日頃気にしていることばかりだったので、関口先生のいろいろな言葉が今でも鮮明に頭に残っているセミナーでした。うん、食べ物って大切ですね。

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長浜力研究所公式WEBサイト

北近江ブランド発掘展10.26

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 各地の農作物直売所(高月町ルナハウス、産直びわみずべの里、浅井ふれあいの里プラザふくらの森、近江母の郷物産交流館さざなみ)がそれぞのれ地域で取れた農作物や特産品を紹介しておられました。どこかで見た事食べた事があるような特産品や加工品もありましたし、ええっ、この商品は北近江の特産品だの?というような商品もあり、また、こんな商品もこの地域で製造されているのかという驚きの商品もありました。昨今のテレビをつければどこかの食品メーカーの上部の人が頭を下げている映像ばかり見せられますと、頭を下げて許されると思っているその頭が一番問題であって、頭を下げて許される失敗とゆるされない問題がありますから、カメラの前で頭を下げるのは見て、「まぁ、社長が頭を下げているから仕方ないか・・・」と思うのは日本人ぐらいですからね!といういうような失態ばかりを情報として受信していると、地元で青々とした農作物や美味しそうな特産品を見ていると、「美味しい」と「安心」は同軸でなければいけないと痛感しますね。ただただ、雨が残念でした。それぞれの直売所の皆様本当にお疲れ様でした!

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北近江ブランドマルシェ10.26開催!

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 昨日(26日)はあいにくの雨模様にも関わらず、長浜曳山博物館周辺にはたくさんの人が集まりました。北近江ブランドマルシェの中の目玉!?でもある、料理研究家関口絢子さんのアンチエイジングフードメニューと新米おにぎり1,000個が「北近江ランチ」として無料配布されたのです。私も関口さんのお料理の香りが周辺に漂い食べたかったのですが、そこは、撮影に集中しておりました。ちょっと肌寒い雨でしたが、関口さんのお料理と新米のおにぎりで皆さん心もお腹もいっぱいだったのではないでしょうか。確かに関口さんのお料理はぱっと見た印象では、日頃、食卓に出されたり、レストランで出されたりする料理とは趣というか見た時の印象も違い、自然派というか一見味気ないうように見えるのですが、ただただ、「美味しそう」だと感じてしまいました。やはりの部分で、身体の中に入るものですから、見た目の奇抜さやただただ印象を強くするためだけの味つけなんてのはナンセンスで、料理のことなどまったく精通していないのですが、見た目や食材の豪華さではなく、いかに身体のためになっているのかとちょっとした味の工夫で成立している方がいい感じなのだと思いました。また、お料理の写真やレシピなどを紹介していますので、「長浜力研究所」へぶらりと訪問してみてください。

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27cmのキス。

 生まれ育った街で小学生の頃、そこなら大きなキスが釣れたという釣具屋さんの情報を知り、日曜日の朝、友人と二人で自転車でそのポイントに向かった。少し雨が降っていたような記憶がある。国道沿いのそのポイントに薄暗い時間に到着して二人で海に向かって仕掛けを投げた。ああでもないこうでもないとキスの話をしながら、ドキドキしていた。ふぐやヒイラギなどの雑魚が釣れたがなかなかキスは釣れなかった。僕が最初に小型(12cm)ぐらいのキスを釣った。季節は9月だったと思う。秋のキスは落ちギスと呼んでサイズが大きくなる。友人にも小さいサイズのキスがヒットする。しかし、目的の落ちギスはこない。魚釣りは「朝まずめ」と「夕まずめ」って呼ぶぐらいに朝方と夕方によく釣れる場合が多い。二人で雑魚を釣りながら、落ちギスの話は続いた。昼前になり、雨も降っていたので、彼も僕も「今日は無理かなぁ~」という雰囲気になり、最初のテンションはなくなり、置いてあるロッドも見ずに他の話をしていた。その時、なにげに見えていた友人のロッドが信じられないぐらいにガクンと曲がった。「おい!アタリアタリ!!」と友人に声をかけた。友人が釣上げたのはそれまで見た事もないようなキスとは思えないぐらいの巨大なキスだった。丸々と太って普通にこれまで釣っていたキスとは別格のサイズ。早速サイズを測ると27cmだった。友人と僕はお互いに顔を見合わせてかなり長い時間この喜びのを分かち合った。
 その時は、目の前に釣り上げられたキスのことだけが頭の中でいっぱいになり、何ものにも代えられない達成感と満足感に包まれていた。まるで、映画のワンシーンのようだった。これ以外にも彼とはたくさんの釣りをした。小・中学生レベルだから決して本格的な道具で本格的な釣りではなかったが、その時は池や川や海で僕たちは最高の時間を過ごしていたと思う。また、二人で釣りに行きたかった。

よくあるご質問#001

 よく、「毎日どんな仕事をしているんですか?」と質問されることがある。この大きな質問にいつも戸惑ってしまうのですが、なかなか短い言葉で表現できない。「企画やデザインや印刷やWEBなどです。」では到底伝わらない。これがレストランなら「フランス料理を創っています。」で伝わるのですが、「企画やデザインや印刷やWEBなど」では非常にくくりが大きすぎて「企画」ひとつにしても説明するには1時間ぐらいは必要になる。
 で、「毎日どんな仕事をしている?」に対しての答えのひとつとして「いろいろな情報を集めています。」ということが一番最初に伝えるようにしています。これまた細分化するとかなりの幅がある漠然とした答なのですが、デザインの仕事とはほんとにケースバイケースで、この法則でこのルールで進めていれば100点が確実にとれるということは皆無である。つまりなんらかのスタイル的なモノは存在してそれはデザインの歴史上セオリーのようなスタイルもあれば、その時代時代に人気のあるトレンドなスタイルもあるし、この世界で20年試行錯誤してきた自分なりのスタイルもある。これらが密接に関係し合いながら、過去・現在・未来の情報を集めている。というとかなり壮大な語感になりますが、そんなに大袈裟なことでもない。例えば、私がデザインを始めた頃ならば、ポスターを作るという作業は「どんなポスターにするのか?」「伝えたい商品の特徴は何か?」「この商品は誰に認知・理解してほしいのか?」「どのようなモチーフ(デザイン要素)を用いるのか?」「サイズは?」「印刷用紙は?」「印刷後の加工は?」「これはどのような場所に掲示されるのか?」などを考えてデザインを構想・着想する。スケッチブックにデザインのサムネイルやラフスケッチを描き完成形をイメージする。この作業は今でも代わりない。この20年間で変わったことは、ここからのプロセスである程度イメージが浮かんだらマウスとキーボードの作業になる。これがいい場合と悪い場合があるが、悪い場合が経験値としてない方はPCの中で試行錯誤が始まりエンドレスになる。作業中でも作業中のクリエイティブを見極める視点が少ないからである。とは言え、試行錯誤中に迷わないかと言えば迷いっぱなしである。この段階が言わば「デザイン」かもしれないと思います。ので、「毎日どんな仕事をしている?」に対する一番適切な解答は「よりいいデザインを創るために迷っている。」という作業をしています。
 だから、迷わないために情報を集めるのですが、そこでさらにサプライズな情報にヒットしてさらに迷うということも多々あり、本来求めていた情報は何だったかも忘れてしまうこともあります。新しい表現やデザインエレメントを発見した時は「ああ、この表現ええやん!」となり、これまでのデザイン上のセオリーや法則やルールがリセットされる。ここで一番重要なのが、その場面で自分自身が心から「リセットできるかできないか」なのです。デッサンで言うとモチーフを見て構図を決定してアウトラインを描き陰影をつけ立体感をつけていく作業中、「うん?ちょっとバランスが悪いなぁ~」「この立体感は違うなぁ~」「このフォルムはこの角度ではないなぁ~」と進行中のデッサンを観察して、「もう一度、やり直そう!」と、消しゴムで画面を真っ白に戻せるかという勇気なのです。1・2時間ド真剣に描いたデッサンをなかなか白紙に戻すのは勇気が必要ですが、これができる人とできな人の違いはやはり「見えているか見えていなか」なのです。理論ではないのです。この部分がデザインを創るという作業中に頻繁に発生するので、繊細でなければいけなですし、大胆でなければいけない。この幅があるかないかが何かを創るという作業にとても大切なような気がします。
 「毎日どんな仕事をしている?」の答えは以上のようなことを考えながら何かを創っています。で、ここの最後の最後のポイントは「楽しむ」ということです。これが難しいのですが、何かを創る時、それを楽しめていないと絶対に「いいデザイン」にはならないのです。
 次回は「好きなデザインは何ですか?」という質問もよくあるので、それについて書いてみます。

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これこれ。

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 そろそろこれが必要になってきそうな予感。タイミング的にも今が「買い」かな。

http://www.adobe.com/jp/products/creativesuite/mastercollection/ 
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ActionScript3なのか・・・。

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 どうやら、PCはWINのXPが最適のようです。にくらべMは最悪。CMSならW.P.かMTOSだろう。映像創るならA.E.とPREMIEREだし、3DCGならSHADEでいいだろう。FIREWORKSとD.W.はまぁ現在のバージョンで当分問題なさそう。しかし、FLASHだけが進化を続ける続ける。いろいろなテクを飲み込んでどこまで多機能になるんだろう・・・。で、ActionScript3である。「aisatsu=Hello World!」から始めましょうか。面白い言語だ。

同じか・・・。

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 そうかそうか、W.P.2.6もMTOSも機能面や運営面での技術的な利点は同じなのか。あとは、慣れの部分でどこまで活用できるか、創り手や運営の立場の方の手に馴染んでいるかが選択における判断材料なのでしょうね。いずれもデザインやプラグインや拡張機能の面のカスタマイズはそれぞれにプログラムの仕組みが異なるので一長一短ですが、それぞれの特徴をどういうWEBサイトにしたいかという目的にマッチしているかが本丸のように感じています。でも、それぞれに設置する環境は微妙にことなり、バージョンアップの度合いもそれぞれなので、双方に特徴はありますが、それは、今後、いろいろなユーザーがどのように運用・活用してその特徴を生かすかが勝負なのでしょう。
 で、この「逆引きデザイン辞典」はこれまで出ていたW.P.関連の書籍とはまたアプローチが異なり、とてもかなり詳細まで記載されていました。問題点や運営面での疑問点に対する解決方法を紹介しながら、W.P.の機能を事細かに説明しているのでとても理解しやいすい書籍になっています。まだまだCMSの世界はいろいろなソースや環境が整っていくでしょうから、この書籍も通過点だと思います。が、スタイルが確立して一般に浸透した段階ではビジネスモデルとして成熟期になってしまうので、それまでにこのギアをいかに手に馴染ませるのかが勝負。FLASHもA.E.もPremiereもSHADEもしかり、アプリを使いこなすということは、機能を知識として理解していることとは大きく異なる。つまり、「?とハサミは使いよう」なのでしょうね。

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長浜の酒「大湖」秋の交流会開催。

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 昨日、長浜市内で長浜の酒「大湖」の新ブランドの発表会と交流会が開催されました。新しいブランド化と地元への更なる認知度の向上を目的として開催されました。今後も定期的にこのような場を設定して地元のお酒ブランドとしての定着を目指しておられます。私自身はお酒に対して「愛着」と言えるほどのこだわりがなく、どちらかと言えば極一般的な視点でしか「お酒」を捉えることができません。通な方のお話を聞けば聞くほどお酒の歴史や深さを再認識しています。関係者の方の言葉を借りれば、お酒にはいろいろな場面があり、いろいろな場面でそれぞれに美味しい酒がある。中にはこの場面にはこのお酒のテイストはちょっと向いていないとか、この場面ならこの銘柄だとかという言うふうに、お酒の味、ブランドひとつをとってもいろいろなニーズがあるのだと知りました。昨今、お酒にまつわる諸環境は飲酒運転の取り締まりなどかなり状況は厳しいのですが、それでもお酒を愛している方の愛情や熱意が衰えることはないのでしょう。つまり、いいお酒とは創り手の愛情が込められどのような場面で飲んでいただきたいというコンセプトがあり、そいう意味での歴史やこだわりを通してブランドとして成立することが「美味しいお酒」の条件なのだと感じる交流会でした。海外への展開もそういう日本人の日本酒に対する思いや愛情が込められているからこそ人気があるのだと思います。

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「清酒大湖」公式WEBサイトです。

クライマー魂か・・・。

 昨晩の午後10時、国営放送でのドキュメント番組。孤高のクライマーがいた。ひとりでどんな難所も次々に登頂をしていた。そして、一人の女性クライマーと出会った。勿論、山でである。二人はある山にクライミング。しかし、雪崩に遭遇。ロープに宙吊りの彼女を救出するために、マイナス30度の中、雪崩で目が見えない状態で岩肌を手で確認するために手袋を脱ぐ。4時間で無事救出できたが、同時に4本の手の指を失う。そして、その事故から5年。二人はグリーンランドの垂直の岩壁に挑戦。指のない両手でクラックにカムをセットしていく。そして、二人とサポートの仲間3名は3週間で1,300mの頂に立つ。この人種はなんなんだ。なぜ、そこまでして山に登るのか・・・。本当に何かに挑戦している人は理由よりも先に何かがある。人が動き考えるのに理由より重要なモノがある。そう思った。それはたぶん命よりも大切なモノなのではないかと思います。地球と人間の壮絶でもあり華麗なドキュメント番組でした。

古い家。

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 都会でも田舎でも古い家に目がいってしまう。しかし、ただ古くなった崩れかけの建物には興味がなく、逆に、歴史的な古い建造物にもそれほど興味はない。「古い」と「興味」が何で繋がっているかは自分自身でも明確に説明はできないのですが、東京へ行っても横浜に行っても大阪に行っても芦屋に行っても田辺に行っても長浜でも、人を感じる「古い家」に目がいく。家も街も国も人を感じるから一喜一憂喜怒哀楽万進創意なのである。
 で、「万進創意」でグーグルで検索したが2件しかヒットしないですね。う~ん、グーグルもあまり頼りにならんことが多い。四文字熟語やことわざなどは弱いのかな・・・、いや、この中の情報にはそれらの表現が必要ないのかな・・・、インターネットを活用している人は情報発信をしているわりには、古き良き文字表現に比重を置いていない。その上、飛び交う造語にはディテールが少なく質量が少ないと感じてしまうのですが、皆様はどうですか?それが現代の「便利な情報像」なのでしょうか・・・。

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何故か全員が・・・。

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 猿の会も中盤戦、何故か同ティーグラウンドに7名が集合。なかなか絵になる構図だったので、自分のスコアも気にせず(もうどうでもいい状態・・・)、パチリ。皆さん、カッコイイじゃないですか!そして、お疲れ様でした!幹事様お疲れ様でした!!!

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「猿の会第11回」全員集合!

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 さてさて、誰が優勝するのか、只今、ハンデキャップの議論中。

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都会のカラス

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 まだ薄暗い国道14号線。たくさんのカラスがごみ袋のまわりに集まり朝食中。一羽がビルの上に移動してゲットした朝食を食べていた。たくましい。そりゃ、カラスにもたんぽぽにも負けられない。

MOON

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 今日(18日)の天気予報は快晴。午前6時前の空、月がとってもキレイでした。

「こんなイメージ」論#001

 「・・・なイメージのデザイン」「・・・なイメージのWEBサイト」「・・・なイメージのコセンプト」と何何にイメージという言葉はよく口にするし耳にする。自分自身が何かを伝えようとする時、それを表現する適切な言葉が浮かばない時にこんなコミュニケーションの方法をとっているし、人から何かを聞く場合もその人の言葉で伝えようとしておられることのフレームが見えない時、「それは・・・なイメージでしょうか?」と確認させていただく場合「・・・なイメージ」という表現を活用しています。これは、何かをコミュニケーションする時に非常に有効に機能する。「ほらほら、黒い重苦しい空から雨が降り、近未来風の巨大な建物が建ち、空飛ぶ自動車みたいな乗り物が行き交い、地上では傘を差した人が無国籍風のコスチウムを纏い闊歩している。雨は酸性雨でその街に暮らす人々は自分たちの未来に希望を抱いていない。今をただ生きているという実感だけで街が動いているような未来の映像」を、と伝えようとすると、「黒い雨?」「近未来風?」「空飛ぶ自動車?」「無国籍風?」とこれらのどれかひとつが理解できない、頭の中に描けていないと、最終的に伝えたい映像はかなりチグハグなモニになり伝わってしまう。しかし、一言「ブレードランナーのオープニングようなイメージの映像」で「はいはい、なるほどなるほど!ところどころで炎が噴出しているみたいな・・・」と100%その伝えようとする映像は伝わる。しかし、伝えようとする相手が「ブレードランナー」を観たことがない場合、やはり、「黒い重苦しい~」から始めなければならない。
 で、人と人がコニュミケーションするということはお互いのいろいろな条件がマッチしているとそのコミュニケーションはさらに覚醒されるのですが、スタートラインで温度差や既知に格差があったり経験値や一般知識・専門知識に格差があると最後まで交わらないコミュニケーションになり、繕うだけで終わる場合が多い。だから、その人が何のプロであり、どんなライフワークを展開して、どのような人間関係の中にいて、何を経験値として持ち、どんな自分の未来像を描いておられるかを知るためには感じるためには、こちらが広くも深くも何かを探求し続けていなければいけない。どれだけ厚い経験値があり、その時はクレバーでも今現在それをしていない人は「むかし話」でコミュニケーションが終わり、何かにコンプレックスを持ちそれをプラスのベクトルに変えられない人は「おとぎ話」で終わり、そのいずれでもない、何も自分自身の事や家族の事や社会の事や教育の事や地球の事や宇宙の事に興味のない人とは、どのアプローチを持ってしてもコミュニケーションをとることが難しい。というよりも、そのタッチの方とはコミュニケーションをとる必要がないのである。社会生活とは団体生活であり、共生共存とは言え、その方とは別にコミュニケーションしなくとも共生共存は成立する。一番、危機感を持たなければいけない最大のポイントはここである。存在価値とは難しい言葉になりますが、価値とは呼応することであるはずですから、そのために何を思っているを知るために、「・・・なイメージ」表現は便利でもありリスクもあるのです。
 「時は金なり」と言いますが、「ふるまいは人なり」と勝手な造語で「道草思想論「こんなイメージ」論#001」とさせていただきます。

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WALL・E

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 WALL・Eがいよいよ12.5公開です。ちょっとオンラインで予告を観たのですが、もう、待ちきれません。待ちきれない映画、待ちきれないDVDはたくさんあるのですが、これはかなり別格。こんな映画が創れたらいいだろうなぁ~。

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dellがキタァ~~!

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 情報の詳細を探ればそうでもなさそうなんですが、なんと、8.9インチのノートPCが¥9,980!そういう時代に突入したのかと思ってしまった。一般売りではなくオンラインだけの特別価格だそうですが、これはどうしたらいいのか?買うのか買わないのか?勢いで言うと「買い」なのかなと思ってしまいますが、
 光学ドライブがない。でも、フラメの8GBぐらいを持っていればデータの連携は可能ですし、アプリもダウンロードでできてしまうわですから、正規のXPが入っていればいい。う~ん、¥9,980かぁ~、考えてしまいます。

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いいですねぇ~!

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 UK発信の音素材「Ambiosis」いいですねぇ~!平面(グラフィック)の人間は仕事で音を素材として扱う仕事が少ない。実際、WEBサイトのお仕事や映像のお仕事をする前(10年ほど~)は、音楽とは聞くもので楽器はギターやベースは趣味程度にかじった程度だし、何か音楽の分野で創るという意識は0でした。しかし、WEBや映像をPCで創りはじめた頃から「音の素材」に興味が出てきました。最初はポンとかジャジャ~ン!とか効果音をはめこんで感動していたし、映像に素材のLOOPをはめこんで何やら映像作品を作ったぞぉ~みたいな達成感に満たされていました。それも10年も経つと、テレビや映画や映像作品を見る時も「音素材は?」という神経が敏感に反応してしまう。決して自分的には音楽を聴く耳が肥えてきたとは思ってはいないのですが、音楽素材を使うというスタンスで「これは使ってみたい」「この音楽素材ならこんな映像が合う!?」といった見方はするようになった。
 で、絵があって音楽という発想や着想から逆のアプローチをするということはそれまでにはなかったのが、音楽から何かをインスピレーションすることが何かのきっかけでしてみたら、意外と馴染んで驚いたことがある。その時からいろいろなクリエティブを構想する時にこんな作品にしたいから、こういう音素材を探そうとか作ろうではなく、この音素材が構想しているイメージにマッチしそうだから、こういう絵を描こうこういう物語にしようという考え方をすることが多くなった。何かを考えるきっかけは、慣れているアプローチがスムーズにいく場合が多いのですが、時にそのスムーズが自分でも嫌になり崩したくなる。そんな時はぜんぜん慣れてもいないし未知なジャンルを強引に取り込んでそこからイチから何かを考えるということもしてみると、案外というかそのアプローチの方がいい感じになる場合が多いことに気がつく。つまり、知識とか経験とか技術はそう簡単に上がらないしセンスに至ってはあらゆる分野で諦めているので、できることと言えば、「新しいこと」に挑戦することぐらい。だから、いろいろやってみて考える方が結果がいい。これも思い込みかもしれませんし、何がいいのか基準なんて曖昧なことが多いので、やってみてやりながら考える方が楽しい。ということで、この素材はとてもGOOD。

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MacBookが出た。

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 新しいMacBookが出ました。その特長はかなりノートでは素晴らしい。iPhoneにしても素晴らしい機器だと思う。デザインもテクノロジーも販売戦略も素晴らしい。この飽和した時代にここまでマイスタイルを崩さないAPPLEは素晴らしい企業だと思います。¥50,000台のパソコンが出回っている中、下がってきたとはいえいい価格帯を維持している。そうするためにただ値を落とす事なく機能の充実やCMなどを通してターゲットに伝えることを怠らない。全ての展開がいい感じですね。
 で、個人的に仕事の道具としてこのBOOKをどう捉えているかというと、それほど体温は高くない。Macにインテルが入ってきてからどうも・・・。仕事の道具としてなら、もっと文字コードをなんとかしてほしいし、標準ソフト以外との連携もオープンにして欲しい。ソフトやハードやプログラムには常に長所と短所が共存しているとは思いますが、楽しむPCよりも、使えるPCの要素を充実させて欲しいと思う。
 しかし、何を指して「楽しむ」なのか、何ができて「使える」なのか、「楽しむ」と「使える」の境界線はありそうでないような気もいたします・・・。

http://www.apple.com/jp/macbook/

映画「ブラックサイト」

 最近、ダイアン・レイン主演の映画「ブラックサイト」という映画を観た。なかなか身の毛もよだつようなシーンの連続でしたが、その手法は「saw」ほどではなかったし、サイコなニュアンスでもなかったので流れとしてそれらのシーンを追えた。確かに映画で紹介されたシーンなんて世界中で発生している事件のほんのひとにぎり。もっと現実に発生している事件を映像にして一般の方が観たら、それは世界観が変わってしまうほどでしょうね。しかし、インターネットという手法で確かに66億人の人が簡単に情報を発信できて簡単に閲覧できる仕組みに隠された落とし穴についてとても考えさせられた。
 で、主人公のマーフィーはFBIのサイバーなんとか課のエリート。自分のデスクには確か3~4つのモニターを管理して現場のスタッフとオンライン上で捜査や調査をしている。そのモニターの画面が意外に小さいことにびっくりした。実際のFBIの現実のモニターも小さいのか?と。どう見ても22インチはないし、比率も4:3である。情報を閲覧するだけという設定だからこれがベストサイズなのかもしれない。ただ、50インチとかのテレビで何かを観ても最近はそれほど感動しなくなったし、ふと考えて、どれだけ大きいサイズで映画を観ても映画館には程遠いのに、高価な大型モニターを持っているということが、何かのモノサシなら別ですが、映画を観るということでも、観る距離が3~4mで6.1chのスピーカーシステムだったとしても、仮にブルーレイだったとしても、モニターサイズはテレビの観賞用なら32もあれば充分で、仕事用のPCモニターなら19で充分な気がする。ワイドも使っていますが、デスクに置いてあるフォルムはかっこいいが、使うと私は19の方が生産性と能率が上がりますね。皆さんはいかがですか?ハードもソフトも機器も道具ですから自分の手になじむのが一番いいです。

ドブネズミみたいに

 「ドブネズミみたいに美しくなりたい 写真には写らない美しさがあるから(作詞・作曲:甲本ヒロト 編曲:THE BLUE HEARTS)」とは例の名曲である。ひさびさにこの曲を聴くタイミングがあり、改めてベストをレンタルしてきました。しかし、淀んでいない。機会があればお会いしたいものです甲本ヒロトさん。なりふりかまわず表現する。リスクも計算も度返しして突き進む。言葉を選ぶんじゃなくて、言葉を発したい。精一杯でかい声で伝えることをしていないなぁ~。精一杯何を創っているかな?精一杯何かを考えているかな?精一杯動いているかな?「武者震い」をするようなモノを創りたいですね。アドレナリンに響くようなモノを創りたいですね。五感が震えるようなモノを創りたいですね。

こうなるのか。

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 映画という芸術とも文化ともメディアとも言える表現。こんな映画を観てしまうと、「こうであるべきだ」なんて思い込みはただの先入観のように思え、何かを創るという行為にフォーマットなんてないんだと痛感してしまった。「テラビシア~」しかり、いい映画には重くも軽快な質量保存のリズムがある。クォークの声が聞こえるほど突っ込んで突っ込んで時間さえ味方にしなければ、自分の考えなんて一陣のほこり。う~ん、ゴジラがこうなるんだから、アリスもレクターもアインシュタインも成立するはずです。これ映画館で観てたらしばらく席を立てなかっただろうな。

こうなって、

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 そして、こうなって、

こう来て、

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 なるほどなるほど、こう来て、

ambienceという雰囲気

 直訳は「【名】雰囲気、背景音、環境◆ある特定の場で、聞こえてくる音、光の効果、気温などさまざまな要素が混じり合って醸し出される「雰囲気」を言う。フランス語の ambiance が英語に取り入れられたものだが、スペルが微妙に違うことに注意しよう。英語の話者でも、フランス語風に ambiance を使うことがあるが(この場合は発音が a~bja~:s となる)、意味はほとんど同じながら、響きが異国風でロマンチックになり、多少気取った感じになる。」ということになるのですが、これがなかなか、イマジネーションを掻き立てる。最近とても気になっています。その道の方ならば今更みたいな感覚なのでしょうけれど、それまで意識していなかった「ああ、この雰囲気いいなぁ~」とか「こんな映像にこんなグラフィックにこんな音楽があればいいなぁ~」と思える雰囲気がアンビエントという雰囲気だったことを最近知りました。どうしてこんな音楽が創れるのかという疑問となんとかしてこれまで映像にしたかった絵をこの音と組み合わせれば、webサイトのBGMにこんな素材がはりこまれていたらというニュアンスでいろいろ頭の中で構想しています。これは、ウチのサイトのリニューアルにぜひ採用したい素材だと思うのです。勿論、絵づくりデザインのコンポジッションで魅せるという工夫は絶対に怠ってはいけないのですが、それだけでは厚みというか質量がイマイチ。いろいろなWEBサイトをリサーチしたり、ボォーと感じたりする時間をできるだけ多く作って頭に入れているのですが、最近はCMSが全盛なのか、「そこまでWEBサイトの必要なのかい?」と楽観している自分もたまに会議に出席したりすると、お前の言うことはごもっともだし時勢の流れでそれはそれとして自立していると思うが、それだけでは何となく漠然と足りないような気がしてならない。右向け右の国の中だけで「こうあるべきだ」とか「これが標準仕様だから」という安易な判断はしたくないと思うのです。WEBがWEBであるためにはもっと基準がいっぱいあって言いと思います。数字を稼げるWEBがいいのか?確かに儲かる仕組みとヒットする仕組みを施工すればそれで一安心という考え方は間違っていない。しかし、常に何か足りない感がモヤモヤとしていると、つい余計な蛇足な手法に視点が行ってしまう。これはただの道草なのか、でも、この道が実はどこか広い草原につながっているかもしれないと思うとちょっと寄り道をして道草をしたくなる。決していろいろなことに対して余裕があるというスタンスではないのですが、満足しない感じが常にしてしまいます。
 で、アンビエントという音楽に少し道草してみようと思っています。他にこのジャンルでいい素材がありましたらおしえてください。癒しのヒーリングとはまた違った趣のジャンルです。

でたらめ。

 最近、テレビはスペシャルが多い。中でも新しいドラマの番組宣伝を兼ねて役者が出てきてクイズをしたり、バラエティーの面子が集まりクイズで展開していく番組が多い。クイズ番組とひとことで言ってもいろいろな回答者がいるので、回答者のレベル!?に合わせて出題されるそれぞれの番組のクイズの傾向がいろいろあるのが面白い。マジなクイズを役者の人に出してシーンとなっても番組的には盛り上がらないし、簡単なクイズが解けない展開を面白おかしく魅せているのも最近なんとなく飽きてきた。そうなるとクイズの回答は二の次で、登場人物(回答者)の番組のコンセプトとマッチしたポテンシャルをいかに引き出すかという部分が面白いように思いますし、それを番組にするMCの手腕もまたいろいろで、そういう意味でスペシャルなタイミングのクイズ番組は面白い。
 そんな中、「さいころの目がランダムにでることを例えていう、いい加減で法則のない~」という問題の答を聞いて改めて感動した。答は「でたらめ」だったのですが、なるほどそういう語源なのかぁ~とツボに入ってしました。そういう意味で日本語の中には深い情緒のある言い回しや比喩が多いと痛感する。
 で、結局、最近のテレビ番組やドラマや映画の創り方というか傾向もこの法則があてはまるように思う。策士が計算づくで構築した絵ってのは皆さんもう満足しなくなり、アドリブというか、登場人物のポテンシャルをその場その場のふるまいで楽しむみたいな面白さが数字やエンタメになっているように思う。つまり、落語でも熟練したしゃべりや物語性を楽しむのではなく、期待するのは、落語家がライブで途中で寝てしまったり、落語が未完成に終わったり、どこかの場面でとちるような瞬間を期待するような見方が旬なのではないかと思います。この予測不可能な感じがリアルだと感じやすい傾向にあるように思うのです。だから、ブログやWEBサイトもカッチリガッチリ創り込んだスタイルよりも、変幻自在などんなカタチにでも、変化する機能や魅せ方が求められるように思います。技術的にそれがどういう例なのかはまだ未知数ですが、そんないい意味での「でたらめ」なリアルさが信頼される時代になりそうな予感がします。「普遍」であることと「いい加減」とは紙一重なのなかぁ~と。

お笑い芸人さんたちのIQ

 テレビをつけてお笑い芸人さんたちが出ていない番組を探すのが難しいこの状況をさてどう考察する!?考察なんてことせずに楽しかったらそでれいいじゃん!ということもあるのですが、いやいや、楽しいなりに何かそこに時代性とか理由や原因があるはずだし、お笑いブームということでこの状況をただ傍観するにはちょっと違う状況のように思うのは私だけ・・・(だいた!?)。
 ネタで走る人、臨機応変さで走る人、ビジュアルで走る人、技で走る人、いろいろなランナーがいるわけですが、やはり、時代のレスポンスは正直ですから、瞬発力があってもスタミナのないひとはリタイヤしていかれるし、スタミナがあっても、走る道に迷うと自分の目指すゴールを見失う。このようなことが今テレビ業界の中で目まぐるしく展開されているのでしょう。それを観賞している立場の人間だからから、言わば「おお走っている、あれ、息が苦しそう」と俯瞰するのか、「もっとこう捻ればいいのになぁ~」と虫瞰で観るのかは自由だぁ~~~~~(犬井毅!?)。
 で、オバカキャラ全盛だし、例の3人組はそれなりにテレビの中の存在としては魅力的なポテンシャルを持っていて瞬発力は感じるがいずれもスタミナ切れになるでしょう。しかし、ポテンシャルが高く、さらに展開力のある、しかも瞬発力もある人は、多分、かなりのIQを持っていると思います。中でも、やはりの部分で、くりーむの上田さんのスタンスはとても素晴らしい。他にも重鎮から若手まで番組を仕切れる方は多いのですが、上田さんの仕切りには常に余裕があり、そのツッコミとナビゲートのスキルは超一流だと思うのです。その場ではじけるだけはじけてなんぼというタイプの人は数多ですが、お笑い学で言うなら教授クラスの実力があると思います。それ以上の重鎮でも上田さんに太刀打ちできない方はいますからねぇ~。これはIQがどうのというスキルではないのかもしれませんが、出てくるワードを瞬時にチョイスできるあのキレはKYどころの騒ぎではなく、サッカーのフィールドなら中田クラスの空間認知能力でしょうね。上田さんのツッコミで大好きなツッコミがたくさんあるのですが、それはまた、どこかで。
 心の健康のためには、日頃の行いが大切。ダ・カ・ラ、ツッコんだり、ボケたり、ラジバンダリ~!

グーグル・クロム。

 MacOS上のインターネットエクスプローラー(IE)でかなり痛かったのに、Winでも実はボチボチIEが痛くなってきそうな予感です。まぁ、どんどん、何ごともユーザーを無視してバージョンアップすればいい!のですが、結構現場の人は「こいつは痛いなぁ~」と感じているのではないでしょうか?そのような都合の悪いことだけはリサーチせずに新しいこと新しいことっていっぱいいっぱい取りこぼしているモノ、あるんじゃないの「Mさん」って感じ。あるCMSプログラムを設置したら画像がアップロードできねぇ。ってことでいろいろリサーチしたら、なんと、IEはダメ、PERLのバージョンを上げる、なんとかかんとかって対処方法が書いてあった。サファリはいいらしいが、IEはダメ。ほんとに痛いですねIE。どうなんよ?やる気ないの?って感じ。私のような末端の末端の人間の希望なんて対応の対象ではないかもしれないが、そのような立場の人は結構多いよ。世界中で考えても多いはずですよ。なのに、スルーしてるのか、手に負えないで白旗なのか?やるならやる!やらないならやらない!とはっきりしてください。
 確かに、サファリなら送れるじゃないですか。何がどうだからこうなるのかは知りませんが、もっと、うまいことやってくださらないと困りますね。
 で、ある方から教えていただいたこのブラウザも最近試していますが、なかなか快適です。ブラウザに求めるものってかなり機能的にも汎用的に多くなってきてますし、キャリアも複雑になってくるから、テクノロジーも安心できるブランドがいいですね。となると、まわりまわって「Aさん」になるのか?代行は現れるのか?とにかく、「グーグル・クロム」は非常によさげ。

http://www.google.com/chrome/

第25号完成しました!

 「芸術の秋だからってほどのベタな感覚ではないのですが、先日国立西洋美術館(上野)に行ってきました。「ヴィルヘルム・ハンマースホイ展」を鑑賞してきました。1880~1910年あたりの芸術家なのですが、原画のひと筆ひと筆を目に焼き付けてきました。やはり、原画をその場で鑑賞するということはデジタル時代にとても大切で貴重な価値のある行為だと痛感しました。とてもいい感じの絵との出会いでした。
 第25号にご参画いただいた皆様、今回も本当に貴重なお時間と参加費用をありがとうございました。「カタルシス」ということで、複雑で難解でヘビーな第25号になるかもしれない・・・、まぁ、それはそれで流れるままにメンバーの皆様にお任せしようと腹を括り編集・DTPに望み完成しました。こうして第25号を改めては拝見すると編集後記にも書かせていただいたのですが、ホントに皆様のポテンシャルの変幻自在さに感激しています。難解なテーマでも皆様ならこう料理して貰えるのかということを改めて再認識しましたので、これからしばらくは私からテーマ設定をさせて頂くにあたりこのことを踏まえ、これまでにも増して時に「難解」に、時に「DEPP」に、時に「青天井に感覚的」にテーマを広く構想し設定して、それを皆様で料理していって頂きたいと兜の緒を絞めています。
 で、第26号のテーマなのですが「仮想現実」でいこうと思っております。「ゲームもWEBも人生も仮想現実の中に何かがありそう」的なムーブメントが横行しています。では、「仮想」とは?「バーチャル」とは?はたまた「現実」とは?という疑問の中にある何かと、私たちが日々取組んでいるクリエイティブやアートワークとの関係はなさそでありそう・・・と思うです。映画マトリックスで定義された「仮想現実」は誰にでも理解しやすい「仮想現実」ですが、もっと違うベクトルでのデジタルムーブメント以前の精神的な宗教的な「空想」「幻想」「夢想」や、もしかすると「無想」さえも「仮想現実」かもしれません。また、この続きは私のブログでちょこちょこと追記・論拠しますので、また、ご確認よろしくお願いいたします。
 第26号の発行予定日は2009年2月を予定しようと思っておりますので、12月中旬になりましたらまた、ブログでアナウンスさせていただき、原稿依頼書を郵送させていただく予定です。年末、2008年を振返りながら、「仮想」と「現実」の境目について皆様とブログや電子メールなどで情報交換ができれば嬉しいです。たくさんコメントを頂けると嬉しいです。スギノヨシカズ」という文章を同封しておまけ付で近日中に情報紙を発送いたしますので、また、ご確認ください。
 「仮想現実」がどうも気なっております今日この頃なのです。

音のクリエイティブ

 テレビメディアやインターネットメディアもさることながら、デジタルコンテンツと音(音楽)素材は深い関係がある。クリエイティブという仕事はひとことでこうであるなどと言えない(勿論、他の業種でも同じことなのですが。)部分が非常に多いので、「いいクリエイティブ」とは何かということを常に考えて、考えるだけではなく、自分の手で創って体感し試行錯誤をしている方と、デレクションという立場でアイディアやTipsだけに特化した関わりを持っている方とではあきらかに完成するクリエイティブの体温が違うような気がします。それは、暖かい印象のクリエイティブであれ冷たい印象のクリエイティブであれ、どこか創り手の心というか想いというか工夫やアイディアが感じられるモノは印象に残り魅力を感じる。色や形や構成や物語性や時代性などその変数は限りなく存在し、数多のエレメントも組み合わせはたぶん天文学的な数字になるだろう。それらをクリエイターは目的のクリエイティブに照準を合わせてフォーカスすることを毎日繰り返しているので、その視点を持たない人とはあきらかにセレクトする力もチョイスする力もフォーカスする力も構成する力も異なる。異なることが価値であるならば、それをおぼろげに認識している人と確実に自分のビジョンとして認識下にある人とのコミュニケーションは難しく、多くのスタッフで同じ目標のクリエイティビティーを目指す時はこの誤差がかなり障壁になる。
 で、音素材ということになると、色や形も趣味趣向があり「こうであるべき」「こうであればいい」「こうであって欲しい」というベクトルを整理するのは難しいのですが、音も同じ。ただ、色よりカタチより論理的な要素が少ない分、感覚や時代性や他のエレメントとの整合性がマッチしていないと音はノイズになり、マッチしているとこれほど強いファクターはない。もっともっと音にはこだわり素材を集めなければいけないが、いつもいつもつけ刃にチョイスしてしまう傾向にあります。これではダメ。ひと昔に比べれば音をクリエイトするPCの環境は圧倒的に完備されたのに、自分自身が素材にたよるという安易な方法の慣れてしまっているので全体のクオリティーが上がらないのだろう。しかし、音はほんとに大切です。

ノーベル賞スゲッ!

 ノーベル賞の3名様、おめでとうございますである。2008年、北京オリンピックの話題以外に何かいいニュースはあっただろうか?たぶん、無かっただろう。また、悪いニュースをマスコミは誇張して購読につなげるためだけに何とかの自由でペン(キーボード)を振り回しているが、やはり世の中がこうも浅いとどれだけ優れていた書き手でも浅くなるんでしょうね。話題が浅いと書き手が余計なアレンジをする。アレンジするなら面白おかしくドラマチックに悲壮感に・・・となるのは人の心の綾というもの。だから、この流れは自然な流れで、ニュースの本質とゴシップの間にそれほどの格差はないのかもしれない。
 で、「ノーベル賞」のニュース。いいですね。物理学という分野はまったく分かりませんが、そんな私でさえ、読みやすい3名の書籍が発行されたら読んでみようと思いますから。ほんとにおめでとうございますである。素粒子についてまた感想文を書きたいと思います。

空沼工房さん商品アイテム。

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 どうしても、「ミニ黒板ストラップ」と「ミニ黒板消しストラップ」の実物を手にしたかったので、またまた、空沼工房様より購入させていただきました。確かに携帯ストラップではあるのですが、それにしては完成度の高さとその商品力と言いますか、手にした時の感触と存在感はなかなかオンリーワンな商品というか作品なのです。イマドキで言うといろいろなキャラものが氾濫していて、地域地域でもゆるキャラ作って、商品作って、それで地域の文化?!みたいなノリが多く見かけられる中、この空沼工房(札幌)様の作品はどこかその路線とはクオリティー的にもアイディア的にもレベルが格段上のように感じてしまいます。そもそも、携帯電話にストラップなんてつける気持ちのない私でさえ、なんかどうしても気になってしまって買ってしまうこの商品力。これが、オンラインで伝わればそれは国境を越えて世界がターゲットになると思います。まだ、国内だけの販売ルートの展開ですが、商品力さえあれば、アイディアさえあれば、存在感さえあれば、クオリティーさえあれば、オンラインからのレスポンスは実直な反応があるだろうなぁ~と思うのです。
 で、注意しなければ、いけないのは「オリジナリティー」の捉え方というか定義です。WEBサイトの中で「オリジナル」という言葉自体、死語というか機能しないように思います。そもそもオリジナリティーという言葉の解釈がいなかものかと思いますし、独自性があるのは著作権に守られているからではなく、誰がどのように酷似した商品やキャラなどのクリエイティブをcopyしても、技術とセンスと心が感じられたらそれは立派なオリジナルだと思います。著作権利のトラブルを聞くたびに思うのは、そんなことで利権を争う前にクリエイティブに対する誤解に気がついて欲しいと思う。著作権で管理することを生業にしている方はそれに精進していただいたらいいのですが、クリエイターならモノヅクリなら「創るというふるまい」を大切にして欲しいですね。利権を争うようなクリエイトに関わっていない奴のjealousyかもしれませんが・・・。「オリジナリティー」という創造の怪物に飲み込まれないような工夫をしたいものです。

空沼工房様の公式WEBサイト 

10月の絵。

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 これは映画「クラッシュ」の一場面。お父さんが娘に見えない魔法のマントをつけているワンシーン。この透明のマントを着ていると拳銃の弾も跳ね返すと父が娘に語る。お父さんがこれまで生きてこれたのはこのマントがあったからだと、しかし、この魔法のマントはもうお前も大きくなったからお前に譲る時だと言ってつけてやる。このシーンは忘れることができない映画のワンシーンベスト30に入っている貴重な構図だったので、2008年のカレンダー用に鉛筆で描きました。さてさて、そろそろ2009年のカレンダーの季節。今年は何を描こうかな・・・。

正反対。

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 今日、原宿のお客様のところで素敵な紳士なワンさん2匹に出会った。この二人はなんとも紳士なルックスで落ち着きがありやんちゃなとこともあるのだけどあいつは違う、確実に違う。そのスリム(ワンちゃんの風貌を表現するのにスリムという言葉が浮かんでくること自体あいつは違う。)な四肢にキリリとした顔。まさにギリシャ時代のレリーフのモチーフに登場するような表情なのである。主にお二人の素行というか日常のことをお聞きしても、お二人と主の方の関係はどこかいい。いっしょに寝ている時でもまるで二人の男の子と寝ているような感覚なのだそうです。???いっしょに寝る!?あいつとそんなことを一瞬でも考えたことはない。う~ん、同じ、犬という存在でありながら、ウチのチョップ(豆柴ちゃん)はなぜああも犬なのか・・・。野良猫にからかわれて無駄吠えの連続、今だに(すでに4年)毎朝の新聞配達の方に吼える、散歩も主を無視して前へ前へって、大きい犬にも小さい犬にも猫にもカラスにもスズメにも吼える吼える。あげくのはてに、水深30cmぐらいある水路(高低差120cm)に流れている枯葉にむかってダイブ!紳士などという言葉の連想の対象外なのである。こうも正反対のお二人を見ると我愛犬でありながら複雑である。飼い主に似たのだろう・・・たぶん。

東京出発。

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 午後5時半東京出発。今日(10月2日)もたくさんの人といろいろ出会いがありお話がありで非常に充実した東京行脚でした。皆様、貴重なお時間をありがとうございました。

東京到着。

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 東京到着。米原午前6時44分発だから眠い。

富士山

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 新幹線の中からハイビジョンムービーで撮影。いつか何かのPVに入れたい映像です。

ヴェルヘルム・ハンマースホイ展at上野

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 昨日は上野の国立西洋美術館にて「ヴェルヘルム・ハンマースホイ展」に行ってきました。あまりもの感動にまだ心の中を整理できていない状態なので、あと数日しっかりとその時の感動や感激を反芻してから少しづつ記述していきたいと考えております。というぐらい素晴らしい展示会でした。いろいろな絵画の原画を観てきましたが、その場にいるだけでハンマースホイの一筆一筆の痕跡に見入ってしまいこの絵を描いている彼の空間が頭の中にイメージしてしまいました。なかなかこのクラスの展示会が滋賀県ではないのでほんとに素晴らしいタイミングでした。やはりいまさらですが、「絵」という存在感の素晴らしさに、そして、「絵」に近いところに自分の人生を置けるということの嬉しさに浸っておりました。皆様もぜひ!機会があれば芸術の秋、上野の国立西洋美術館へどうぞ。

長浜力研究所公式WEBサイト開設!

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 先行して長浜みらいまちづくり事業委員会よりフリーパーパーTickTack(チックタック)が創刊されました。それを包括する部分での長浜力研究所の本体でもあるWEBサイトが本日から公開になりました。内容やコンテンツはこれからいろいろな県内外の方からの強力でガンガンと盛りだくさんになり充実していくことを目指して、20年後の長浜を皆さんで考えましょうというメンインコセンプトの公式WEBサイトです。本体のコンテンツページと合わせて、現在4つのブログソースが設置されております。いずれも、ムーバブルタイプ4.12(最新Ver.)とワードプレス2.6(最新Ver.)を同サーバに設置して、本体のWEBサイトとのデザインフォーマットの連携を図っています。この機能の目的は更新頻度の比較的少ない固定ページは従来の技術であるFLASHやHTMLで構成し、更新頻度の高い性質のページはブログソースを活用するという仕組みになっています。それぞれの長所を運営方針や今後の展開を推し量った上でのフレーミングになっており、FLASHやHTMLではデザインやインターフィエスや動きなどを吟味・微調整できる上、動的なリッチコンテンツとそれにマッチしたインターフェイスを構築・デザインできるという理由で選択しています。一方、CMSを活用しているブログ部分では、記事やページや写真などの更新頻度が高くなるであろうと想定されるコンテンツ部分です。また、ブログの特長である、コメント機能を活用して情報の発信だけに終わらない、相互の情報交換やコミュニケーションをインターネットを通して展開できるというフレーミングになっております。それぞれに特長のあるテクノロジーを双方の目的にあわせて活用・適用しています。一般的に無料で利用できる「無料ブログ」は¥0はとても嬉しいので、個人的に楽しむなら非常に有益なのですが、せっかく日々の最新情報や日記を記述してもその文字データが借り手側のサーバに溜まるために、いわゆるエンジン対策のことだけを考えたり、あとあとの文字データの管理を考えると、会社単位や何か公的な機関の場合は適切とは言えません。また、「無料ブログ」はとても簡単で自分自身も利用・活用しているのですが、用意されたインターフェイスデザインが緩いというか、好みではない場合が多い(というか好みのデザインに出会えたことがない。)。皆さんもいろいろな方のブログを閲覧していて、「なんとなく無料ブログのデザインだなぁ~」とか「ああ、このインターフェイスはどこどこの無料ブログだな!」とか、たくさんブログに接している人だったら、なんとなく感じてしまうのではないでしょうか。それが、「設置型ブログ」の場合、デザインは知識や技術は必要ですが、自由自在なのです。この2点の理由から長浜力研究所のブログ機能部分は「設置型」を選択しました。
 で、運営者サイドも有益で新鮮な情報を常に進行形で発信していかなければいけないのですが、お問合せやご意見や感想などを受信してそれに対して誠意に対応できる組織づくりがホンマルのようです。作って公開すれば終わりのWEBサイトにならぬよう、一研究所スタッフとして気合を入れていきたいと思っております。

長浜力研究所公式WEBサイト