地域が持つポテンシャルについて。

 日本国内でメジャーな観光地として誰でも思い描くエリアといろいろメディアで露出しているものの認知が上がらないエリア、そして、観光資源の創出を地域の方が心の底から望んでいるにも関わらず、条件やタイミングがマッチしないエリア。様々なエリアが存在すると思います。観光地としてのエネルギーや素養に乏しいエリアでも、第一次産業や商いが活発である街や美しい自然がありながらも認知度が低い、言わば素朴な何もないけれどそれが魅力的というニュアンスの場所や地域があります。それらの地域がそれぞれに現状をどう捉えてそれをどう変えていこうとしているのか、または、このまま変えないでおきたいと願うのか、これらは地域が持っている歴史や文化の特性も勿論関連していると思いますが、結局、どんなメジャーな観光地であっても、そこに注目する人が減少していけばどれだけ歴史資産があろうが衰退するはずでしょうし、素朴で素養や潜在能力が低くとも、注目する人の意識が多ければそこは魅力的な場所となる。情報化時代にこの地域が持つ潜在能力をどう分析して整理して実行(発信)すれば魅力的な地域となり(というか、注目度が高まり)、経済や文化が活性化され、素敵な観光地になるのでしょう?何もたくさんの人が訪れるからいい、過疎化が進行するような地域は悪いというモノサシではなく、そもそもその地域に暮らす人がその地域をどうしたいのか=そこでの暮らしをどのような理想形に近づけたいのかに全て集約されるように思います。つまり、内部的な要因と外部的な要因が相互に影響し合ってその地域の価値が形成れるのであれば、いずれの場合もその要因の根源はひとりの人だと考えることができると思います。決してその地域に君臨する殿様のような存在の方がそれらを担ってきたのか、ある意味ではそうかもしれませんが、それはただのシンボルであり、真実は意外と違うスタンスの方が種であり、その方は何故そうしようと考えたかの部分では、その前の世代から何かを継承してきてそういう考えに至ったのではないかと思います。
 で、「地域の魅力」を議論する時に目に見えやすい具象物や共通言語を何とかしようとするよりも、リアルな部分で「魅力ある人の想い」に誰かが反応してその波及が結果的に「地域」に波及して、例えば観光資源という価値に成長するのだと思います。だから、目的がどうであれ、何か新しいことを展開しようとする場合「フレームよりフレーズ」が大切だと思います。