2009年02月 アーカイブ

A.ジョリーと映画「WANTED」。

 早速、DVDレンタル開始日にレンタルしました。う~ん、ナイトウォッチでは私的にはこけた監督でしたが、やはり、モーガン・フリーマンとアンジェリーナ・ジョリーが登場するだけでこれだけも映画がいい感じになるんですね。物語もシンプルでしたしとてもとてもいい展開でした。エンタメ的にはちょっとニュアンスが違うのですが、例えば、「ボーン」シリーズと比較した場合に、同じ暗躍組織を描きながらどこか人間臭い映画。また、登場人物の相関図的に比較した場合、「レザボア~」に匹敵するぐらいのかけひき感がある映画。また、A.ジョリーの登場した代表作品として比較した場合、同じ芯の強いヒロインではあるのですが、彼女の魅力の中のダークな部分がグイグイとくる映画。そんな映画でした。
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十仁プラザ様更新。

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 昨日、リニューアルをさせていただいたお客様のWEBサイトです。また、一度、ご覧ください。

◎詳しくはhttp://www.jujinplaza.com/

知識人の功罪。

 明治時代に存在した「知識人」と現代の「知識人」の違いについて、ある書籍から面白い洞察を得た。なるほどなるほど、そいういう定義というか概念ってあるあるという感じ。情報時代が氾濫している時代に本当の知識とは何かを問いただしているわけですが、多様多様と言い切ってしまって放置するよりも、ひとつひとつその多様のパーツを手に届く場所に置いて吟味する。そして、その吟味したことを情報として記録する次の消化し活用する応用するこの「転換力」こそが「知識」「知恵」だとその著者は言っている。確かに情報の海を泳ぐ泳ぎ方は知っていても、どこへ向かうのか見当を目標を持たずに泳いでも仕方ない。そうこの著者は言いたいのであろう。もう少し、掘り下げて「知識人」については考察していきたいと思います。
 で、とてもとてもあのダメダメコメントを拝見するに、あの方たちが知識人だとは思えない。そんな人たちがこの国を動かしていると思うと悪寒が走る。あれらはもしかして何かの影絵かもしれないと・・・。

目白押し。

 本日発売の気になるDVDがかなりある。中でも、「ウォンテッド」と「アイアンマン」はとても気になています。一方、先ほどの第81回米アカデミー賞の短編アニメーション賞を受賞した「つみきのいえ」(加藤久仁生監督)はまだ観ていないのですが、とても気になります。「おくりびと」より気になっています。あれから、何か「おくりびと」についての紹介記事が書かれたり、テレビで受賞の背景をドラマチックに紹介している場面を見るにつけても、テンションは上がらない。テンションだけで映画の価値を決定することは全くナンセンスなお話ですが、やはり、それよりも、断然気になるのは「つみきのいえ」です。DVDも増版されたとのことですし、早速書店でチェックしてみたいと思います。
 で、本日の朝のテレビで加藤監督が帰国してこられた空港のシーンで、とても、アカデミー賞を受賞してきたいぞい!というテンションが感じられない加藤監督を見て、さらに好感が持てた。断然断然、今の段階では「つみきのいえ」が「おくりびと」を10:0で勝ち。余談ですが、ワンピースの最新刊ももうすぐですし、「WALL・E」も4月ですし、楽しみです。
 しかし、「おくりびと」には日本人の死者に対する厳正なる慣習や細やかなこころが描かれているというおふれですが、生命の尊厳さをどう表現しようが、生命の尊厳さなどそもそも表現するものではないと思う。そんな時代だからこの映画が国際的に認めらたと考えるなら、この時代とはいったい何がどうなっているのだろうかと考えてしまいます。「死」には必ず「宗教」が付随してきますが、いわゆるスピリチュアルな映画ではないことだけを期待しています。

「おくりびと」について。

 アカデミー賞、外国語映画賞受賞か。さてさて、楽しみです。いろいろな意味で。

CS4のインターフェイス。

 早速CS4のイラレとA.E.を軌道、下位のバージョンと比較しているのですが、これがなかなか手に馴染ますね。インターフェイスが工夫されているというか、とてもシンプルになっています。従来の「直感的」な下位のバージョンのユーザーの使い勝手を充分に意識された配列になっています。これはいい。たぶん、マクロメディア系のソフトだったものと従来のアドビさんのソフトウエアとの連携もデータの互換性もさることながら、インターフェイス上でもシンプルにツールが配列されているだろうという印象がありますね。また、このブログでそれぞれのソフトウエアを使いながら、WEBやマガジンで公開されている新機能の部分をひとつづつ確認していきご報告させて頂きます。かなり吟味された感じがありますし、吟味したとアドビさんが言っているので安心して取り組めそうですね。こうなると、次の欲として、デバイスを充実させたくなりますね。まだ、MACにはインストールしていませんが、WINとMACとの比較などもしっかりとしていきたいと考えております。しかし、ツールである以上、どう活用できるかという部分が一番重要になっていくわけですから、クリエイティブツールとしてのCS4がどこまでツールとして便利かという視点でまずは現在取り組んでいるWORKで活用してみたいと思っております。これがいわゆる「高いけど安い!」という感覚なのかもしれません。

ちなみに55,685件。

 あるお仕事で、ふと、自分のブログ「スギノのノギス」のヒット数はどれぐらなのかと調べたところ・・・。というのも、そもそも、ヒット数を稼ぎたいからブログを始めたわけではないし、実際、自分のオフィシャルサイトもあまりアクセス解析は中途半端な状態。よりもお客様の解析結果を元にいかに企画や更新の対策を考えるかに終始しているので、自分のWEBはほったらかしなのです。とはいえ、解析結果は常に取得しているので、その画面にログインするかしないかという問題なのですが。だから、ブログのヒット数がどれぐらいがいいのか正確には把握していません。芸能人が1日何万件って豪語しているから、無名な人のブログなら100~300件ぐらいあればヒット数的には多いのかな程度でした。この「スギノのノギス」以外にもmixiを入れて4つのブログに登録していますが、登録したときに自己紹介と会社の紹介をするだけで放置。例えば、mixiなどは1年以上やっているが、総ヒット数は3,000件程度。たまに来るそのサーバからのくだらないメルマガを削除することぐらいがその他のブログでやっていることです。だから、このブログをメインに書いているからと言ってさほどヒット数は気にしていなかった。まぁ、1日1本、1ヶ月30本という目標をたてて当初の予定どおり、デザイン、アート、広告、WEB、マルチメディアのことを気楽に気ままに自由に書いています。
 で、2009年の1月だけのヒット数の合計は55,685件でした。しっかり読んでいただけている方もブラリとエンジンから入って来ていただいた方もありでこの数字でしょうけれど。正直、嬉しい気持ちになりました。とは言え、この数値に何か価値があるようにも思えない。ブログってその程度のモノ。しかし、タカガブログ、サレドブログなのでしょうか。

アベンジャー最高!

 昨夜、フォーサイスの小説「アベンジャー上・下」がFIN。なんとも素敵な余韻を残して物語は完結しました。う~ん、さすがのさすがです。痛快というか緻密というか事実は小説よりなんとかと申しますが、このレベルの小説は事実よりなんとかです。また、機会があれば読んでみてください。
 で、あとがきにあったコメントにつて。昔の物語は完全なる悪が登場して完全なる正義がいかに~みたいな物語が、最近の映画や小説ではそうではないらしい。確かに、その部分はよく理解できますね。例えば、映画の中で何かにたくさんの人が殺されるのですが、何が殺しているのかを描かない。また、情報戦で首謀者はいつも声だけで、物語の中ではずれを引くのはその下の下っ端みたいな構成が目につきます。個人的な恨みを解決することが本当の正義ではなく、正義も悪も理解した上で、主人公がどう考えるのか・・・という問題提起が極端に多い。それほど世の中が複雑になってきたのかと思いたいが、実はそうではない、もともと、映画をより面白く魅力的にするため、物語を盛り上げるために脚色としての悪と正義が設定されてきたことに慣れているからそう思わされているだけ。もともと、人間の歴史に明確な正義と悪なんてないわけで、2時間の物語にするために、600ページの物語にするためにのフィクションが世の中の規準だと思わないこと。例えばノンフィクションでも一人のライターの目線で書かれるから規準があり、それを公的な立場に公開するためにまた、いろいろな視点を介する。だから、正確な客観など存在しない。
 で、「アベンジャー」である。これらのことを踏まえて最高でした。またまた、ラストシーンの日付が2001.9.10と来ている。いいですよぉ~「アベンジャー」。

install完了。

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 1枚目のDVDを入れてから4時間と10分。やっと、アドビのマスターコレクションCS4の15種の全てのソフトウエアがインストール完了しました。チュートやラーンディスクを入れるとキリがないので、これは手元に置いておいてということで、無事セットアップ完了です。まぁ、ソフトウエアは入れて終わりではなくてここからがスタート。15種類の中でも10種類は下位のバージョンで使っているのでまぁ使いながらじくりと手に馴染ませて・・・という感じ。とりあえず、FLASHでひとつアプリを作成したいのと、式典の映像をA.E.とPREMIEREで作成する仕事があるので、インストールしました。ヘルプ見ながら1日2日使ったら大丈夫でしょう。あとは、時間を作ってゴリゴリと・・・。

ドイツ製のペンホルダー。

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 ずっと欲しかったペンホルダー。オンラインでもいいのが無くって、カタログってあまりないですし、画材のカタログにもあまりペンホルダーの種類があるカタログもないですし。ということでずっと気になっていたペンホルダーだったのですが、先日、大阪で打ち合わせ終わりで梅田から新快速に乗る前に画材屋さんにふらり。で、発見発見、ドイツ製のもつところがコルクのペンホルダー。ペン先はやはり「G」がベストだと考えているので、これで、ベストマッチです。軽くてコルクのタッチもいい。いい画材との出会いはいい人との出会いと同じぐらい嬉しいのでちょっとウキウキでした。

Progressionか。

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 出てきますね、次から次から。でも、これは必然でしょうね。只今、リサーチ中です。

◎詳しくはhttp://progression.jp/ja/

デジタルコンテンツの保存願望。

 独身時代ほどポケットマネーに余裕がないので、自由にCDやDVDや書籍や画材やソフトウエアやハードウエアが手元に入手(購入)できなくなったのでそれを愚痴っているだけかもしれませんが、こんな時代だから、あまり無駄遣いはしなくなりました。いやいや、これまで買ってきたものが全て無駄だとは思っていないのですが、よくよく振り返ると無駄も多かったかもしれません。この場合の無駄とは何だという疑問はさて置き、衣食住に関係の無いモノ、つまり、嗜好品と呼ばれているモノは何故買って手元に置きたいのかという気持ち・こだわり・願望のお話です。
 例えば、映画が好きだから、映画館で観る、テレビで観る、DVDで鑑賞するということ。でも、たくさん存在する映画の中から、「これは絶対に金を貰っても観ない映画」と「この映画は必ずDVDを買って手元にいつでも観られるように置いておきたいという映画」この違いは何だろう?レンタルショップに行くとAからZまでいろいろな作品があり、芸術的な社会的な感傷的な妄想的的な本能的な様々な作品がある。その膨大な作品の中から何かをチョイスする時の規準とは何だろう?そもそも「好きだから」の好きとは何だろう?この視点は何もDVDだけに適用される視点ではなく、人に出来事に仕事に社会に経済に文化にとそれぞれの人の中にある規準が日々変化しながら、変化されられながら時代の潮流になっているはず。
 で、情報化時代の氾濫する情報とこの保存願望の間にある、奇妙な化学式が言わば引いては「生き方」と言っても過言ではない程度の存在だと思うのです。これがDVDだから理解しやすいのですが、米だったら、家だったら、伴侶だったら、税金だったら・・・となると、右や左の話になるので割愛しますが、今このブログを書きながら、ラックに並んでいるDVDを観ながらそんなことを考えています。そして、ブラウザのお気に入りに入れている先行予約の「WALL・E」と「WANTED」のDVDの価格を見ながら、これが自分自身の願望の数値なのかな・・・と。

日本語の美徳。

 日本語は特に主語を省略する場合が多い。日常会話ではこの人はたぶんこのことを言っているだろうから、それを察してこう返答しようという能力が多言語と比較しても多く含まれている。それは単一の言語をもっている国民性であるからそのようなコミュニケーションが横行しているのであり、それを文化だとか慣習だと捉えて美徳とする傾向がある。これは美徳なのか?という疑問はさて置き、主語を省略する文体にどのようなメリットとデメリットがあるのだろうかという部分である。はっきりとは言い切らず、相手の受信能力に依存するコミュニケーションの弊害が現代社会において大きな傷になりたくさんの血を流しているのではないだろうかという仮説である。聞き上手を「勘がいい」とすること。ノリがよく空気が読めるということがコミュニケーション能力と認識されていることで、勘が悪い人、ノリが悪くKYな人が敏感になるとどのようなことが起こるのだろうか。コミュニケーション能力を高めるために学業中の方も社会に出て出世を目指す方もそれなりに一般社会の中でこれらのことを「能力」と捉えて切磋琢磨試行錯誤していることでしょう。しかし、そもそも「聞く」だけでいいのか?受動の前に能動だろうと思ってしまう。つまり、能動だけでもアメリカになってしまうからNGですが(これは80%ユーモアです。)、このバランスはどこで養われるのでだろう。とは言え、この問題を自分自身の問題として捉えた場合に自分はどうなのだろう?勉強はしなかった。大学の偏差値も低かった。最初に社会に出た時に何か学士的な公認なんとか的なスキルはあったのだろうか・・・いやいや、全く何も無かった。ただただ、一生の仕事として正面から「デザイン」という仕事に向き合ってきたとしか表現できない。が、いろいろな仕事の現場で日本語のコミュニケーションのメリットとデメリットは意識してきた感覚はある。結果、何が見えてきたかとなると、他人が見え自分が見えてきた。ただ、それを世の中のいろいろなモノサシで「正しい悪い」「得か損か」「好きか嫌いか」などという基準で測った時、正確な数値は意識できていない。
 で、日本語の美徳である。日本の慣習である。つまり、郷に入っては郷に従う的な美徳に甘んじているだけなのかもしれない。この疑問に対する答は多分出せないだろう。が、それが答のような気がしています。なのに今の日本は出せない答を求めすぎているような・・・。

メディアの進化#01

 「テレビ・ラジオとWEBの断層」このテーマはある書籍からの抜粋なのですが、なかなか素晴らしい考察を展開しておられる。1から10までリスペクトできるこの文体と背景に300ページあまりの書籍の3ページに1ページは折りが入っているという状態。何が1から10までというニュアンスになるかと言うと、「なんとなく最近のテレビ番組のつまらない感じは何故だろう?」「ニュースもこの話題はこの尺が必要かな・・・?」という、テレビが大好きの私にしてみれば、テレビから得られる情報の組み立て方にツッコミを入れたくなるような場面がとても多い。番組の構成もテーマも緩ければ、登場人物もワンパターン。しかも放送作家さんたちはかなり苦労しているだろうなぁ~と思ってしまう変化や効果がいたるところにちりばめられている。それだけ時代の流れをリードしてきたテレビが何かに追われるようにかなりいっぱいいっぱい感が否めない。これは何だろう?そこまでCMのスポンサーや広告主をたてながら視聴率だけを稼ぐために非常に厳しい労働条件でクリエイトして骨身を削っているはずなのに、どのCMも詳しくはWEBへ!って、テレビが完全に飛脚になっている。メディアだからそれが最終形なのかもしれなし、WEBの出現でそれがより明確になったと言えばそれまでなのですが、それにしてもテレビ関係の人たちの未来はかなりトンボの尻に近い。これを指してもはたしてロングテールと言うのだろうか・・・。
 で、断層である。どれぐらい断層があるのかな???と何の手がかりもなく、疑問が疑問を生みはじめて久しい時に、あれ?この書籍は面白いと買ったところ、出てくる出てくるその答えに対する視点の数々。それをこのブログで網羅することは、著者に対して1から10までリスペクトしている私にはできない。洋泉社から出ている「メディア進化社会:小泉信良著」¥952(税別)なので最寄の書店で買ってください。つまり、このテーマで共感できることは、「明らかに断層はあり、それは、共有・共生という方向ではなく、大きな変革をinとoutに齎すだろう。」という実感である。かなりリアルな実感である。そのうち一般家庭にも分かる表現で絶対に出てくるでしょうね、テレビのリアル視聴率を解析するソフトウエアが。そして、それを実際にテレビで観ながら、テレビ番組を観る時が近い将来に現実になるでしょう。だから、デジタル放送なんでしょうね。デジタルテレビの中にあるHDDがさてさて、どこまで、機能を発揮するのか?なぜデジタルにしたかったのか?誰がデジタルにしたいと思ったからなのか?デジタル放送の数多の特典の裏にある仕掛けはさてさてFAKEなのか?TAKEなのか???

登録ありがとうございました。

 1月の中頃に「全国ホームページ制作会社検索」サイトに登録をお願いした。やっと最近、申請が通ってポータルの中に掲載してもらうことができた。よかったよかった。こちらに登録したからといって全国からお仕事の話があればいいのですが、オンラインの世界はいろいろ検討して考えて出さないよりも、出してからいろいろ考えればいいし検討すればいい。不具合があればクローズすればいいのですから。どうも、個人情報だとかセキュリティーの問題に敏感になりすぎて、そればかりを気にしすぎて、一番、言いたいことや伝えたいことが未熟な展開が多いように思います。そもそも、WEBサイトはより多くの人にたくさんのエリアの人に自分の存在や自分の会社の存在を知っていただきたいから作っているのに、それが、神経質になり過ぎて、プライバシーだのポリシーだのと確かにそれらは非常に大切なこと。ユーザビリティーだとかアクセスビリティーだとか、うんうん、確かに確かにそれも大切なことなんですが、一番最初のインスピレーションは「伝えたい!」があるはずなのに。ステレオタイプに考えすぎた場合、見やすい分かりやすい受け入れやすいWEBサイトはできるけど・・・、それだけ。ってことにならないだろうか。挑戦的なコトばかりもできないですし、実験的なことも意味がなければ、コストの無駄遣い。でも、だからと言ってやはり教科書どおりはイヤ!そんな気持ちで作った現在のサイトだったから、もしかして、ここのポータルには登録してもらえいないかな・・・と心配していたのですが、無事登録完了。でも、4月1日にもっとややこいのを創る予定ですので、それも登録してもらえるだろうか・・・。まぁ、創りたいものを創ろう。アクトは1503社目のようですね。

◎詳しくはhttp://webseisaku.hapstock.com/page/1503.shtm

「強み」とは?

 「自分の「強み」を生かすことは厳しい競争社会を生き抜くうえで欠かせない。しかし「あなたの強みは何か」と問われると、即答できる人は少ないようだ。」と昨日の新聞の記事。なんでもかんでも自分に問いかける時代、それが何の競争社会かについては深く追求せずに、とにかく何がなんでも競争社会って言っておけば、そこそこ、なんとなく社会だろう・・・みたいな記者の緩さが否めないが、このことを突き詰めて仮にこの記事を書いた記者と編集者と話をしたところで、多分、ポカン状態でしょうね。それが義務教育の優等生の視点ですから。あの時から教育が変わり社会が変わり経済が変わって、その状態を「競争社会」と教えられたらそりゃ「カゴの中のねずみ」は車輪の中でグルグル回るでしょうね。それがベースにあるから、この場合の「強み」もさて何を指していることだか・・・。そして、その「強み」を見つけて仕事に生かすって、そんなに「仕事」って存在は都合良くないぞ。逆説で言えば「強み」があるから仕事ができるのか?そうではないだろう。「強み」を他の言葉に置き換えるとすると「アドバンテージ」になるのだろうか?それとも「ポテンシャル」になるのだろうか?それとも、デバイスか?ウエポンか?バックグランドか?横文字しか置き換える言葉に思い浮かばないのは日本語の「弱み」!?
 で、どれぐらいの「強み」だったらいいのですか?という基準のお話にもなるし、10名の組織だったとしてその「強み」は1番がいいのか、5番がいいのか?ということも気になる。この記事の緩さはその側面をきっかけに次から次へ思い浮かび、最後に「自分の強みを生かし、弱みも強みに変えられれば、仕事の成果を上げられるはずだ。」と締めくくっているが、これもついてはもう論外。そいういう意味で新聞のニュース以外の記事は面白い。新聞が基準値だと思って編集されているから、その基準の設定がなんとも緩い文章は喜劇のシナリオに近いほど文脈が崩れている。
 さて、このような新聞記事にツッコミを入れている私自身のこの視点は「強み」なのだろうか?「弱み」なのだろうか?だから、「強み」って何だろうと疑問が疑問を生む新聞記事でした。

アベンジャー上・下 / F.フォーサイス

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 最近、書店で発見し読んでるのですが、ようやく上が終わり、下の今1/4ぐらいのところ。一番いい部分ですね。話はかなりヘビーなのですが、やはり、海外の作家の中でもF.フォーサイスはベッカム。まぁ、キング・クラーク・セーガンと同じレベルです。2冊ほど読んでいない話があるのですが、それ以外はすべてハードカバーであるはずです。文庫になるまで気がつかなかったとうのが悲しいですが・・・。で、詳しくはまたサイトをご覧頂きたいのですが、この中で気になるのは「情報」という存在です。現代は情報なんとか時代と捲くし立て捲くし立てで舞い上がっている人も舞い上がらせている人も十人十色ですが、「情報」とは何か?を、フォーサイスのあの緻密な設定と物語力でグイグイモノなのです。もしかすると(いやいや、もしかすると自体がナンセンスかもしれませんが・・・。)情報が氾濫している飽和しているって言われていますが、実はそれは本当なのか?その情報は本当に何のための情報なのか?飽和しているだけで氾濫しているだけで、実は情報ではないかもしれない・・・とさえ、疑心暗鬼になりそうなこの書籍の説得力。さすがです。あと3/4がなんとも楽しみなのです。

◎詳しくはhttp://www.kadokawa.co.jp/sp/200408-01/index.html

アートな感じがしました。

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 長浜市内にこの春オープンのホテル様の建築現場なのですが、入り組んだスチールパイプや電線などが規則正しく構成されたアート作品を観ているような気分でした。ここは何の部分になるのでしょう?このあと階段で屋上までご好意で上がらせていただいたのですが絶景!!!あいにくの曇りで少し冷たい風が吹いていたし、私の体調!?もかなりダウンだったのですが、ですが、360度の視界は爽快そのものでした。春や夏や秋にいろいろな風景に出会えるのだろうなぁ~、夏にここで花火を鑑賞しながらビールを飲んだら美味しいだろうなぁ~と考えてしまいました。また、2階には大浴場もありますし、完成グランドオープンが楽しみです。

久々の38.8度。

 健康管理はしているつもりでも、連日の38度超えは気分的にも体力的にも滅入りますね。インフルエンザではどうやらなさそうなのですが、でも、辛い。なんとか昨晩熱は薬で下げられたものの、身体のだるさとか頭のボォ~っと感が抜けません。今年の冬はかなりの暖冬で雪も少なく仕事の面ではとても助かっているのですが、寒くなったり暖かくなったりが交互に訪れると体調を崩してしまいます。歳だし一回風邪をひくと長い。これも辛いです。

ENYA「雪と氷の旋律」

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 3年ぶりのアルバムである。同封されたパンフの中にエンヤさんの作品づくりについて記述してある部分がありました。とにかく作品づくりに時間をかけるエンヤさん。その独特の世界観は「DRIFT」しながら創るとのこと。なるほどなるほど、つまり、プランというか作品づくりのスタートラインを決める際に最後の完成形まで綿密な設計図は描かない。最初のインスピレーションさえあれば、あとは自分の感覚がドリフトしながら作品を作っていくという作り方。長い時は発表するまでにひとつの楽曲を1年以上手つかずで自分だけの世界の中に漂わせて(Drift)おくらしい。素晴らしい作品にはやはり素晴らしい創り方があるものです。時間に追われて追われてじゃダメですね・・・。

高いけど安いか・・・。

 日本って難しいと思いますが、逆にニュアンスの部分でいいベクトルに広がる場合もたくさんあると思います。言い切るからいいのか、言い切らないからいいのかということなのですが、この不透明な不景気な時代、「安かろう悪かろう」などという言葉が氾濫している。何がなんでもコストはかけたくないから、安くなければ、安くて当然という風潮において、だったら、モノが悪くても仕方ないか・・・みたいなニュアンスなのだけれど、この語感にはかなり「妥協」が入っている。「こんな不景気な時代から、高い買い物は控えてとにかくどこよりも安いモノで我慢我慢。」というタイプは悪くとも納得というベクトル。ただ、この「安い」という基準にも、「悪い」という基準にも、正確なモノサシは存在しない。世の中で一番安い数値は¥0ですし、極端な「悪いモノ」を¥0で入手するのかと言えばそうではなく、「安かろう悪かろう」なりに、そこそこ感を期待している感じ。そこにもしっかりと基準のようなモノサシがあり、ここまで安ければここまで悪くても仕方ないというモノサシがある。情報が飽和している時代だから、価格の吟味は以前よりも数段リサーチできる。しかし、その情報の中にその価格と実態を吟味できるだけのディテールがあるかとなると???となるはずである。デジタルコミュニケーションの落とし穴はここである。比較はできるのですが、実態を100%掌握・認知しているかの部分が緩い。ではより多くの検討指数の中からひとつを選ぶ出すという%がその情報の実態かと言われるとそうでもない。ならば、その価値を正確に判断するのは何だろう?イメージやデザインもその価値判断に大きく影響しているだろうし、機能や構造や品質も判断材料である。また、その時の気分も大きく判断のクオリティーを左右している。
 で、「高いけど安い・・・」という言葉。この言葉にはこれらの判断基準の一番いい部分だけが反映・適用されているように思います。この日本語はなかなかいい。「高い買い物をしてしまったのだけれど、実際にそれを自分の目で見たり手で触れたり道具として使ったりした結果、このリアリティーなら安かった・・・。」があって初めてこの言葉につながっていると思います。で、言えば、商品の価値とは代価と交換して初めて自分の中の価値基準と融合して正しい感触になるということなのだろうか。それを、代価と交換する前に妥協して「安い悪い」で判断している人は結局、見えていないということになる。これが氾濫している市場にどんな商品を出せばいいのか?教科書に沿って「ターゲットを設定しましょう!」とは言ったものの、本当のターゲットは反面なんとかでそれを売ろうとしている自分自身の中にあるように感じた言葉でした。

BUG(バグ)

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 昨日、この映画を観た。レンタルショップにはDVDが1本しかないので、レンタル開始からかなり待ったがようやくレンタルできた。かなりテンションの高い紹介コピーに心を魅かれて興味を持ったのですが、このパターンはよくあるが、50%ぐらいの確率でハズレに出くわすのやはり50%の期待感で観た。バグとは虫という意味があるのですが、他にもコンピューターシステムの不具合などにも使われる言葉でなじみがある。映画の詳細は割愛するとして、かなりソリッドなシチュエイションでした。たぶんこの映画は国内では興行が低いだろうと思います。それを計る基準としてやはり、レンタルショップで本数の少ない映画は興行成績に比例していると思うし、映画を観終わった段階で、このタイプはたぶん無理だろうなぁ~と感じてしまいました。多分、映画の宣伝文句を読んだ方は「エクソシスト」や「サイコ」を期待する。しかし、それよりもより複雑な設定だし、よりインパクトのある物語だから、「エクソシスト」を期待した方は物足りないだろうし、「サイコ」を期待した方はそのディテールに圧倒されるでしょう。最近では、「ハプニング」という映画と比較して「恐怖」という視点で分析した場合、恐怖のボリュームは明らかに「ハプニング」の方が巨大ですが、人の心に潜むパラノイアの部分では「BUG」の方が深い。人間の心のバグが人間をこう変えてしまうのか・・・という映画ですね。
 でも、DNAには多くのバグがあり、癌もそのひとつ。しかし、そこから新しい進化がはじまるとも言われているから、バグなのか進化の芽なのかそれは神のみぞ知るですね。神がいたらのお話ですが。

◎詳しくはhttp://www.bugmovie.jp/

夏目漱石とウェーバー。

 混迷の時代背景をどう読むのか今全世界が同じベクトルでこの問題解決に取り組んでいる。日本の政治への不信感や経済状況がちょうど明治維新の頃と似ているという理論を元にこの問題解決を定義している書籍を昨日買った。その書籍の名称は「悩む力」である。その中にメタファとして夏目漱石とウィーバーという人物が登場する。彼らの洞察が今の時代への問題解決の糸口にならないだろうかという著者の洞察である。夏目漱石は文学的にウェーバーは社会学的にとアプローチが展開されている。非常に面白い。まだ、10ページほどなのですが、まず、その書籍の中ある見慣れない語彙にワクワクする。最近はちまたでは漢字検定ブームらしいですが、これにはあまり興味がない。しかし、語彙を再発見することは引いては温故知新ではないが古き先人の知恵を借りこの混迷の時代を乗り切るひとつの大きなアプローチなのかもしれない。また、この書籍のポイントは自分自身の目線で切り取りこのブログで紹介させていただくつもりですが、まず、冒頭にこんなニュアンスのことをこの書籍の著者は記述している。
 現代社会のストレスの構造とは、「固定観念と変動する価値観との摩擦」と書いている。確かにそう言われるとそう見えなくもない。ある一方ではこの摩擦を「第3次世界大戦」まで展開している方もいるようですが、これもある意味人間の業である。しかし、そこは歴史から学んでほしいと懇願するばかりですが、世界がそうなったとして何が変わるのかをちょうど100年前に漱石とウェーバーは考察している。これが驚愕である。ひさびさに語彙をかみ締めながらドキドキしながらこの書籍を読んでいます。

空調工事

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 今日はアクトの空調機器が壊れたために入れ替え工事でした。アクトも設立から15年ということで、いろいろガタがきているということです。まぁ、会社用のエアコンなのでもう天井の噴出し口を新しく開けて天井裏の回線やパイプも全て新規で設置。大事でした。1日で工事をお願いしたので、外に3名、中に5名の計8名の現場のスタッフの方に朝から入っていただき無事完了。以前の噴出し口がひとつだったので、けっこう冬も寒くて夏も暑かったので、噴出し口が2つのパターンにしてもらいました。皆様、ほんとうにとっかん工事ですいませんでした。ありがとうございました!

システム化?ノウハウか?

 そもそもデザインとは「システム」なのか、「ノウハウ」なのかと迷う時がある(かなり頻繁に・・・)。それは、特に同業種のパンフレットやWEBを見た時などそう思うし、自社の販売促進ツールを作ろうとする時にこのようなことを考えてしまう。まぁ、常にいろいろな仕事をさせていただく度に、お得意様の商品や業務内容をデザインする時にも同じベクトルである場合が多い。まず、「システム」という言葉は「企画」や「イメージ」と同じぐらいに使いやすい言葉だし、その汎用性はかなり高い。また、「ノウハウ」という言葉も同じ。それぞれの意味にはいろいろな意味が含まれているので、その言葉を使う状況のケースバイケースでどのような意味にも伝達手法にも活用できる便利な言葉だと思う。言葉とはコミュニケーションの道具だけれど、それ自身が時に一人歩きをする場合があり、「システム」も「ノウハウ」も便利な割には本来伝えたいことを本当に伝えようとする時にはあまり効果的でない場合が多いように感じています。それを使っておけばその場は凌げるかな・・・という時に意外とチョイスしているような。総じて「デザイン」も時にその言葉の大きな意味に依存して本質からずれていても「デザイン的に~」などと強引に説明を展開させてしまうことがある。可能な限り、「It means~」で補足はしているつもりでも、短時間で伝えなければいけない場合や相手様が「お急ぎモード」だったり、とにかく早く答えを欲しい方については、包括・結論から入って、補足と微調整で終わるという場合もある。
 で、今の日本はどっちだ?というこなのですが、「システム化」が現在の文化や高度な教育を実現し、生活水準もこの恩恵を受けている。しかし、高度成長というシステムの裏には実はポテンシャルとしての日本人のノウハウがあったから、高度なシステムが機能したはず。しかし、この世界恐慌において、そのシステムが悲鳴を上げている。そこでノウハウを持っている方はどう動くのだろう。それが一番興味がある。システムに依存している方は「ノウハウ」という言葉に依存して結構ふりまわし、本当のノウハウを持っている方は「システム」をFAKEの道具として活用しているように思います。さてさて、そこで、デザインである。デザインが「システム」なのか?「ノウハウ」なのか?という冒頭の問題提起に対して、一番手短な答って何だろう?なんとも結論の緩い独り言である。が、これが意外といろいろなケースに当てはめることのできる真実だったりするから面白い。
 つまり、ゴールは設定するのですが、それは実はゴールではないと言い切れない緩さというか、真実とは実はそこまでのアプローチであり、まだまだ、経過よりも結果だという信念らしきモノに振り回されていると盲進しかねないと思うのです。

どうあるべき?

 年末からずっと自社のWEBサイトのリニューアルデザイン案を考えている。テレビや映画や雑誌や書籍やと何かサインがないかと、ことある事にそういう目線でモノゴトを見てしまう。まぁ、これはこの仕事を始めてからもそうですし、芸大の頃も、その前の段階でも、何かを見るということが、自分が何かを創りたいと考えるときのためにヒントにならないだろうか・・・と常に「何か面白いことは」「何かインパクトのあることは」「何かググッとくる表現は」という目線で見てしまう癖がついている。そういう意味では今の仕事は天職かもしれないのですが、こうも景気が悪いと同じように気持ちがダウンしていまいます。このダウンしている状態でも、この気持ちを何かバネにして笑い飛ばせるようなデザインにつなげることができないだろうか・・・と考えてしまいますし、世の中がどう悪いのか分析すれば、この時代だからそこのデザインとうか販売促進戦略が構築できるのではないだろうかと考えてしまいます。逆に売上げがいい(そんなことはこの仕事をして22年一回もないのですが・・・。)場合はどんなことを考えてしまうのだろうかと、もう妄想レベルのイマジネーションのスイッチがオンになると、根っからの貧乏症の私は、贅沢なんてだめだだめだと悲観して逆に危機感をあおられてダメ人間になってしまいそう・・・だから、今の状態が一番いい状態なんだと戒める感じ。たぶんどこを切っても日本人なのだろうと思ってしまいます。日本人の働き過ぎは景気のいいころは美談として捉えることができましたが、その日本人から仕事を取り上げてしまったら何が残るだろうか?あんなシンボリックな総理大臣しか残らないのでしょうね。
 で、WEBサイトのリニューアルのお話。いつも仕事でWEBデザインを考える時は専門誌や実際にPCでいろいろなサイトを見ながら、構想しているのですが、たまたま、ヒットした「全国のWEBサイト制作会社の検索サイト」みたいなポータルがあり、それをリサーチがてらチェックすると、まぁ~北海道から沖縄まであるわあるわでそんなに凄い数の会社があんのかい!!!とビックリしてしまいました。そのポータルには約1,000件以上の登録があり、北海道から沖縄までWEBサイトに関連するいろいろな技術やプログラムやタイプ別にデザイン会社が登録されていた。その一覧画面にはそれぞれの会社のトップがサムネイルで小さく掲載してあり、そちらをクリックするとそのサイトに飛ぶ仕組みになっていました。けっこう、300件近く、サムネイルレベルでいいかなぁ~と印象が良かったサイトを表示させて少しウロウロしてみたのですが、大きく3つのタイプに分かれているような感覚でした。詳しくはまたいずれということで、その印象で総括すると、ほんとが同じようなことを違うそれぞれの言葉のままにデザインで表現している。印象のお話やエンジン対策などの仕組みのお話、そして、プログラムを連動させた仕組みや映像などのリッチコンテンツを全面に出して。しかし、北海道から沖縄まで見ていて感じたことは、国内のWEBサイトデザインの主流ってあるんだなぁ~と思った。どれもこれも同じ見えたのは、セオリーどおりにステレオタイプに創っておられるところが90%だった。あれ、個性的だなぁと印象があっても、仕組みが緩く、がっちり創っているなぁ~と思っても、中身が空洞。とトータルバランス的に「ええやん!」というのはこのポータルの中にはなかった。他社のことを心配する前に自分のところをなんとかしなければいけないのですが、WEBサイトデザインのセオリーが固まり過ぎてすべてセオリー通りで無個性な印象が結果強かったのです。もっと北海道らしい、もっと沖縄チックな、もっとアートなもっとポジティブなと。デザインって差別化するための表現手法なのに、ステレオタイプの方がユーザーさんは安心なのかなぁ~といろいろな意味で勉強になった。しかし、この考え方でアクトのWEBサイトをリニューアルするつもりはさらさらない。しっかり創ってなんとか年鑑に載せたいとも考えたことがないし、はなから無理だと思っているからダメなのかもしれませんが、ダメでいいと思っている。つまり、デザインを考える人は教科書だよりでいいのかってことであって、そりゃ、「よりどころ」や「保険」は欲しいですが、もっと破天荒なところがあってもいいかなと考えています。なんでも追いかけると逃げていくような気がするのです。これも負のベクトルかもしれませんが、どこかの部分で「挑戦」はしたいと思っています。そして、「どうあるべき?」の微調整をしていきたいと・・・モヤモヤしております。さてさて、どんなモノになるのだろう。3月中には完成したいと思っております。

「百万円と苦虫女」いいっすわぁ~。

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 ほんとにほんとに邦画は見ないのですが、やはり、これは観てしまいました。この前に観た邦画がミッドナイトイーグルなので、ひさしぶりでした。邦画を観る時の基準も緩いのですが、緩いなりに失敗も多いので、結構いろいろ予習してから観るようになってしまいました。すると、予習し過ぎてイメージがいい方向に膨らみすぎて結果的に「あ~あ、やっぱ無理無理」と映画開始10分ほどで結論が出てしまうパターン。これが辛い。普段映画をDVDで観ている最中にその場所を離れることは一切ないのですが、テンションが下がりはじめるともう集中できずにコーヒータイムになったりしていまいます。そんな自分の中での邦画のポジションですが、好きな俳優(いないのですが・・・)や女優さんが出てる映画はチェックしています。とは言え、中でも邦画を見る基準は蒼井優ちゃんが出ているか・・・という基準しかないことに最近気がついてこの映画もWEBでも映画の専門誌でもリサーチせずに安心してDVDをレンタル。そして、終わった感じはやはり想定以上。間違いないですね。どうも、フラガールからこのパターンでしか邦画を観なくなってしまいました。
 で、「百万円と苦虫女」ですが、監督の目線がいいですね。さすが今日本人の映画監督が一番使いたい女優だけはありますね。安心安心。新作は山田洋二監督、吉永小百合さんと共演の映画ですからね。う~ん、素晴らしいです。音楽シーンなら木村カエラちゃん、映画なら蒼井優ちゃん。この二人に追随するライバルは今のところ超主観ですが、見当たりませんね。
 この映画はひさびさの主演ですが、まぁ主役とか脇役とかじゃなくていいんですが、内田有紀さんの「クワイエットルームにようこそ」の蒼井優ちゃんもよかった。でも一番好きなのはやはり「虹の女神」の妹役でした。

◎詳しくはhttp://nigamushi.com/

◎詳しくはhttp://rainbowsong.jp/00_top.htmlへ

強烈な不景気の嵐。

 世界恐慌の嵐が世界中に猛威を振るっています。まだまだ強烈な出来事が起こるだろうと言われている。身近でもその嵐は吹雪いている。どうやりすごすのか、どうして真正面から向かうのか。それぞれの立場でそれぞれの分野でそれを真剣に考えている人、机の上で何かを右から左に流して自分は安泰だと信じて疑わない人、自分には何もなくただ情勢を傍観するしか仕方ないと諦めている人。自分が誰なのか?自分にできることは何なのか?世界中の誰もがそんなことを考えているのでしょうね。頑張っている人といっしょに頑張っていきたい。頑張っている人たちに声をかけてもらえるように動いて考えて創りたい。ただ、そう考える2月の1日ですね。