「BANZAI」木村カエラという価値。

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 それは勿論ファンであること以上に深い意味はないのですが、その部分を冷静!?に考察してもやはり「元気のあるWEBサイト」、「元気のあるデザイン」を創りたいと願う。いつの頃かこのデザインという畑に入らせて頂き目指すところは「有名になる」とか「多くのお金を稼ぎたい」などから「自分らしいデザインを創りたい」に変化してきたことは否めない。「好きなことを仕事にしたい」という方向のベクトルがいつしか「この仕事しかできないだろう・・・」に変化していったように。つまり考えている時期はいろいろなことを一生懸命にベストを尽くしているつもりでも、考えて考えて努力して努力してても、それを自分自身に魔法のように呪文のように言い聞かせているだけで、実はそれほどリアリティーのない感覚だったように思います。何でも仕事は同じであるべきであるはずですが、いやいや、これだってことになるにはスタートラインで感じていたはず、見えていたはず。だから、最近思うことは特に長年この仕事をしているからと言って自分の中のセオリーやフォーマットや雛形をできるだけ崩そうと思って仕事に取り組んでいます。何でもそうでしょうけれど、自分のスタイルを尽きるめるほど簡単なアプローチはないですし、それは「こだわり」や「想い入れ」などという言葉で美化はできるだろうが、そうではないような気がしています。それはこの仕事に限ったことなのだろうか・・・。それさえもうどうでもいいこと。
 で、木村カエラちゃんのいろいろなテレビでの言動やアクションをはじめCDやDVDやBOOKSなどを見るに感じるにそれが確かにクリエイターを通して魅力が確実に増幅しているように感じるのです。そこにグラフィックデザイナーの大御所のひなびたオーラなど微塵もないし、どこかの図録にあるような「この図録のデザインはトッププラスですよ的なめんどくさいデザイン観」も存在しない。とにかく、元気になれるデザインが目につく。これがしたいとストレートに純粋にそう感じられる。このニューシングルのジャヤケシャもしかり。元気は理屈ではないが、感覚でもない。確かに存在する木村カエラという魅力的な存在感のリアリティーを増幅させている。そして、そこには無理がなく淀みも衒いもない。だから何かが伝わるのだろう。決して「こうであるべきだ」や「こうでなくっちゃいけない」などという痛い感じは微塵もない。

◎詳しくはhttp://kaela-web.com/discography.html