木を植える男。

 仕事をしながら休みの日や空いた時間に日本各地の山などに一本一本木を植えている方がいるらしい。大きな財団でも企業でも公的な施設の方でもなく、あくまでも一個人のお話。植樹作業は時間もコストも必要なので毎日の生活はできるだけ切り詰めて一本一本木を植えることに使命感を持ち自分の足で全国に木の苗を植えておられる。

 このアクションについて思うことはテレビのコメントも言っていましたが、一番何より「確実」だということである。エネルギーを使い放題の会議室で二酸化炭素の排出量をどれぐらにするのかしないのかに費やされている時間、なんとか党の演説車がうそか本当かわからない文脈を大切なガソリンを使って垂れ流している行為、国民の税金を国民の税金をと言いながら椅子に座って議論こそが正義と勘違いしている役職の存在。これらの皆様がご自分の所得でご自分の両手に抱えることができるだけの木の苗を抱えて山に一本一本木を植えた方が地球との共生ってもんでしょう。乱暴な文脈かもしれませんが、この木の苗を植えている方の言葉と勘違いしている方の言葉、どちがら質量がありますか?というモノサシで地球のことを考えたら答は出ているように思います。

 もう、底が抜けたダンボールのような国であることは誰もうすうす感づいています。上なのか別室なのか分りませんが部屋に集まってひそひそ話は止めましょうよって感じです。そんな「政治ごっこ」で日本が変わるのかな・・・。アメリカの破綻と日本の経済、深い関係が因縁がなれあい感があることは現実として受け止めた上、ひとりひとりが一歩一歩何かしなければ、抜けた底は補えないような気がしています。非常に漠然とした概念・通念・観念かもしれませんが。

 で、微々たるアクションかもしれませんが、私自身は自宅の庭にスペースがあれば、栗の木を植えたり果実の木を植えたり野菜を作ったりしています。でも、それは、地球のことも考えてですが、その目的とは別に鑑賞してとか実が生ったら嬉しいとかレベルの目的でやっています。でも、大志を抱き過ぎて机の上の議論で満足するよりも自分のできる目標で目的でぶれていないことを続けていくことが大切だと思うのです。そんなことを考えていたものですから、この「木を植える男」のお話をテレビで観た時にちょっとグイグイときました。