日本のサイクル。

 日本のサイクルは何かにつけて無意味に早いらしい。なぜそんなに急ぐのだろうか・・・みたいな感じじゃないの?それがどうしても効果的な展開力があるというニュアンスにならないところが辛いのではないでしょうか。これはただの抽象論なので、具体性に欠ける、非常に欠ける直観以上の妄想かもしれないのですが、そんな感じがしませんか?

 というのは、若干、海外にメルトモや知り合いや友人がいるので、その皆様といろいろ情報交換していると、考え方のボリュームが大きくゆったりとして余裕がある印象を受けるのです(たぶん、それは、私自身がセカセカし過ぎ・・・)。だからというわけではないのですが、いろいろな情報のディテールを貪欲に集めていると、どうも、ジパングはおかしいような。たぶん、これもそいういう流れの一部しか見ずに感じてしまっている非常に部分的な印象なのかもしれませんが。

 で、WEBが世界を網羅しているといいますが、そうも思えない。よくよく吟味すれば、都合のいい情報だけが飽和しているように思え、情報のその向こうにあるディテールやマテリアルやフィーリングやテイストなどは決してWEBの中には存在しない。だから、簡単に飽和させることが可能なのかもしれない。この広い地球上でそれが例え「情報」という抽象的な概念であったとしても、飽和するなんて不可能ですものね。となると、これらも仮説に過ぎないような。

 逆説的に「日本のサイクルは変?」と仮定した場合、いろいろなことのつじつまが合い始めるのは何故だろう?デザインという仕事上、情報も含めてアイディアやチップスやディテールやマテリアルやフィーリングやテイストやストレスやサティスファクションなどを組み合わせていかなければいけないので、ベースをどこに設定するかしっかり土台を吟味する必要があると思っております。