考え方、考える場所。

 よく散歩中にアイディアが浮かんだとか、車の運転中に面白い企画が浮かんだとかっていう話を聞くことが多く、書籍でもそんな風なことが書かれていることが気になります。自覚的には、確かに、じっくり机に向って白い紙に気持ちを集中すればするほど頭の中が真っ白になるという経験があり、仕事で締切が迫っているのにまだデザインのアイディアが浮かばない浮かばないで冷や汗感覚は若い頃にかなり体験しています。企画を考える方法や構想やデザインを考える場所についても、考えることを仕事にしている人は確かにこだわっているように思います。資料を用意して大きな会議室で、さぁ、皆さんでこのイベントの自社の販売促進プランのアイディアや構想プランを考えましょうっても絶対にいいアイディアなど出てくる道理はないと思う。だから、以前に勤めていた会社で会議会議会議となると、別の視点で会議をエンジョイしなければ非常に無駄な時間になってしまうことに気がつき、会議を回す人やそれに反応しない人などを観察して、自分の意見はお茶濁し程度。これが一番頭が回る会議への取り組み方だったような記憶があります。これも、自分のスタイルが見えていたから、木を見ず森を見る方法であり、時に鳥目線になり時に昆虫目線になることで、会議を生産的に完結できる、言わゆる逆療養的なアプローチ。が、これがあからさまにエンジョイしてしまうと怒ってしまうタイプの会議の進行役や反対ばかりされていると感情がどうしても言葉に表情に出てしまうタイプの人が会議にいる場合はそこを上手く回さなければいけない。会議を回す立場になった時でもこの視線がかなり有効に働いた。つまり複数のことを同時に走らせている状態の脳の活性率と、ひとつのことに集中しなさい的な立場に自らを置いても自分は活性しないということにいろいろな経験値から気がつかなければスタイルは生まれないということ。特に場所と毎日の生産性を上げなければいけない場所ってのは本の並べ方や書類や資料の置く場所にもこだわりたい。引いていは椅子や机の色やメモの貼り方など「気になる」ってことは絶対に何かの理由があるので自分の一番いい状態にするために、場所を創る必要がある。そして、どういう状態でだったら自分は何を考え、どんなシチュエイションの時にどんな発想が出てきたかなどもメモしたりノートに記録しておくとそのことで新しいアイディアや処理方法が発想できる場合がある。

 で、その逆で、日頃から大変お世話になっているが、PCの中には何もない。発想を産むためのディテールも脳を活性化させる質感がない。だから、今では昔ほどPCやインターネットやソフトウエアには期待していない。これらは決定的に何かを考えてから望めば使えばいいと考えています。キーボードやマウスを使う前に目と頭と手で何かを考えるべきであると思っています。