今日は選挙。

 今日は選挙。若い頃はほんとに100%無視していた選挙。少しだけ興味が出たもののさほど真意ではあの頃と変わってはいない。が、義務として一票を投じることには意義があると思うように努力していみるが、非常に微弱な権利である。とは言え肯定も否定もしていない。それが義務と権利なのかもしれないとは思います。誰かが何かのために創った言葉「義務と権利」。

 大阪人のノリで「なんでやねん!」というフレーズがある。これは英語に翻訳できないらしい。直訳なら「WHY?(何故?)」でいいように思えるが、微妙にニュアンスが異なるという訳。確かにニュアンスは違うような気がします。ユーモアに本質があるように、言語にも本質がありルールがある。「私はこう思うからあなたもこう思ってほしいけれど、それが無理ならば、また、このことを覚えておいていつか考えてくれると嬉しい。」このコニュニケーションのディテールには政治的なボキャブラリーで言うところの「共有」になるのだろうか?文脈が成立するステージが異なるとこうも真意がねじれるのだろうか。

 で、したり顔の党首がテレビのCMで何かを言っていた。特筆するようなことはなく、別段記憶に残ってはいない。ただ、こう思ったことだけは記憶に残っている。「なんでやねん!」