能力の差と努力の差。

 あるお店に行くと「リーダーの条件」的な意味合いのパネルが掲示してあった。7つの言葉がそこに書かれていてなかなか組織の中におけるリーダーシップを発揮するために必要な七箇条だった。その7番目に書かれていた言葉が気になった。

 「能力の差は小さく、努力の差は大きい。」という言葉。人の経験値や知識・学力はそれほど差はないが、人間としての能力が大きく異なるのはその人の努力の結果であり、何に対して努力してきたかが言わばその人の存在感になるという意だろうと思う。才能やセンスのある方はたくさんいて大きなビジネスや偉業を達成する人もモノゴトの入口では普通の人だった。が、そこから結果を出し今も充実した時間を過ごしておられる方たちはやはりの部分で努力を積み重ねてこられたということは疑問の余地がなく、何か新しいことを始めようとする時に、この覚悟ができるかできないかがキモ。しかし、現代の経済がこれほど沈滞していると言われ続けている情勢の中で、何か新しいビジネスやさらなる拡張を設定するにはよほどの覚悟がいるように思います。

 実際、自分自身の高校時代や大学時代とは明らかに違う日本経済観があるということが、教育や企業の存在感に深く関連してこから社会に出ようとしている若者にどんな世界が待っているのだろうと考えてしまう。この時点ですでにかなりネガティブであるし、大志を頂くには大志の抱き方についても複雑になっているような気がします。

 で、能力と努力の違いは何だろう?また、そもそも能力とは何?努力とは何?ってことになる。よく「好きこそものの上手なれ。」という言葉を聞いたり書籍で読んだりするが、「好き」が「人生」になるのか、「人生」が結果「好きだった」になるのかこれはもうアインシュタインに聞かねばならない。たぶん、「格差」なんて便宜上の言葉に過ぎなくて、「好き」と「給与」の方程式があるとすれば、このお店でやらなけばいけない「努力」のベクトルも明確になるのでしょう。が、なかなか、この方程式は複雑です。とてもこの言葉に対しての結論的な分析は手に余ります。