読まなくてはいけない本は読まなくていい!?

 確かにその感覚はある。確かにWEBで検索して得られる情報は均一である。かなり均一で誰でも同じことをすれば同じ情報に辿り着くこの検索機能は素晴らしいツールではあるが、さてさて、WEBの中にある情報の均一化が今後ますます加速しこの膨大な情報の中にあることが検索という行為で得られる最大の獲物ならそれはどこでも誰でもいつでも得られる獲物だからそこに時間にかけるよりももっと別の大きな意義を得るためには、「読まなくてはいけない本は読まなくていい。」となるのでしょう。

 携帯小説などというなんともふわふわしたジャンルがあり一度も興味がないので触れたことはないが、携帯キャリアをひとつのツールと考えると情報発信の携帯としては一度触れておかないといけないと思うの部分も、キーワードで現れる上位のWEBサイトはエンジン対策を施しそれぞれのエンジンが最適と分析したアルゴリズムの結果だからこの位置にヒットしていることにはそれ相当の価値があると認識する部分も、結局、本質から離れている。まぁ、何が本質かなどと限定できるほど世界は単純ではないものの多くの書籍に触れれば触れるほどその中にある価値に何かを感じてきたはず。が、昨今のデジタルデバイスの中にある情報のディテールは均一化され過ぎて「情報の本質」など無視して絶対数でグイっと持って行かれているような感覚がある。だから、WEBサイトには利便性と独自性のバランスが調和が必要になってくる。いつでも同じモノには普遍の価値があるモノとただ風化を待つ価値があり、情報を発信したことでそれで満足する仕組みから、発信のディテールに独自性があり、不特定多数の情報の中から選ばれるためにも、そこから新しい繋がりを得るためにも、バランスよく可動範囲の広い情報であったり、発信先と受信先が何かで絡み合うリアリティーが必要なのだと思います。だんだん、均一化され便利さだけを数量感だけで押しきれないほど受け手の目が耳が感覚が肥えてきているような。

 で、どんな本を読めばいい?つまり、WEBも広告もペーパーアイテムも、引いてはいろいろな生活必需品も会社も経済も国も同じ。それぞれが「読みたい本」にならなければいけないのでしょう。誰かにすすめられる「読まなくてはいけない本」ほどつまらない本はない。ならば、他の数多の万象も同じだろうと思うわけです。素敵な書籍はいろいろな疑問を投げてくる。それはその書籍の著者であり、その著者が影響を受けて継承してきた多くの価値観の軸の上から降りてくる疑問であり、書籍の中に存在するそれらの価値に触れることは、驚くほどWEBの中にはない。これは今更ながらとても不思議な現象です。