2009年10月 アーカイブ

情報紙S.O.S.のバックボーン。

 そもそも、2001年にこの企画を大阪芸大時代、東京時代、新大阪時代、そして、地元滋賀県の仕事仲間に持ちかけさせていただいた背景は東京時代から小さいデザインプロダクションや個人のクリエイター様は自社の自己のPRツールや営業促進ツールを以外とお持ちではありませんでした。

 自分自身、東京や新大阪時代もデザインプロダクションとしての営業力のなさをその会社会社のトップや上層部に問題提起していました。しかし、大きなお得意先との関係上や営業拡販部隊の具体的な構想は会議の上だけ、机の上の議論で具体化することはなく、いつも長年のお付き合い先だけに固執して拡販がされず、それが、引いては内部の技術的な活性化にならず、結果、提案型のシステムを構築できない悪循環を感じていました。

 なぜビジュアルコミュニケーターであるクリエイターが自社の営業力に目を向けないのかが理解できずフラストレーションが溜まっていた感覚がありました。このことも前の制作会社をやめた大きな理由でした。つまり、WEBの潮流が来ているのに、傍観している。新しい取り組みに対して常に保守的なスタンスだったと記憶しています。自社の営業ネットワークを広げようとせず、広告代理店の便利屋に満足している。これらのことがどうしても理解できずモチベーションが維持できなくなりました。

 そんな、サラリーマンクエイター時代だったことと、ピンで活動しているクリエイターはグループ展や個展をしながら自己PRをしていることを耳にして、毎回、10~20の予算をかけて、DMハガキを作成する程度。これで果たして営業ツールとして成立しているかと疑問でした。

 そこで、これらのことを踏まえて、小さなデザイン会社でも、個人のクリエイターでも、人数を集めて編集されたペーパーアイテムが発信できないだろうか、しかし、コスト面で継続できないような高価な仕組みにすれば、その取り組みは単発で終わる。この部分を自分の中で構想したのが「情報紙S.O.S.」の創刊です。

 ですから、参加メンバーの皆様の営業ツールとして、それぞれの地域でそれぞれのネットワーク(企業様や関連施設や学校関連や仕事仲間など)に配布・郵送してもらったり、それこそ、馴染みにバーや関連企業様や観光・文化施設などに設置してもらっています。「話のネタ」として活用してもらっています。

 クリエイターへの仕事案件の発生は「これいくらでできますか?」よりも、「こんなことを相談したいのですが?」で始まるべきで、そんな相談をされるきっかけになるための情報の発信をこのツールでできればと考え、この展開を8年続けてきたものです。

 最初は12名だったメンバーも過去に参加してもらった方を入れると全国に100名近い歴代メンバーがおられ、定期的にその皆様へ新号を郵送して情報交換に活用しています。ここから生まれた新しいクライアント様は多いですし、この情報紙を通じてお知り合いになれた各分野のプロフェッショナルは把握できないぐらい広がっています。そのため、誰がどのフィールドにどのように発信しているかは編集長は把握していません。が、これらのコンセプトを理解してもらっている全国の皆様からいろいろな反応を頂けています。この程度のフリペですが、可能な限り、続けていきたいと考えております。そこで、コンセプトを「スモール・オフィス・スタッフス」と「スマート・オペレーション・サービス」をクロスして「S.O.S.」としているのです。

パネルの下絵。

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 この下絵はある施設のパネルを作成するために企画書を読み、イラレでトレスして仕上げるための下絵画像です。まだ完成していないのでどこのお仕事かは申し上げられませんが、警告パネルです。ガスの瞬間湯沸かし器を換気せずに使用していると一酸化炭素中毒で危険ですよというパネルのイラストを仕上げるための下絵です。この手のイラストはこの手法しかなく、上記のような特殊な例をイラストサンプル集で探すことも、ネットで検索することも不可能に近い。企画書の文章を読み、内容を理解して、イラストの構図やキャラを設定する作業がどうしても必要になり、昔から、書籍や雑誌の挿絵などをよくやっていたのでこの作業は非常に甲斐があります。このようなイラストのお仕事は絵の技術が上手いだけでは完成度が上がらず、一発で目的の構図をひねり出すのにもコツがあるように思います。こんな小さなコツの連続がデザインやWEBの仕事には必要で、粘り強く経験値を積み重ねることを「コツコツ」というのもなんとなくうなずける。(オチがダジャレ・・・。)

ノートが薄いという価値。

 どうもかねがねノートパソコンが「薄い=価値がある」という構図に疑問がある。目的別の価値観だろうから「薄い=便利でスタイリッシュ」というニュアンスは理解できるが、それで道具としてのPCを購入する動機にはならない。ちょっと昔にアップルが発売した薄いヤツも一瞬心が動いたが結論、PCは眺めてなんぼではなく、機能と利便性でなんぼだと思うので、それ以外のSOMETHINGで触手は動かないと気持ちを置きました。最近のモバイルPCについても、一時、DELLさんが非常にびっくりするような安価な価格でメルマガを送ってこられていたが、やはり、ピンとはこない。インターネットを活用するだけだからそれに十分なスペックがこのボディでこの価格ってことが売り文句だったが、それでもそれでも、ピンとはこなかった。

 という人間には「薄い=価値」ではないのは当然であり、機能競争とデザイン性の競争はどこまで続くのかという感じですが、技術的に限界なら限界でずっとそのシリーズを作り続けるということがメーカーはできないのだろうか。これがOSならば、XPからビスタヘ、そして、7へと右往左往しているのは企業努力として理解できるし、まだまだ、7には反応できませんが、あきらかに、MAC-OSのゆるいバージョンアップよりは価値を感じます。

 で、薄いパソコンはスルーしています。しかし、隣の芝生は青く、そうは思っていても、人が使っている薄型ノートは純粋にかっこいいーと思いますし、小型のモバイルノートの実物を見ると「これはありかも・・・」と心が揺らぐ。が、買わないだろう~うん、買わない!と天の邪鬼ベクトルで結論づけています。結果、機能面もコスト面もデザイン面も大義名分であり、必要不可欠な状況になってはいないということなのでしょう。ということは薄いノートが実は欲しいのか・・・?

アクトのケイタイサイトです。

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 まだ、内容は十分ではありませんが、アクトの業務案内や仕事面での記事や情報を中心に掲載・更新していこうと思っております。やはり、携帯は便利便利。また、こちらにもコメントをよろしくお願いします。オズサン!

あらためて携帯は便利です。

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こちらはこのブログのQRコードです。携帯の普及率は凄まじいですね。

男の「箱根」、女の「仙台」か・・・。

 この感動な感じはなんだろう。少し前までこれほど熱い気持ちで駅伝を観戦することはなかたのに・・・。間違いなく三浦しをんさんの「風が強く吹いている」を読み、もうすぐ公開の映画を知ったからに他ならいないのです。しかし、こうも一気に駅伝で感動モードになれる背景には自分自身もスポーツをやってきたことが少なからず影響しているだろうと思います。中学・高校と陸上・野球をやってきたと言っても輝かしい記録などなく、ただただ少し学校で早かったというレベルであり、最後まで1番だったわけでもなく、途中でケガと故障を繰り返しで、練習して治療しての繰り返しの中で、どれだけ悔しい思いをしたかも思い出せないくらい。もっと練習したいと気持ちがあるのに身体が思うように動かないもろさ。ここ一番で不安に襲われ大切な大切な場面で平凡なミスを繰り返す情けなさ。これが自分自身のスポーツの想い出。それも感動のレベルを上げていることに繋がっているのでしょう。

 優勝で一番でゴールテープを切る選手よりも、2番で悔し涙を流す選手、シード圏内に入れず、ゴールしながら涙を流す選手、勝負とは無縁の位置で最後尾をただ歯を食いしばりゴールを目指す選手、そんな選手を応援していると、自然と涙が溢れてくる。

 「仙台大学女子駅伝」、かなりヤバかった。さて、正月の「箱根駅伝」ではどんな気持ちになってしまうのかが想像できないぐらいです。「駅伝」カナリヤバイ・・・。

脳に悪い7つの習慣!?

「脳に悪い7つの習慣」という書籍の新聞広告より抜粋とコメント

1つめの悪い習慣「「興味がない」と物事を避けることが多い」
脳の「知りたい」という本能に逆らうな。「自分さえよければ」と思うな。脳の癖を知ってコントロールする。とあるが、まず、「興味がある」と「興味がない」をどこで判断すればいいのか?なんでやねん!

2つめの悪い習慣「「嫌だ」「疲れた」と愚痴を言う」
マイナスの感情は持つな。表情が暗いと脳も鈍る。「疲れない脳」はつくれる。とあるが、マイナスのベクトルがあるからプラスのベクトルへの振幅があると思う。愚痴を言うことは決してマイナスのベクトルでも脳が鈍くなっているわけでも、疲れているわけでもないと思いますが・・・。なんでやねん2!

3つめの悪い習慣「言われたことをコツコツやる」
「だいたいできた」と安心するな。上司に対して従順になるのはNG。勝負時はリラックスするな。とあるが、どこまでできたら安心すればいいのか?上司ありきですでにNG。本当の勝負はリラックスしたモードで戦うべきだと思いますよ、これが。で、なんでやねん3!

4つめの悪い習慣「常に効率を考えている」
頑固者が伸びない理由は脳にある。本を一回読むだけでは活かせない。独創性はやり方次第で身に付く。とあるが、「頑固者」って伸びている途中だから頑固さと向き合えるのでは?本は一回読むだけでって読み方でしょう。何が「独創性」かでやり方自体が均一化されたら本末転倒。なんでやねん4!

5つめの悪い習慣「やりたくないのに我慢して勉強する」
悔しい気持ちが脳の力を引き出す。「だいたい覚えた」でやめるな。記憶力アップには秘訣がある。とあるが、我慢は大切だと思いますし、だいたいも十人十色、まして、記憶力アップって覚えるだけにそもそも秘策などいらないでしょう。なんでやねん5!

6つめの悪い習慣「スポーツや絵などの趣味がない」
姿勢の悪さは脳に影響する。どうすれば集中できるるのか。「生まれつき」とあきらめるな。とあるが、趣味はそもそも習慣なのか?なんでやねん6!

7つめの悪い習慣「めったに人をほめない」
「伝えられない脳」をつくるな。たんたんとクールに話すな。自分を捨てる勇気をもとう。とあるが、伝えたくないと考える脳こそ大切であり、クールに話すことの意義はある。そして、この場合の自分とは何を指しているのか?これは日本語圏の中の慣習に根付く「自分」という定義にのみで語られてるような気がします。「自分」って簡単に線を引くともう一人に自分はどうすればいい???なんでやねん7!

と、なんでやねん!7連発でした。

なかなかいい感触です。

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 なかなか、イメージ通りのいい感触です。しっかりした作りの魅力的な商品ですね。

チエモクさんより到着!

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 S.O.S.でお世話になっている札幌市のチエモク(株)空沼工房様。久々にオンラインサイトを見ていたら何やら魅力的な商品があったので買ってしまいました。北海道の白樺の木を使ったペンです。

◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://www.soranuma.com/

あんじょうできてはる。

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 ほんとにこのクラスはすべて参考になりますね。ほんまにほんまにあんじょうできてはりますなぁ~。

◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://anjo.dekiteharu.jp/

貧困率!?

 年間所得が114万円以下だとこの国では「貧困」らしい。そして、その比率が現在15.7%だそうです。で?って感じ。平均値が288だそうですが、これは何の指標であろうか?なんでもかんでも率で決めて、なんでもかんでも以下とか以上とか・・・、それらを机の上で決めている人たちぜ~んぶに、「で?」って聞きたいですね。頭の中の活性率の何か指標が算出されたなら、どちらと言えばあなたたちの方が別の意味で「貧困率」が高いかも・・・。

BOURNE ULTIMATUM

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 やはり、買ってしまった。第4弾も絶対にM.デイモンでお願いしたいっす!

キングの真骨頂!

 「恐怖の帝王が本領を発揮、圧倒的恐怖の大作!」「孤島に暮らす男を襲う怪異。友人たちを見舞う怪死。この島には何かがいるのだ!悪しきものの棲む廃墟の館に隠された秘密とは?」まぁ、このフレームについては特に興味はなく、ただ、ただ、キングの新作が発売されたことが何よりも嬉しく、次は今年の直木賞か芥川賞を読もうと思っていたのが予定変更。新聞の広告には、キングが一番強烈でストレートだった頃の「シャイニング」や「デッド・ゾーン」の頃の香がするらしく・・・と書かれている。これはこれは読まずに何を読むというテンションになります。賛否両論だった映画「シャイニング」もただ音声をカットして観ればキューブリックの映像美は小説と充分にリンクするし、映画「デッド・ゾーン」もウォーケンの演技や設定が原作とマッチしていないとか言われつつも、その後のテレビシリーズではキングが描いた小説のテイストは十分に発酵していたと思います。何よりも小説「デッド・ゾーン」は20年以上前にワープロを購入してそれでブラインドタッチの練習にとその原作上・下を全て複製したほどの作品。書籍の一文字一文字をガチガチの指でブランド入力しながら、まるで、キングになったような気持ちだったことを思い出します。

 で、「悪霊の島」ってことで、マイケル・クライトンの「ジェラシック~」のような、フォーサイスの「アヴェンジャー」のような、テンションでじっくり文字を追いたいと思っております。やはり、巨匠の新作ってことだけでテンションが上がります。

Happy Wedding!

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 ご結婚おめでとうございます。厳格で厳粛な神殿。深く高い樹々に見守られながら誓うお二人の未来にただ幸あれと願うばかり。御招きいただきまして誠にありがとうございました。最後のシメのスイーツとコーヒー、とても美味しかったです。幸福な場所には幸福の熱がありそこにいるだけでその熱で身体が心が頭が暖かくなる。今後ともよろしくお願いいたします。

開発という言葉への依存。

 朝イチで「ポニョ」の故郷の開発問題に対して宮崎さんが述べたひとこと。「開発で何かが変わる時代は終わった。」と。朝から目が覚めるひとことだ。なぜこれほど日本の街並には風情がないのか、たぶん、風情を知らない人たちの手が入っているからだろう。風情という言葉は適切ではないのかもしれないが、風情ぐらい飲み込めないで人が暮らす街を考えられないと思うのですが。開発イコール経済の発展みたいな思考をどこかでリセットしないと開発が破壊に置き換わる瞬間が来るだろう。まさか開発が創造だとは思ってはいないだろうから、もう少しその土地が持っている普遍のエネルギーを感じ理解する時代なのかもしれない。雇用は生まれないかもしれないが未来は残る。

AYAKA&SUPERFLY

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 今はどうやらこの2枚が一番熱いような気がします。

千日前線・・・。

 ひさびさにひさびさに仕事で大阪に行き地下鉄千日前線に乗りました。う~ん、なにかどこか他の地下鉄とは違う。吹田にいた時もあまり千日前線に乗る機会は少なかったですが、やはりその時の記憶もちょっと・・・。具体的にどこがどうのというポイントはないのですが、全体的なイメージでしょうか、ちょっと泥の匂いが。「なんば」から「北巽」まで行ったのですが、進行方向から1両目、車両の中央にドカリと腰を下してブツブツ言っているおっさんが一人、思わず2両目へ、不思議な身なりをしたおばはん達がフルスロットルでコミュニケーション中、そのまま最後尾へ、その車両には12名ほど乗客がおられた。しかし、後ろの座席は両方とも開いている。なぜ?そのまま後ろへ行こうとするが、車両の中ほどでその原因が判明。そのままその車両を戻り、最後尾からひとつ前の車両で立っていました。午後3時という時間帯にも関わらず床一面のうどん。電車の中ほどですでにその酸味の利いた匂いに踵を返したのでした。さすが大阪、さすが千日前線。

S.O.S.の皆様へ。ここちらで~す。

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 情報紙S.O.S.のマスターメンバーの皆様へ。原稿依頼書の郵送が遅れています。大変申し訳ありません。火曜日(13日)に郵送いたしますので、ご確認ください。

 先行してスケジュールはPDFにてお送りしているものと同じモノと若干の参考資料ですが、あまり、こちらからの考え方を「決め打ち」をしてしまってもいけないと思い、あまり、資料を早く送らない方がいいのか・・・、などといろいろ悩んでいるうちに時間が過ぎてしまいました。

 原稿の締め切り予定的には18日でございますが、出稿予定が遅れるようでしたら、あらかじめご連絡を頂ければ問題ありません。上記の画像はちょっと読みにくいので、郵送させていただく別紙をご確認ください。よろしくお願いいたします。編集長 スギノヨシカズ

マキノ ピックランドにて。

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 秋の味覚ってことで栗です。とても大きくて美味しかったです。

「風が強く吹いている」はいい。

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 この物語の展開はまだ見えていないのですが、間違いなくこの作者の文脈は心地いい。どう心地いいのかについてはとてもこのブログの中で全てを伝えることは難しいのですが、やはり、風景描写と心理描写が心地いいということになります。仕事で読むソフトウエアやプログラムの本や啓発・啓蒙的な本、そして、経済やビジネス書というジャンルの本にでも、目的のための描写がありこちらは知識やノウハウを得たいと考える気持ちで心を開く感じが吸収率に大きく関係する。しかし、好きな小説を読む時のモードは純粋にその書籍の中に描かれている世界を感じられるか感じられないかで心地よさが増減する。そんなに小説を読む時の心の状態・準備はシンプル・単純でもないのですが、例えばそのモノサシでこの小説を測るとするれば、この物語はかなり数値が高い。三浦しをんさんの描く世界にかなりすでに心を持って行かれていますね。たぶんこの秋はあと数冊三浦しをんさんの作品を読むでしょう。

眠れなくなる宇宙のはなし

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 そう簡単に一般人が宇宙について見聞を広めることは難しいし、天文学に精通していたとしても何か自分自身の仕事や生活に影響があるわけでもない。ただ、宇宙に想いを巡らせることは無駄なことのように思えるのですが実はそれについて思考を巡らせることで、本体である自分のこと(思考パターンや考えのベクトルなどなど)が再確認できたりするきっかけになる場合があったりするので、宇宙についての興味は断続的ですがなくなることはないようです。

 たぶん、天文学の歴史的に人間の宇宙に対する知識はそれほど多くの歴史(情報)があるわけでもなく、今現在もあらゆる科学技術で宇宙への探究は日々広がっていて、現在も人間が知識として得ることができる宇宙とは拡大しているらしい。そのことと、古く天文学に携わってきた方たちの伝説や伝承物は今も脈々といろいろな生活のビジネスの一部としてカタチを変え構成されている現実もあり、あながち占星術なども軽く考えている私はこの書籍の中にある天文学の悠久の歴史探究で目から鱗状態ではあります。だからと言って眠れなくなることはないですが・・・。

 で、世界観が変わるきっかけとは「少し前まではこだったものがこうなった」レベルのきっかけなのですが、小さいことでも少しづつ活性化を繰り返していけば、新しいアイディアやモチベーションの元になるんじゃないかとの期待も含めてこの手の書籍を手元に置いています。

なんとなくの3冊。

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 「昆虫 驚異の微小脳」「ニッポンの評判」「健康という病(やまい)」はいつものことながら、気持ちをリラックスして心を解放して無作為に書店をぶらつき心に止まった3冊である。併読ジャンキー(中毒者)である私が仕事やフェイバリットファンモード以外の時に感覚的に何かを読みたい時に入手した3冊です。これに限らず見事に多ジャンルの本があり、途中でハズレ観に襲われ最後まで読めなかったりすることもしばしばなのですが、この時は体調が優れていたようで、この3冊それぞれに50~70%ぐらい読んでいますが、どれも、いい感じですね。

 まず、「昆虫 驚異の微小脳」については、なぜ、「昆虫」なのか今ではこの本をチョイスした判断基準が思い出せないのですが、まぁ、なんとなく、「昆虫」だったのです。最初は昆虫に対する著者のリスペクト感覚がなんともレアで良かったし、ハエやハチの本能の部分でその微細な身体の構造と学習能力についてのいろいろな分析と著者の昆虫に対する愛情がなんともいいテンションである。このまま最後をどう締めくくるのかが楽しみ。ひとつ、ファーブルについてもコメントしておられたのですが、なかなか。

 で、「ニッポンの評判」は各国に在住している日本人がその地の文化に触れて「愛する母国」がどのように評されて、お互いの文化の違いやその違いから生まれる「あたたかい話」「シリアスな話」「笑える話」の数々がちりばめられている。在住している人だからこその部分でその国民性とニッポンの不思議な繋がりや深い深い溝が見えるような気がしてとてもフラットな気持ちで読める感じがいい。たぶん、我が国を擁護するしないというよりも、どれだけフラットに自分の中にあるニッポンを形骸化できるかに尽きるように思います。でもでも、やはり、不思議な国ニッポンです。

 で、で、「健康という病(やまい)」は先入観のほどき方をニュアンスとしてフィーリングとして感じたいので選んだ一冊。そもそも健康とは何なのか?ということに対して明確な答は普遍的には存在しないと思っているのでその上でこの著者がその叡智で「健康」をどう分析しているかを知りたかったので入手した一冊です。つまり、健康とは心の健康なのか、生物としての人間の機能面・ハード面の理想形を言及するのか、引いては(かなり俯瞰しますが・・・)精神・宗教的な意味・背景での健康のロジックがあるのだろうか・・・などとそのタイトルとインデックスで感じたので入手した一冊です。

 バラバラに読んでいるのでたぶん、それぞれ3冊に対して自分の中の結論が出るのはこの3冊を読みえ終えてからしばらく時間がかかるだろなぁ~と感じている3冊です。たった3冊で、¥2,000そこそこでこれだけ思考の迷路で有意義に楽しめるモノって、たぶん、書籍以外には存在しないでしょうね。

「24人のビリー・ミリガン」と「異星の客」

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 「24人~」は多重人格という言葉をポピュラーにした問題作。この作品から世の中の不可思議な事件や精神異常を「多重」というファクターで分析・洞察するようになったような風潮を感じます。ハードカバーの頃からとても気になっていた作品なのですが、まだ読みたいタイミングではないとずっと書店に立ち寄りこの書籍を書棚に見てもスルーしていたのですが、ここに来てなんとなく読みたくなりました。「23人の~」も勿論気になっているので、これが読めたらいっきに読みたいと考えております。映画やテレビの番組で「多重人格」がモチーフになっているたびにこの書籍が頭に浮かんでいましたが、その真骨頂がこの上・下の中にあると思うとわくわくします。決して精神世界では「多重=異常」だとは定義していないので、「サイコ=異常」と同じぐらい独り歩きしてしまっている「多重人格」作品の最高峰だと思って読み始めております。

 「異星の客」は言わずと知れたR・A・ハインラインの傑作。どれも傑作だと思っておりますし、他のハインラインの作品は数冊ぐらいしか読んでいなのですが、どれも最高。しかし、この作品とはタイミングが合わなかったのかこちらもスルーしていた作品です。ミリオンセラーとか年度ベストや誰誰が選ぶ書籍ベスト10などではない、時代を超えて読み続けられるSFの古典のような作品ですね。古典などいう語彙は最適ではないのですが、古いのに新しいみたいなフィーリングでしょうか。つまり、SFのタイムトラベルモノとはそれ自体が時間軸を解析しているわけですが、この作品の舞台でもある火星という存在をその科学的な知識と巨大なイマジネーションでアウトプットされた作品。時代観が読み取れるというレベルでは読みたくない、というよりも、時代のタテ軸を一刀両断にぶった切っているってことになるのでしょう。ハインラインクラスだと読み手がどれほど自分自身のハードルを精一杯上げても、その上の上で話が突き進むので、自分自身が持っているイマジネーション力をMAXに上げたところで、その小さい世界観が数ページでぶった切られる感覚がなんともたまらない、そんな、かなり自分の中では純化させた一冊なのです。

「You can」というアプローチ。

 毎日の新聞の折り込みチラシや送られ来るDM、テレビCMでよく「ユーキャンで新しい自分を発見しましょう!」的なキャッチコピーを耳に目にする。こんな時代だから自分自身をどのように高めるかということが生き方に大きく影響してくるのだろう。しかし、改めて「ユーキャン」なのか?自分自身のポテンシャルを高めるために簿記に挑戦する。自分自身の感覚を高めるために水彩画に挑戦する。これらのプログラム・カリキュラム・チュートリアルの向こうに、それに費やした時間と費用の向こうに本当の新しい自分はいるのだろうか?蜘蛛の糸にもすがるつもりの挑戦なら、それは絶対に今ではない。ビジネスの現場で「危機感危機感」と言われスイッチが入った人の中に存在する何かに挑戦する時のアプーロチの優先順位(プライオリティー:priority)がはたしてそれでいいのか。衝動やモチベーションが自分の心の中で生まれる前に結果だけを手に入れることは、そして、用意されたいくつかのステップを踏むだけで、それらが「自分のモノ」になるとは思えない。が、世の中にはそんな「蜘蛛の糸」や「藁(ワラ)」が目の前にたくさんぶら下がっているから飛びつくのは安易であるが、それを選ぶ、その分野を判断する時に、心の中で何と何を天秤にかけているのだろうと思ってしまう。

 人は何かを判断する時に「正しいか正しくないか?」「好きか嫌いか?」「得か損か?」の3つのベクトルで判断している。日本的に言えば「誰さんがやっているから私も・・・」的な判断の指針があるのも少なからず影響するだろうから、これらの判断力はそもそもゴールを安易に手に入れてから時間のあるときに少しづつ・・・で自分のモノになるのだろうか?という疑問がどうしても靄(もや)となり目の前に漂う感覚が否めない。ゴールをビジョンを目標設定をイメージすることは大切だと思うが、それぞれの現場でそれぞれのプロでさえ日々その分野で試行錯誤やトライ&エラーを繰り返し、繰り返してきて現在のスキルを手に入れたのに・・・。

 で、ビジネスモデルとしての「ユーキャン」に対しては素晴らしい仕組みだと思ってやまないが、自分自身これに対して肯定的にはなれない。これらは単なる独り言に過ぎないのですが・・・。

 ただ、ひとつ「写経」には心が少し動いたのですが(なんでやねん!)。

春夏秋冬を「ひととせ」と読む。

 日本人の感覚の素敵な部分にその独特の解釈というか世界観があると思います。英語と漢字のニュアンスの違いが言わばそれぞれの文化圏のニュアンスの違いでありその根底に流れる精神的な部分をどう捉えるかでそこから生まれるいろいろな創造物の価値や方向性が存在する。四季があればこそ生まれる文化や慣習にはその地に暮らしてきた人々の叡智が含有されている。それらは否定でも肯定もなく確かに偏在している価値観であるから、それへのアプローチが「依存」でも「共鳴」でも「鵜呑み」でもなんでもいい、というかすでに存在している価値観へのリスペクトこそが今を生きている我々に与えられた有効な材料だと思います。そこへ向けて何を思い何を感じるかが見えてこそ、なのである。

 で、「ひととせ」という語彙は間違いなく4seasonsではない。春から夏、秋を経て冬という四季を「ひととせ」と最初に読んだ人の心意気こそが慣習や文化の原石であり、それを放置するか磨くかで創造者の目力(メジカラ)が試されているような。ひととせ・・・なんとも情緒があり深慮に値する感覚ではないだろうか。「ひととせに人は考え感じ時間の中でそれを繰り返している。」みたいな小説の書き出しはアリだと思う。いつの日かこの書き出して小説を書こう。

ノーベル平和賞。

 ノーベル賞ほどその候補者や審査の過程が極秘モードなアワードはないらしい。受賞者への通知は公平に発表当日まで完全秘密厳守されている。つまり、審査委員会のあるノルウェーの国会が任命した5名の委員の皆様が「平和」というカテゴリーで「人類の幸福と平和に尽くした人物や団体」を密に観察して分析して結論を出しているらしい。その結果が今回のオバマ大統領。平和というカテゴリー上、政治的な判断が含まれていることとを考慮した場合に、いかに世界を公平にジャッジしているかという部分がどうも公開されていないことがノーベル賞の崇高さをさらに上げているのだろうことらしい。

 そこに言わば小国ならではの大国にマネできない「潔い発信力」があるという構図である。隣国同士が連携し友好を維持するために何が一番大切であるかを創始者のアルフレッド・ノーベルはその遺書に記している。それが北欧の知恵であり、世界がこの賞の意義に一目を置く偉大な価値と言える。「平和」を語ることは誰でもできるし、個人の価値観の中で「平和」のどの部分にフォーカスするかも人類の数だけの価値観の数があり、その中で最も意義があり、脈々と流れる継承されてきた遺産のような価値観をこれからも永劫に伝えるためにこの仕組みに異論を投げさせない「清く潔い真理」がこの仕組みの軸にあることは間違いない。それは複雑な縦と横の綾ではなく、一本の太いロープのようなイメージである。

 で、同様に「平和」の代償として流された多くの汗や血や涙を礎にそっと鎮座する象徴こそがこの価値観なのだろう。

 例えばこれが「平和」でなくとも同位であり、雲(クラウド概念)の中に存在する「清く潔い真理」も発信力を得るためにこのアプローチを借りることで複雑な思考も数多の煩悩も一本のロープに束ねることができるのだろう。そんなことを考えてしまう、オマバ大統領のノーベル平和賞でした。

三浦しをんさん、いいです。

 とてもいい。なるほど自分ではかなり多様なチャンネルを持っているつもりでも、やはり、結果、そんな感覚は小さい世界の中のさらに小さいお話。自分の世界観などと卑下するつもりもなく自分のこれまで漁ってきたいろいろなチョイスを豊富だと思うか標準だと思うかちっぽけだと思うかは自分のさじ加減ではありますが、一般的に(何が?というテンションですが・・・)少ない多いで言えば多いのでは、狭い広いで言えば広いのではと思っているが、それもさじ加減は自分次第。つまり、自分のさじ加減で書籍にはかなり触れているつもりでもやはり広い世の中確実に「上には上」状態である。どこかほどよいところで手を打てばいいのですが、好きなジャンルだけに「小説」という世界は貪欲に行きたいと思っている。

 が、で、最近、娘に教えてもらった映画「風が強く吹いている」。小出恵介が主演なものだからルーキーズの流れのスポーツテンションモノかとスルーしかけた。しかし、なんとなく気になり、書店で原作を探す。ちょっとチラミで即購入。そして、原作を10ページほど読んだのですが、これがいい。なんともいい感じの文脈ではありませんか。そこで中断して、さてさて、「三浦しをん」さんとは何ぞや?というリサーチが始まる。直木賞作家だったのか!これまでに短編やエッセイなど出しておられるのか!と、その心地よい10ページの文脈から、興味がいっきに膨れました。たぶん、この映画は素敵な映画になるだろうと思う以上に三浦しをんさんという作家を娘に教えてもらったということが、自分自身の小さい世界が心地良く壊れたフィーリングに少しの喜びとこれまであまりいわゆる文学作品以外で通して好きなった日本の作家が少なかったので新しいピクンと来る書籍に出会えた喜びでなんともいい感じなのでした。

 たぶん、駅伝というテーマと心理描写と風景描写への語彙のチョイスと文脈がフォーカスしているポイントが心地いいのでしょう。これが、Y.Y.だったら1行でアウトなのに・・・。台風も去った読書の秋、いい小説との出会いは嬉しい。

Web制作会社支援プログラム

 「マイクロソフトはWebビジネスの活性化を目的として、Web制作会社を支援する画期的なプログラム「Websitespark」を開始した。Websitesparkはマイクロソフトが行うWeb市場のさらなる活性化を目的とした、Web制作業務を行う企業のための支援プログラム。「新たなビジネス機会の創出支援」、「ソフトウェアとソリューションの提供」、「サポートとトレーニング」という3つの要素を通してWebビジネスの活性化を支援する。」というメルマガが到着したのですが、さてさて、3つの方針のそれぞれのディテールがキモですよね。それに、ひとことで「新たなビジネス~」っても全ての企業が取り組めるはずもなく、いわゆる「ソリューション、ソリューション・・・」とよく連呼されてもそれぞれの企業でそれぞれのビジョンがあり目標設定値も仕事としての意義や価値観も違うのにどこまでそれらを「ソリューション」で束ねられるのか?さらに「サーポートとトレーニング」についても、そしてそして「活性化を支援」とあるが、技術的に?資金的に?精神的に?どうもキレイキレイな文脈ですが、荒い荒い。

 現場が欲しいのは「リアリティー」と「ディテール」ですから、大企業がメルマガ一本でマスに対して何か努力をされるのはいいですが、それほど現場には届いていませんよ的な否定的な印象を持ってしまったメルマガでした。支援支援って支えて応援するだけでは基本ダメでしょう・・・って感じ。

巨大な台風が・・・。

 巨大な台風がやって来ているようです。少し前にテレビで伊勢湾台風の番組をやっていた。今回の進路は本州のど真ん中を通過するらしい。いつも、北か南へ抜けるので滋賀県は大きな被害を免れているのですが、今回はどうやらど真ん中の進路。かなり警戒モードです。

サマーウォーズ

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 映画はまだなのですが、原作本を読みました。なかなか素晴らしいお話でした。

◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://s-wars.jp/index.html

仲秋の名月。

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 大きな満月でした。

1日2食。

 この1ヶ月間、25日ぐらいは昼食を食べていない。「貧窮に喘いでいる国の人たちの気持ちになって~」とか、「メタボ対策であと何十キロ落としてブランドモノの服を着たい~」とか、「この厳しい経済状況を乗り切るために精神を研ぎ澄ますために自らに重い試練を与えて~」とかという理由で1日2食にしているわけではない。ただ、その方が身体が頭が快適なことに気がついたからなのです。そもそものきっかけは娘たちと一緒に寝る前とかおやつをバクバク食っていたらスコンと眠れなくなり、昼食を食べると意外と3時頃に小腹がすく、すると、おやつを買って食べる、すると、晩飯がなんとなく腹7分目になり、寝る前にまた何かを食ってしまう・・・というルーティーンになりかけ、なんか、いつもいつも満腹状態で頭がぼぉ~とする感覚でした。特に健康につてい書籍を漁るわけではないのですが、ほんとにいろいろな分野の書籍をチェックするので、その中に著者が「私の健康法」などと書いているとついつい。で、人間の体で脳に血を集中させると集中力がキープできる。食事をしたあとは胃や腸に自律神経がエネルギーを向けるので頭に血が行かないだとか、人間の身体の中にある脂肪は適度に一日の生活のサイクルの中で燃焼させなければ溜まって溜まってメタボになり、血液の成分に影響し心臓や脳に負担が・・・的なことを読むと、ジムに行って2時間汗を流すこともせず、愛犬の散歩程度では、脂肪は消費・燃焼せずに、適度な空腹感を満たすために適度なモノを食べ適度な集中力で適度な仕事をするというルーティーンになる。これが、一事が万事「適度」がなんとも消化不良。で、お腹がグゥ~となる感じは実は身体の中に蓄えた脂肪を燃焼させる合図でこの状態が実は人間の身体の状態的には一番健全で健康な状態らしいのです。それを小腹がすいたと間食をすると悪い頭にさらに血が供給できず、胃や腸にばかりエネルギー(血)を集中させる結果なるとのこと。これは非常に納得がいったので、では、空腹感を楽しもうということで、昼食を抜いてみたのです。

 さらに、江戸時代は普通の生活で朝食と夕食だけだったらしい。いかに、今の日本が平和ボケ状態かが分かる。1日100円以下で暮らしている人間が全人類の40%いるらしいですやん!毛が抜けたから植毛・かつら・ホルモンなんとか、顔のしわが気になる、腕のたるみが気になる、あと10歳若返る、それはとても価値水準の高い思考なのかもしれませんが、その次に何がある?って気もしなくはないです。整形に?百万、性転換に?百万、これでこの国の経済の一部が賄われているとすればそれはそれで素晴らしい慣習・文化・経済なのでしょうが、「基本的な欲望を断つ」という価値水準の向こうにも何かsomethingがあるように思うのです。そもそも「衣食住」にこだわりが皆無な私が基本的な欲望を断ったらあと何が残る???ということも否めないのですが、いやいや、意外といろんなモノが残るんですよ。「まだ、これ残っていたの?」みたいなモノが心の片隅に。

WEBエンジニアはいらない!?

 「企業や個人事業主、店舗経営者がWEBサイトを構築するうえで、豊富な専門知識を持ったWEBエンジニアは頼りになる存在だ。しかしその半面、WEBサイトの制作を外部に依頼することは、コンテンツの追加に時間を要したり、意思疎通がうまくいかず狙いとは別の仕上がりになるという不安はつきまとう。「自分たちの手で、もっと簡単にWEBサイトを運営したい」と、もどかしく思っている人もいるはずだ。9月25日に発売した「BiND for WebLiFE* 3」は、そんな人々に答えを打ち出すツールかもしれない。」とあるWEBなどのデザイナー向けの専門サイトに書かれていた。確かに私自身WEBエンジニアではないので、WEBサイトを構築する際にWEBエンジニアさんと組むことが多々あるが、その知識たるや到底、私などの知る由もないことばかり、そして、システムを構築する際のノウハウたるや・・・であり、圧倒的な知識と経験値と技術力を感じています。そこには、ただだの知識や技術だけではなく、ユーザーの多種多様なニーズを汲み取り総合的に使いやすくコストパフォーマンスに優れたシステムづくりを展開しておられる印象がある。確かにこのようなアプリが充実してくるのは、知識のない方でも経験値の少ない方でも~ってことでしょうけれど、それこそ、「そうは問屋が卸さない」的な部分も多いにあるのではないでしょうか。パソコンとソフトがあり、そのソフトの知識があれば、なんでもかんでも内省化できるとは言えないと思います。デジタル化と共に業界的に縮小を余儀なくされた業務や仕事の分野も確かにありますが、「WEBエンジニアさん」「システムエンジニアさん」をいらない!と言ってしまうのはまだまだ先のような。たぶんその「先」には、今、企業で内省化して業務を活発にしたりコストを削減しようとしている程度レベルの人の方がいらないぐらいの時代になるのではないだろうか。

 で、その時に社会や時代に「いらない!」と言われないような人間にならなければ、結果、いろいろな意味で「余り」になってしまう危機感を持って頑張ろうと思う。ただ、このアプリには興味があるので、いずれ・・・。(なんじゃそりゃ!)

壁に根!?

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 う~ん!びっくり。どんどん伸びるポトスを壁に沿わせていただけなのに、ふと、気がつけば、普通の壁に根をはりよった。ここを土だとでも思ったのだろうか?しっかりと短い根を巧みに壁の目に埋め込んでいる。ただただ、植物は強いと思いました。この逞しさはいい。