情報紙S.O.S.のバックボーン。

 そもそも、2001年にこの企画を大阪芸大時代、東京時代、新大阪時代、そして、地元滋賀県の仕事仲間に持ちかけさせていただいた背景は東京時代から小さいデザインプロダクションや個人のクリエイター様は自社の自己のPRツールや営業促進ツールを以外とお持ちではありませんでした。

 自分自身、東京や新大阪時代もデザインプロダクションとしての営業力のなさをその会社会社のトップや上層部に問題提起していました。しかし、大きなお得意先との関係上や営業拡販部隊の具体的な構想は会議の上だけ、机の上の議論で具体化することはなく、いつも長年のお付き合い先だけに固執して拡販がされず、それが、引いては内部の技術的な活性化にならず、結果、提案型のシステムを構築できない悪循環を感じていました。

 なぜビジュアルコミュニケーターであるクリエイターが自社の営業力に目を向けないのかが理解できずフラストレーションが溜まっていた感覚がありました。このことも前の制作会社をやめた大きな理由でした。つまり、WEBの潮流が来ているのに、傍観している。新しい取り組みに対して常に保守的なスタンスだったと記憶しています。自社の営業ネットワークを広げようとせず、広告代理店の便利屋に満足している。これらのことがどうしても理解できずモチベーションが維持できなくなりました。

 そんな、サラリーマンクエイター時代だったことと、ピンで活動しているクリエイターはグループ展や個展をしながら自己PRをしていることを耳にして、毎回、10~20の予算をかけて、DMハガキを作成する程度。これで果たして営業ツールとして成立しているかと疑問でした。

 そこで、これらのことを踏まえて、小さなデザイン会社でも、個人のクリエイターでも、人数を集めて編集されたペーパーアイテムが発信できないだろうか、しかし、コスト面で継続できないような高価な仕組みにすれば、その取り組みは単発で終わる。この部分を自分の中で構想したのが「情報紙S.O.S.」の創刊です。

 ですから、参加メンバーの皆様の営業ツールとして、それぞれの地域でそれぞれのネットワーク(企業様や関連施設や学校関連や仕事仲間など)に配布・郵送してもらったり、それこそ、馴染みにバーや関連企業様や観光・文化施設などに設置してもらっています。「話のネタ」として活用してもらっています。

 クリエイターへの仕事案件の発生は「これいくらでできますか?」よりも、「こんなことを相談したいのですが?」で始まるべきで、そんな相談をされるきっかけになるための情報の発信をこのツールでできればと考え、この展開を8年続けてきたものです。

 最初は12名だったメンバーも過去に参加してもらった方を入れると全国に100名近い歴代メンバーがおられ、定期的にその皆様へ新号を郵送して情報交換に活用しています。ここから生まれた新しいクライアント様は多いですし、この情報紙を通じてお知り合いになれた各分野のプロフェッショナルは把握できないぐらい広がっています。そのため、誰がどのフィールドにどのように発信しているかは編集長は把握していません。が、これらのコンセプトを理解してもらっている全国の皆様からいろいろな反応を頂けています。この程度のフリペですが、可能な限り、続けていきたいと考えております。そこで、コンセプトを「スモール・オフィス・スタッフス」と「スマート・オペレーション・サービス」をクロスして「S.O.S.」としているのです。