2009年11月 アーカイブ

さくらちゃんの涙、しのぶちゃんの涙。

 いやいや最終戦も最後の最後まで痺れる展開でした。しかし、さくらちゃんおめでとう!そして、しのぶちゃんの涙も素敵でした。いやいやいやいや、女子ゴルフ、今年も最高でしたね。藍ちゃんも勝ったし、丸ちゃんも帰ってきてくれたしで、ますます、ゴルフが楽しくなりますね。

SHADE作業画面。

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 10のパッケージをインストール後、10.5.3をダウンロード。そして、アップグレードした画面がこちらです。やはり、細かくそれぞれのメニューが充実しています。あとはゴリゴリと作るだけです。PROにしなかったのはSANDARDでもレンダリングサイズが4000px×4000pxと十分サイズなためでした。印刷用に大きなポスターならちょっと小さいかもしれませんが、WEBコンテンツ用やちょっとしたDTP用であればこのMAXサイズで十分です。

 新しいバージョンを開けるとなんとなく気持ちがリセットされて気持ちがちょっと引き締まる気分です。これはアナログツールでもデジタルツールでも同じようです。

ソウル・コレクターは買ってしまった。

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 やはり、このタイプの小説には手がのびてしまいます。

「クリエイターの自社ツール&ワークスペース」

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 「クリエイターの自社ツール&ワークスペース」という書籍をサンプルで取り寄せて現在購入するか否かを検討中。他にもいろいろ年鑑を数種送っていただけたのですが、このカテゴリーならば買うほどの書籍でも・・・と返送。が、これはありかなと思っております。なにしろこの手の書籍は高い。1万2万って平気でしてしまうので、かなり吟味しどころです。その価値のある書籍はそれで値打ちなのですが、この時代、このコストだったらちょっとイケてるソフトが購入できますからね。何も1・2万で費用対効果もないのですが、でも、やはり、慎重になってしまいますね。こんな時代ですから。

 って部分のユーザー目線も意識してこの類の書籍は企画・編集が必要でしょうね。書籍の価値はそれ相当感覚として持っているつもりでもこれだけデジタル情報のディテールが向上してくると、よほどでないと書籍としてのパッケージに代価をかけられないですね。という感じではありますがこの書籍は「買い」かなと思っております。

 「ワークスペース」ということで言えば、クリエイターのワークスペースて本丸は頭の中だから、それをアウトプットする場所となるとそれなりにそのクリエイターのパーソナルな部分が具現化され整理されているタイプの人は場所も整理され、煩雑なタイプの人はそれ相当。とは言え、それだけでもない部分もあり、ワークスペースを見ればだいたいその方の「人なり」も分かる以上に、本人が一番そのことを理解し感じているはずですから、逆張りで言えば、この書籍の中のワークスペース写真と自分自身を比較して何か新しいトルクに変換できるならこの書籍の存在価値は高いのかなと・・・。

やっぱあほらし・・・。

 あほらしいとは思いながらもオモロイメルマガが到着していたので、「あなたの年収調査します!」という画面にログインして名前とメアドを入れて登録したが、やっぱあまりにもあまりにも安易でナンセンスな入力項目に50秒で飽きてしまいログアウト。あなたの適正年収を計測・診断ってもうこの時点でかなり痛いのですが、でも、食わず嫌いは何ごともダメダメとちょっとつまむ感じでログインしたのですが、ダメでした。あほらし過ぎ。

 「あなたの希望年収は?」って部分と「転職意欲はありますか?」って質問のペラペラな感じがもう我慢できませんでした。このプロジェクトを仕切ったC.D.はかなり安易な仕事をしたものです。

 で、どれぐらいの年収額が想定されるのか非常に興味はあったのですが、この変数でどんなアルゴリズムでどんな数値をアウトプットするのか・・・、もう、結末が緩すぎてとても残念な1分間でした。そもそも自分自身のキャリアが数値化できるはずはなく、仮に適当なアルゴリズムで数値化できたとして、その数値に信憑性などカケラもないはず。でも、こんなASPは最近情報収集のツールとして氾濫しているので、自分自身でも一回・・・と思いましたが、やはり、NGでした。

 もし、登録した先から何らかの反応があれば、同じぐらいの文字量で分析結果をお送りしたいなぁ~とさえテンションが上がって(悪い意味で)しまいました。浅い取り組みはなんか他人事とは言え、辛い気持ちになりますね。

吉瀬美智子さんは素敵素敵。

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 あるお客様のWEBサイトの更新用にお預かりしたデータなのですが、あまりにも素敵な吉瀬美智子さんが表紙なので、ちょっと、ブログにのせてしまいました。う~ん、今まで一番素敵な女性世界一はアンジェリーナ・ジョリーでしたが・・・。

平田敦司展開催です。

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 来る11月28日(土)~12月14日(月)まで岡山市北区表町1-3-25、ギャラリー「エスプリ・ヌーボー」様にて「平田敦司展」が開催されます。今回のテーマは「誰にでも~」とのこと。ひさびさに平田氏の作品をこの目で拝見したいのですが・・・。

◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://www.geocities.jp/esprit_n/frame_01.html

SHADE10.0到着!

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 さて、ひさびさにSHADEのパッケージを購入、本日到着です。5.0からバージョンアップしてなかったらついに最終勧告が来てバージョンアップしようとしたら、MACからWINはNG。だから、WIN版のSTANDARDのパッケージを購入しました。たぶん、テキスト本とマニュアルガイドを一読したところ新機能はさすがに増えていますが、基本ラインは同じなので、まず、5.0からスムーズに活用できそうです。

 で、このパッケージの特典として10.5への無償バージョンアップが可能なので、インストール後、10.5に上げておく予定です。一番、今のところ魅力なのはアンロックデータが適用できることと、「煙」と「炎」の表面材質があるってこと。これはかなり表現力が上がる・・・予定。他にもいろいろ3DCG系のソフトは気まぐれで使おうとトライしたのですが、やはり、一番長く使っているし、構造も理解して手に馴染んでいるのでゴリゴリと使おうと思っております。

 また、新しい作品ができたらこのブログでも紹介していきます。

アバターというリアリティー。

 「サンスクリット語のアヴァターラ(avataara अवतार)は、インド神話や仏教説話の文脈で「(神や仏の)化身」の意味。アバター/アヴァターはその(もしくはヒンディー語形アヴタールを英語表記したavatarの)西洋風の読み方で、概念が似ていることからネットワーク用語として転用されたもの。」とウィキペディアには記載されているのですが、いわゆる「ゆるキャラ」などもシンボルでありこの存在の向こうに神仏的な解釈をしそこに何かを転生させることで自らの~みたいなことが今の旬になっている。それがデジタルで浸透率を上げた結果、時勢のフレーズにまで市民権を得ているのでしょう。浮遊しているいろいろな要素が一定期間を経ていったんビーカーの底に沈澱するとき、上澄みに何が残って、沈殿物には何が含有されているのでしょう。何故、アバターというアプローチでなければならなかったのか・・・、その答もそのうち表出するでしょう。しかし、楽しい文化です。しかし、いろいろなことが起こり過ぎる時代です。これは古今東西同じなのでしょうか。

リンゴが教えてくれたこと、か・・・。

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 農業のことは全然分かりませんが、この1冊で少し山のこと土のこと作物のこと虫のこと、そして、人間のことが分かったような気がします。言葉を発しないやリンゴの木や稲にどう語りかけるのか、そして、植物の生物の声を聞くにはどうすればいいのか、そんなことを少し真剣モードになって頭に描くことができた書籍でした。しかし、まぁ、どこでも不思議な法律があるものです。あきれて、それこそ、言葉がありませんでした。そのことに気がついている生物や植物たちはずっとずっと「あきれてモノを言わない。」のではとさえと思うほど。人間の勝手な片寄った知識や判断に動物や植物たちが喋れたら全員で「なんでやねん!」とツッコまれますね。たぶん。

アナログとデジタルの大きな違い。

 イラストレーションを学んでいた頃、合言葉ように「自分のスタイル」というキーフレーズが頭にあった。誰かに自分のイラストを見てもらっても、入社試験や面接に自分のイラスト作品を持ち込んでも言われる言葉「自分のスタイル」。モノマネかそうでないかがなぜ必要なのか分からなかった。なんとかこの世界で飯を食わしてもられるようになり、逆の立場で新卒者や中途採用の方の作品を見る立場なる。数年前まであれほどこの言葉が重く自分の心にのしかかっていたのに、その皆様の作品を見ながら「自分のスタイル」というフレーズを多用している自分。なんともしっくりこない。それは、今でもそうである。いったい「自分のスタイル」というのは何なのだろうとずっとずっと思い続けている。

 時は、アナログからデジタルに変わり必然として自分自身もデジタルギアを多用し仕事に取り組んでいる。が、常にアナログな作品に対するアプローチは同じ比率でいつも自分の手の届くところに置いているし、何かをクリエイトするときに、このアプローチはアナログかデジタルかと迷うこともなく、それぞれのベクトルを比較的迷うことなく活用できている。デジタルに入りたての頃はデジタルの魅力が一気に押し寄せてこんなソフトを使っていたらこれまで悩んでいたいろいろなことが一気に解決されて素晴らしいデザインがとても効率よくクオリティーも高いレベルで常に作り続けることができると驚嘆した記憶があるが、それも実は長く続かない。それはある部分は正解なのですが、ある部分は誤解だった。どの部分が正解でどの部分が誤解だったかについてはまたいずれこのブログで書きますが、今回はアナログかデジタルかという部分で少し思いの長けを。

 つまり、誰でも100人が使えば100人とも並行に引けるラインには個性がなくなります。わざとビビらせるならそれはそれでデザイン。しかし、与えられた紙面の中にラインを引く、文字組を正確にレイアウトするという部分では、数値的なデジタルギアと感覚的なアナログ手法とでは、同じゴールでも違うモノになるという現実があります。それは、例えば書籍の装丁において表紙のデザインを考える時によく自覚できること。与えられた表紙の紙面にレイアウトするのはタイトルと著者名と出版社名とビジュアルという4つのエレメントがあるとすると、これをどう並べるということがデザインの目的。さて、あなたならどうしますか?イラストレーターを使う、インデザインを使う、それは何でもいいのですが、タイトルのフォントサイズは?著者名の文字配置は?出版社様のロゴは名称の位置は?そして、ビジュアルは何してどう配置してこれらのエレメントを紙面にどう並べるか???ここだけでもう無限の可能性があるのです。仮にこのレイアウトを決定するまでに10日間費やしてもいい条件と6時間で決定しなければいけないという条件でデザインのクオリティーはどれぐらい変わるのだろうか?これらを意識下に置くともうデザインとは確率や科学のようなアプローチにさえ思えてくる場合がある。しかし、実際はそれほど~という部分と、それでも~という天秤のバランスでひとつに絞り込まなければならない。特に、デザイン系の新卒者さんなら例の「自分のスタイル」で斬新に反ステレオタイプからアプローチする。これがまた「斬新」なのか「シンプル」なのかを判断するにも細かいTPOがある。逆に10年以上の経験者ならば、出発点から2~3周して逆にこれが新しいと「自分のスタイル」を作る場合が多い。これは、何もデザインの仕事にだけ当てはまる方程式ではないような気もします。つまり、人と人がコミュニケーションされる場合に常にテーブルの上に出される「自分のスタイル」が重要なのである。

 で、アナログとデジタルについて最後の最後の瞬間まで「自分」はどう考えているかがデザインとしてカタチになることがそれ自体が「自分のデザイン」であるべきなのである。だから、デザインの仕事は有意義で楽しくそして辛く苦しいのである。挑戦や葛藤や危機感のない自分ではつまりデザインも同位なのである。感激や感動や高揚感がない自分ではつまり・・・なのである。アナログからデジタルへの振幅を意識下に置きながら、いつでも相互を行ったり来たりできないと、テーマをひとつの画面にまとめることはできない。まとめるためのバランス感は唯一無二なのである。何かに所属したり何かの認定公認に依存することは大切なことではあるが、心の感覚の羅針盤がいつでも360度回せる状態にする必要がある。数多の方程式には絶対に導き出せない答が存在する。だからアナログとデジタルの間で苦悩する異議があると思いますね。

ブラピに何言ってんの?

 タランティーノの映画の宣伝で日本にプラッド・ピットが来日していた。あごひげをのばして。で、セールスのためにテレビ番組に出てきた。もうそれだけでいいじゃんって感じなのに、その番組のMCはまだまともな質問を投げていた。タランティーノのテンションを見据えながらブラッド・ピットの顔は笑顔だけれど目が笑っていなかった。こんな番組のワンシーンで何が分かるってわけではないけれど、ブラッド・ピットだからどうしても見入ってしまいます。そつのない応えでやり過ごしながらも番組は進行していく。タランティーノは相変わらずのあのテンションのまま。

 で、MC以外のタレントが一言一言ブラッド・ピットに声をかけていく。あたりさわりのないことを言っておけばいいのに、相手はあのブラッド・ピットなんだから。日本の話題、一般的な映画の話題、この映画の話題、適当にお茶を濁すだけでいいじゃんん。なのに、そのタレントの一人がこう言った。「僕はブラッド・ピットさんの映画の中で一番、ファイト・クラブが好きです。」おおっ、いいところを切り込んだだなぁ~と思いきや、「僕は身体の筋肉が少したるんできたりするとファイトクラブを観て、筋肉トレーニングをして身体を引きしめているんです・・・。」それを通訳の人に聞いたブラッド・ピットは、失笑でノーコメント。だったように見えた。おいおい何を何をブラッド・ピットに言っているのですか?「ファイト・クラブ」のブラッド・ピットの筋肉のことなど、なぜなぜ、そこにフォーカスするのか?信じられない。まぁ、頭の悪いタレントが発した言葉だから何でも言葉にしたらいいってもんじゃないでしょう。それより、それを言わせた放送作家がいるはずだからそいつの無神経さがなんとも番組のそのタレントの価値を下げていることに一切気づいていないその空気とそのタレントの満足な表情がなんとも緩すぎる一瞬でした。日本人としてというか、ブラッド・ピットにそんなことをあの場面で聞いてしまう感性がなんともなんとも残念でした。D.フィンチャーも頭を抱えていることでしょう。

 もう少しもう少し、目に見えているモノの向こうにあるモノやその前後にあるモノをしかりと観て感想もしっかり純化してください。これはテレビでありマスメディアでありそこの画面の中にいるのはブラッド・ピットなんですから。野良犬が小さい飼い犬を見て「ワン」と吠えているレベルのコメントはなんとも寒く残念でした。

 もし、そのような機会が何かのミラクルで与えられたなら、私の質問は、「地下でビルのオーナーにボコボコにされ、メンバーに助けられながら椅子に座る時、やられすぎで足を組むこともできず、自分の手で足を持ち上げるシーンは、監督の演出ですか?それともご自身の経験から出た演技ですか?」と聞くでしょう。あのシーンは主人公の存在感とリアリティーを凝縮しているシーンだと思うのです。

グーグルVSマイクロソフト!?

 インターネット検索最大手の米グーグルは19日、パソコン用の基本ソフト(OS)「クロームOS」の試験版を公開した。ワープロなどの他のソフト機能はネット経由で使う。パソコン各社に無償提供して「ネット専用端末」の開発を促し、主力のネットサービス普及につなげる狙いだ・・・。そうです。と、日経新聞からの抜粋です。

 そうなると、メール、予定表、ワープロ、表計算、動画配信などが無償提供となるとのこと。マイクロソフトが独占しているパソコン用ソフトから、ネットサービス思考に潮流を変えようという試みなのでしょうね。さてさて、エンドユーザーとしてはどこまでどちらを活用する方向性なのでしょう。そもそも、ハードもソフトも購入してインストールして活用するという意識が常だったので、無償でOSが使える、オープンソースでプログラムを活用するという感覚にまだ慣れていないのも現実。つまり、このままいろいろなことが進化するとすべての環境は空気のような存在なり、すべてが無償で手元に入る。あとは、それをどう活用するかという活用術に価値が出てくるという流れなのでしょう。つまり、活用術を心得ている人に追い風が吹いているということ。ノウハウなどの経験値やアイディアやセンス的なポテンシャルを持っている人がイニシアティブをとれる時代であり、大きな看板は逆にアゲンストに向いていないとか・・・ってことなのでしょうか。まだまだ、楽観視はできませんが、所謂そういう大きな流れのように感じています。

 で、「グーグルVSマイクロソフト」はもっともっと激化して頂き、いいギアがどんどん一般化してほしいとただただ願うエンドユーザーの意見でした。

SHADEニュース。

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 本日到着していたイーフロンティア様からのメルマガ。なんと1年に1回の75%オフキャンペーンでした。ずっと、WINのSHADEを購入しようと思っていたのでこのタイミングでWIN版を1本購入しました。MAC版の古いバージョン5は現在でも使ってはいるのですが、いろいろ不具合などもあり、走っているOSがMAC9なのでこれはなんとかしなければと思ってずっとモヤモヤしていたのでこれで一気にスッキリした感じです。ずっと、新しい10~11のバージョンとそれぞれの3クラスの比較はやっていたのですが、しかし、75%オフとは言え、正規版(スタンダード)が¥11,000とはお値打ちだと思います。ずっと検討していていい買い方ができたかなと・・・。15年以上前、確かこのソフトは150万円していたのに・・・。

 SHADEは長く(13年間ほど)使っているので、特に新しく何かを習得する部分はなく、新しい機能だけはサイトやテキスト本でいつもチェックしているので、即戦力間違いなし。さらに、アドビのソフトウエアの形式との連携もかなり強化されているようですので、A.E.やPREMIEREとの連携もありそうなので、パッケージの到着が楽しみです。

 また、アンロックデータも購入可能になっているので、一からモデリングするにはハードルの高った人体や複雑な曲線のオリジナルモデリングもかなりハードルが下がったと言えるでしょう。まぁ、SHADEを使うについては自由曲面の編集が本丸なので、メッシュで加工する他の3DCGソフトに比べるとどちらが感覚的かと言えば、慣れているからかかもしれませんが、私はSHADEの方が手に馴染んでいるので使いやすいですね。さて、最初に何を作ろうかいな・・・という感じです。

◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://store.e-frontier.co.jp/camp/2009_1126/shade/

秋の風景。

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 ちょうど我が家の2階から見える裏のいちょうの木。青空に黄色のコントラストがとても美しい。

カールじいさん、いよいよです。

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 いよいよ、やってきます。「カールじいさんの空飛ぶ家」がいよいよやってきます。ウォーリーからちょっとおこちゃま向け路線をシフトしている感じのピクサーですが、それほどお子様モードにしてもたぶん今のお子様は反応しなくなっているという背景もあるのではないでしょうか。それに引き替え邦画の子ども騙し路線的な企画映画の羅列を鑑みるとそれも引いてはターゲットに合わせた興業ありきの結果と言えそうです。しかし、映画も芸術とは言え産業的な側面があるわけですから、劇場に人が集まってこその世界。ターゲットのニーズにマッチさせる構図は販売促進の方程式どおりとなるのでしょう。何も映画に限ったことでもないですし、とは言え、そんな路線ばかりが邦画を占拠しているわけれもなく、分布の割合としてこの比率は多くなったり少なくなったりという推移が長い歴史上には存在するのでしょう。

 で、カールじいさん。「愛する妻が死にました。だから私は旅に出ます。」か・・・。このフレーズと風船で浮き上がるという家の映像だけで、もう、すでに少し痺れているのです。


◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://www.disney.co.jp/movies/carl-gsan/index2.html

ピエブックさんの御計らい。

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 ピエブックさんから連絡があり、送料も返品の伝票付もありでいくつか書籍を送らせていただくのでもし気に入ったのがありましたらご購入を・・・企画で書籍が到着しました。確かに昔はよくこの類の書籍を購入していたのですが、最近はやはりネットネットで資料を探していることやあまりデザインを書籍でリサーチすることがなくなったこともありで、この手の書籍に貪欲ではなくりました。が、じっくりモノを拝見しているとさすがいろいろ企画もしっかりコンセプトもしっかりしている書籍ばかり。確かにこのクオリティーなら¥10,000以上ってのは納得。しばらく拝見して気に入ったら1冊ぐらいは頂こうかなと思っております。

◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://www.piebooks.com/

S.O.S.第26号完成!

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 遠方のメンバー様(札幌と宜野湾)から順番にボチボチと発送(納品)しています。今回第26号でお世話になったマスターメンバーの皆様本当に貴重なお時間と参加費用を今回もありがとうございました。

 で、第26号用に書き下ろしたイラスト原画です。久々に鉛筆とカラーインクとガッシュでのイラストレーションでした。

グッドデザイン27点。

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 デザインの仕事を始めてから世の中には「グッドデザイン賞」というのがあることを知った。最初の頃は「へぇ~そんな賞があるのか・・・。」だったのが、デザインの仕事を続けるについてどこか意識しながら、それぞれ毎年毎年の商品やプロダクツをチェックする習慣がついてしまった。とは言え、それを身近に置いておきたいとかコレクションするという気持ちはなく、ただ、年鑑やWEBでチェックしている程度です。

 中でも、今年は株式会社TOOさんの「コピック」というカラーマカーがグッドデザイン賞を受賞された。長年デザインの仕事現場の皆様に愛されてきた証拠だろう。と、私もこの商品は長い間お世話になっている。確かに発色もいいし、水彩で着色するのとはまた違った味がある。う~ん、確かに長年プロに愛され続けるということは開発・製造側も大変なご苦労があっただろうが、いい商品を市場に出し続けることで企業の株が上がることは何よりである。つまり、商品もサービスも浮世の流行り廃りに左右されず自社の商品をいつの時代にも切磋琢磨して決して浮かれることなく創り続けることが企業の本来の姿ということ。で、それを引いては「グッドデザイン」という評価でスタンダードな価値にしているのですね。P業界にはありえないテンションですね。

 受賞商品27点、どれも確かに・・・。

◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://www.asahi.com/ad/clients/g-mark09/

スター・トレックの感じ。

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 正直なところ、S.W.は好きではない。善と悪についてあまりにも白黒つけ過ぎていることや、レーザー光線のドンパチがどうしても好きになれず、登場するキャラも科学的にどうしても気になる部分があるからで、もう少しだけフォースについて深く切り込んで欲しいと思うから。また、宇宙の壮大な空間の中に存在する「悪」がそんなに単純で浅いはずはないだろう・・・と気になる部分が雪だるま状態で、映画の物語やテーマに集中できないでいつも終わるからである。絵づくりの世界最高峰達がここまでCGでイマジネーションできてここまでのリアリティーを描けるよみたいな部分が誇示されて楽しくない。まったく、ブレードランナーのそれとは質が異なる。

 で、その系で「スター・トレック」はスルーしていましたが、ある方から絶賛の情報を頂いたのでDVDを借り観ました。正直なところ普通でした。ただ、ブラックホールの解釈が気になり、また、時間軸を簡単に飛び越える部分やワープ航法や物質の転送の部分がやはり気になりました。唯一、ザカリー・クイントが良かった。映画を観る基準がどうも登場人物(男優・女優)に牽引される場合が多いので、今後、このシリーズが展開される場合、たぶん、ザカリー・クイントを中心に観ることになるような気がします。

 ザカリー・クイントはヒーローズのサイラー役でその存在感をこれでもかこれでもかこれでもかと示した方ですが、スター・トレックと言えばスポックだったので、それを、ザカリー・クイントがここまで消化されているとなると、もう、スポック=ザカリー・クイントとなってしまうほど・・・、良かったですね。

◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://www.startrekmovie.com/intl/jp/

リンゴが教えてくれたこと。

 今、書籍「リンゴが教えてくれたこと。」を読んでいます。この書籍は「『リンゴが教えてくれたこと』 木村 秋則著、日経プレミアシリーズ、850円(税別) 」です。ずっと気になっていた書籍のひとつでやはり読みたくなって買いました。無農薬でリンゴを育てるということが農業の畑を全く理解していない私にしてみればそんなに困難な取り組みではないんじゃないだろうかという浅はかさも確かめたかったし、著者である木村さんがリンゴの木に話しかけるという節の部分も意外と常道から逸しているようなニュアンスを受けとても興味がありました。ほぼ80%読んだ段階で詳細はこのブログで書くことができませんが、やはり、この書籍はアタリでした。記述されている文脈はそれほど難解でもなく常に1人称で書かれているのでとても共感を得られる部分とこれはとてもついていけないだろうなぁ~という非常識な部分がとてもバランスよくライトダウンされ、リンゴの木と会話するというニュアンスというかフィーリングの部分が伝わってきました。

 で、そう思うと、あれ?自分の仕事場にはパソコンがある資料がある書籍がある。木村さんが大地の上でリンゴの木と向き合ってこられたように自分の仕事相手はこれらの道具であり書籍である。そして、目に見えないオンライン上の機能もそれに値するわけです。身体ひとつで仕事場に来てもデザインの仕事はできません。それこそスケッチブックやメモや鉛筆や筆やボールペーンや画材がなければ絵が描けません。農業と同じくデザインの仕事も身体ひとつでは何もできないのです。木村さんはこの書籍の中で米もリンゴも人間の身体に生るわけではありません。稲に米が生り、リンゴの木にリンゴが生ると。それを人間は勘違いしてすべて自分が中心になっていると思っているが、それは大きな誤解であり。人間ができることは自然と向き合い稲やリンゴの木の成長をただサポートするだけだと。まったくです。デザインの仕事もWEBの仕事も映像の仕事も人間が道具を使ってこそ。ならば、木村さんのリンゴと同じでしょう。たぶん、他の仕事でも同じなのではないでしょうか。

 そう言えば、仕事が上手くいっている時は朝仕事場に来てパソコンに「さぁ、今日もお願いします。」的な気持ちで声には出さないがそう言っている自分がいるし、イライラしている時はフリーズしたり動作が遅いように感じて目の前の画面に悪態をつく。それでツールがどうなるわけでもないのに。明らかにPCとは消耗品です。寿命も長くて8~10年でしょうし、昨今の新機種の乱れ打ち状況では、5年以上長く使っていると「そろそろ買い替え時期かなぁ~」と錯覚してしまいます。ハードやシステムが不調な時も修理に出しながら、寿命かなとあきらめることもあります。しかし、いいパソコンの医者に出会うとと新品状態で帰ってくる。そうなるとパソコンが生き物のように思えとても愛おしく思えたりします。元気に起動音と共に仕事を始められると心臓の音のように感じます。うるさかったファンの音も生き物の心臓の鼓動だと思えば愛おしい。これは考え方的にはちょっと常道を逸しているかもしれませんが、木村さんがリンゴの木に話しかけるようなテンションで言えば、正解のように思っています。

 「終了」メニューを選んでその日の終わりに消えた画面に「お疲れさん」と声をかけることは決して間違っていないような・・・。

SHADEはどこへ向かう?

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 ソフトウエアのバージョンアップのスピード感は何か基準があるのであろうか?市場のニーズとリンクしているような、市場をけん引していることは間違いないが、人間のというかクリエイターのニーズが高くなることで開発者の試行錯誤が加速し販売チャンネルを活性化し続けているのでしょう。それに伴う技術やプラットフォームの諸環境も並行して向上し続ける。インターネットの回線環境ももうすぐ携帯ようのWiFi機器が発表・発売されるようですが、これもまた、強烈なギア。

 で、3DCGソフトのスタンダードと言えばみたいな存在感のあるソフトウエア「SHADE」もバージョンアップを重ね11が見えてきました。結果、アドビも今はちょうど10(CS4)なわけですから同軸と言えるのではないでしょうか。流れでCS5の情報も出てきているので要チェックです。

 SHADEで言えば、5のプロフェッショナルを今でも使っているのですが、そこから、特にアップグレードする気持ちにはなれず、ずっと、現在は5でキャラクターやパースや3DCGを作成していますが、それも一昔以上のテンションになってしまいました。そこで、最近、DMが届き、「8.5以前のアップグレードサービスが12月10日で最後になる。」という情報が入ってきました。それぞれのシリアル管理者に送っているのでしょう。そうか、もう、5はそういうバージョンになってしまったのかとしみじみ。

 で、10.5や11の魅力はとぼちぼちリサーチ始めている段階です。5から10.5というわけで、それこそ、イラレで言えば8からCS4みたいなモノ。でも、イラレの8は8で非常に道具として利便性が高い。が、世の中がCS4である以上、それを追いかけなければいけないというテンションも大切。改めて、これを機会にSHADEの作品でも作ってみようかな、で、伏線として10.5に上げておこうかな・・・と考えております。

◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://shade.e-frontier.co.jp/

なんともカエラワールド。

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 いやはやなんとも素敵な素敵なカエラワールドですね。リクルートはやりよる・・・。

◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://cm.hotpepper.jp/

教育現場の試行錯誤。

従来、教育機関における教育とは、学校というシステムの中で一方向に歴史的、社会的に権威づけされた知識を伝授(教授)することだとされてきました。とくに第二次大戦後に急速な経済成長を遂げた日本社会では、規格化された仕事をきちんとこなす人材を育成し、社会に輩出するという機能が、教育機関に求められてきました。こうした人材はルールを厳守し、ミスのない仕事を着実にこなすことが期待されます。

しかしながら、社会環境の変化によって、求められる人材像に変化が生じています。いまや、工業製品の生産などの仕事だけではなく、ソフトウエア開発などの仕事も、海外の低コストで展開されています。もはや画一的な製品やサービスを提供するだけでは、そうした低コストで高品質のサービスを提供しようと努力している国には太刀打ちできない現実があります。

そこで、こうしたグローバル化した社会環境の中で、分散した素養やポテンシャルを主体的に取りまとめたり、海外の開発国では実現できないようなユニークな製品やサービスを企画できる、クリエティブな人材の育成が重要視されています。

そこでは「競争」よりも「協働(コラボレーション)」が重要です。インターネットの進展により技術の進展や知識の陳腐化が起こりやすくなり、状況の変化に合わせて日々「自ら学ぶ能力」が必要になってきています。

つねに知識体系を再構築しながら最善の意思決定をその都度していかなければ、企業のみならず非営利機関においても経営が成立しなくなってきています。こうした社会を取り巻く変化や、求められる能力の変化に対応するために、世界中の教育機関ではさまざまな取り組みが行われています。従来の「知的伝授型の教育・学習モデル」の見直しが始まっています。そうした背景の中、古くから存在する「構成主義」「構築主義」などの教育理論的背景が現在のe-ラーニングのバックボーンに存在します。

教育現場の試行錯誤も混沌としている。しかし、どんな人材を社会が求めているから・・・ではなく、昔も今もこれからも軸は同じはずだから、これまでのセオリーをどうのとか、ステレオタイプがこうだからこうするべきだなんて議論は控えめにして、本丸でお話できる相互の研鑽で自らを高める現場が教育の現場であってほしいと思います。迷っているなら一度ベルトコンベアーから降りて今自分が立っている場所のまわりをゆっくりと観察するべきでしょうね。

で、このルートに疑問を感じたなら、自分自身がそう感じたならそれは必然として、自分の足で行きたい方向に進むしか本当の前進はないはず。と、まぁ、こんなブログには大きすぎるテーマなので、言及はくれぐれも避けたいと思います。

コンセプト時代なのか・・・。

 2005年に発行された「A Whole New Mind」(邦訳:ハイ・コンセプト 新しいコトを作りだす人の時代、大前研一訳、2006)の著者であるダニエル・ピンク氏は「情報化社会は成長の最終局面を迎え、これからはコンセプトの時代だ」としているそうです。とある書籍からの抜粋です。そこには、切り口としてのキーワードが「豊かさ 物質的に充足し、高品質なだけでは売れない。ユニーク性やデザイ性が必要。」「アジアへの生産拠点の移転による低コスト生産の実現 安さで勝負するのは厳しい。」「オートメーション化の進展 定型的な仕事の自動化はホワイトカラー職にも及んできた。たとえば、弁護士や税理士の仕事のうち定型的な部分を自動化するソフトウエアなどが登場し、以前のような収入や顧客を確保するには工夫が必要である。」というようなキーワードで展開されている。つまり、社会環境の変化によって、求められる人材像に変化が生じているとされていた。

 これらの変化を「コンセプト時代」で一気に包括できそうには思えないのですが、それはこの書籍の中にその著者がピックアップする枝葉があるとして、「コンセプト」とは便利な言葉というニュアンスがあり、「コンセプト」って言っておけば微弱な考えでもそれなりに体裁が整うような感覚もあり、ガチで「コンセプト」となると、そこへ行くまでの伏線をどれだけ積み上げられるかが勝負。確かに上記の考察は実際現実いたるところで起きそうな事象ではあるが、だからと言ってさほど警戒する必要もないように感じている。「ユニークでデザインセンスがある」とういことは意外とオートマチックなようにも思えるからである。

 軸足の問題であり、個人個人のさじ加減のような気もしますが、ただ、そうなってくると、「確実に100人が100人とも判断する微弱なユニークさとデザイン力ではNG」ということは明らかなようである。が、そこにユニークさやデザイン性を感じる人もいるのかも・・・と想定すると、いかにユニークでデザイン性の高い何かを創出するのか難しいか・・・となる。つまり、それほどコンセプトの設定がやっかいになるのですよね。

白い家。

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 存在感漂う白い家。houesがhomeになりhopeになる。また、楽しい話をしに行きますね。とてもとても素敵な何ものにも代えられない素敵なひとときでした。

コースマネージメントという概念。

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 たぶんこのタイトルでの日本語の書籍はこれを入れても他に1~2種類でしょう。最寄の書店には当然仕入れてなかったのでオンラインで購入。確かにWEBサイトの書籍なのにFLASHの書籍のようなデザイン的な要素はなく専門的な資料を書籍化したような編集。が、内容は濃い。

 WEBサイトでCMSと来たら「コンテンツ~」だと思っていたのが、このオープンソースは「コース・マネージメント・システム」でCMSとなる。では、そのコースとは何かということが書かれているんでしょう。本日到着したのでこれから「Moodle」への本格的なダイブとなります。

 で、この書籍の冒頭にこのような一文があるので紹介します。「「インターネットの普及とビジネスのイノベーションとの対比」 1992年、インターネットの商用利用が始まる。すべての事業はオンラインサービスに置き換わると宣伝された。従来の企業もインターネットによる業務効率化を図った。ITバブル崩壊を経て、新興企業の躍進・淘汰と既存企業の淘汰・強化が起こった。製品開発やマーケッティングなど、ビジネスのやり方の再構築が行われた。一般に「クリック・アンド・ダイヤル」、すなわちインターネットとオンラインのサービスをうまく組み合わせて事業を設計することが一般的になった。また、グーグルのような新たなビジネススキームを創出するイノベーティブな企業が現れる。」とある。なかなか、短い文脈でことの起こりと現状を包括している。つまり、インターネットビジネスが教育と連携し始めたことへの構造の相関をベースに捉えた場合、そもそも、HTMLが専門的な通信技術であったことが、ここまで消化されたということのフェーズを非常にある側面からまとられた見解である。

 予感ではあるが、「教育」と「インターネット」の相関にビジネスの源流を見据えながらも、現代の多様な混沌として不可解なニーズをインストラクションできるか否かとという最新のアプローチがこの書籍の中にあるように感じています。

 やはり・・・という感覚なのですが、C(コンテンツ)MSの改造にここ数年取り組んできたことがこの「Moodle」の企画・運営・改造・活用に活きてくるのだろうと直感しています。これはかなり刺激的だと思いますね。

交通安全交通安全。

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 高速道路での交通事故に遭遇。大きなバンが一回転して前部分はもう握り潰したアルミ缶のようでした。その車の向こうに救急車。う~ん、ちょっと疲れていましたが、これを見て気をひしめハンドルを握りなおしました。

琵琶湖大橋より。

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 琵琶湖大橋走行中のショットです。見えているのは守山方面です。

ナイスアウト!

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 アップダウンもなく、OBゾーンもなく、トラップも少ないコースなのでが、この方にかかればもうどのホールもワンダーランド。ゴルフは人間と自然の間にある不思議な競技です。晴れの日もあれば雨の日もあり風のない日、風の強い日。しかし、ボールは一つ、そして、穴は一つ。

 で、ナイスアウト!!!

どんな1日なるのでしょう?

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 さてさて、ゴルフ仲間の皆様、今日はどんな1日なるのでしょう?といういい感じの空気が漂っております。特にピンクの方の両肩あたりから背骨にかけてのラインに・・・。

聖地淀川へ。

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 何年ぶりでしょう。ここがゴルフを始めた場所。いろいろ想い出が浮かぶ。いろいろな本コースでアベゴなりにプレイしていろいろなコースでそれぞれに想い出がありますが、やはり、ここの記憶は重い。ホームに帰ってきたような感覚です。

丸山茂樹国内10年ぶりの首位。

 国内のゴルフブームは現在、石川遼君が完全に牽引している構図があり、現在賞金ランキング1位の池田君との話題が一番旬です。そして、昨年マスターズで4位に入った片山さんの存在もゴルフブームをしっかりと基礎の部分で支えている構図があります。しかし、とはいえ、やはり、個人的に誰かを応援するとなると丸ちゃんを応援していることに気がつきます。新聞でも一番最初に探すのはずっと丸山茂樹の文字。海外で活躍していた時でも日本ツアーの紹介の下の部分に海外ツアーの記事があったりするのでその文字の中に丸山茂樹の文字を探していました。そして、今日の新聞で丸ちゃんが10年ぶりに国内のツアーで首位にいることを知る。とても嬉しかった。

 記事を読めばずっと不振が続いている。間違いなく技術レベルは世界のトップクラスであることは過去のアメリカ本土での3勝の軌跡を振り返れば揺るがない。いくら日本のツアーで100勝しようが、25勝して国内の永久シードを持っていようが、そのようなことは比較にならないぐらい海外での3勝は大きい。しかし、怪我で体調を壊されコンディションを落としておられることはいろいろなニュースや雑誌で知っていたので、早く、日本に帰ってきてほしい。そして、テレビで丸ちゃんの雄姿を1秒でも観たいというのが正直なところで、それも、不振なのか国内のツアーでさえあまり丸ちゃんをテレビで観ることもなかった。が、現在首位。しかし、そのコメントを読むと諸手を上げて優勝を応援する単純な気持ちになれない。その記事を読むとどうやら不振は怪我やコンディションの問題とプラス、イップス的な部分も若干あるような印象でした。

 丸ちゃんのコメントは「僕は人生のジャブを石川遼君たちよりも相当たくさん受けている。単純に今首位にいるから優勝を狙うという気持ちにはなれない。」と。う~ん、「人生のジャブ」か。誰がどう判断しても歴代の誰しも成し遂げられなかった「アメリカ本土での3勝」なんて、日本人で誰ひとりいないのに、たくさんの選手が挑戦して打ち負け挑戦して打ち負け帰ってきていたのに、9年間シードを守り、間違いない素晴らしい3勝を獲得した選手なんて日本人に丸山茂樹只ひとりなのに。う~ん、このコメントは重かったですね。「人生のジャブ」かぁ~。脇目も振らず猪突猛進している若い選手にはなりの魅力がありますが、やはり、このコメントを新聞で読み、プロゴルファーとして一人の人間として、やはり、丸山茂樹は最高のプロゴルファーだと思わざる得ない。優勝とかもういいので、元気に笑顔でプレイをたくさん日本のファンに見せてくださいまし。

 人間40年以上生きていると忘れられないいろいろな「人生のジャブ」を受けている。それが、身体にも心にも癒えない傷となり今にのしかかる。それを克服するのではなくそれといい関係を結ぶことがさらに人生を厚くするのだと丸ちゃんは言いたいような・・・。

長門の結論。

 そうかそうかそういう結論なのか。なるほど、ここまで大きな戦いを展開してどこまでドロドロになるパワー戦かと思いきややはりきれいに落とされるという印象です。そもそもペインの強引さは盲目的なところがあったもののただただ戦いの中で何かを感じるというタイプではなく、明確に争いの意義を確認しながら歩を進めるような印象がありました。他の暁のメンバーにしてみれば、強いだけであり、ペインほどの深さがなかった。今回のバトルでやはり次から次へ状態ってことでドキドキしたのは、意外と「サソリVSサクラ&ちよ婆様」だったような印象があり、確かにナルトの覚醒加減は物語の本丸だけに激しさはひとしおでした。しかし、お互いのポテンシャルと技のセンスと手持ちのコマの引出しからの出し方で言えば、「サソリVSサクラ&ちよ婆様」が一番、ドキドキしてしまいました。

 で、次はいよいよマダラと木の葉のドロドロな様相を感じるつなぎもありで、さてさて、ナルトはどこまで大きくなるのかということと、サスケとの和解はあるのかなどまたまた次の号を楽しみに待ちたいと思っております。しかし、このテンションはジャンプのユーザーの皆様はしっくり来ているのかでしょうか?もっと、バトルありきの物語がイタチあたりから盛り上がりましたが、長門(ペイン)VSナルトはとても納得の展開だと思っているのですが・・・。ちょっと、背景の説明が多かったような、ジャンプのユーザーってもっとガンガンのバトルを最後まで期待しているような・・・。

植物工場見学。

 長浜の植物工場の研究ルームを拝見した。そこはちょっと暖房が効いている部屋で細い発光ダイオードの光の下でレタスが栽培されている。水の循環されている音と空調の音がしている。そんな空間でレタスは空調の風になびいていた。

 完全無菌であるために成果品はこれまた完全無農薬ってことになり、気候や季節に関係なく安定した植物(野菜)が市場に供給されるという仕組み。工場の形態ではありますが、完全オートマチックというわけにはいかず、種を植え苗の管理から育成途中まで従来の農業と同じぐらいの人手が必要なのである。

 一番気になる味の方も自然の中で育っていない分、少し質感が柔らかいそうです。それがサラダや料理に使用された時にどうなのか?という部分はまだ未知数ではありますが、新しいバイオテクノロジーとして少しでも国内の野菜の自給率に繋がれば、そして、雇用の創出に繋がるビジネスモデルになれば有効だと思いました。太陽の光でなくともちゃんと緑になるのですね。また、いずれその後のレタスの発育風景をこのブログで紹介させていただきます。

 で、ウチのどんぐりはまだ芽がでない・・・と。

「デッサン」で検索。

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 この画像はグーグルで「デッサン」というキーワードで検索して仕事のための資料をリサーチしている際にヒットした画像です。作者は不明でグーグルの画像データベースにアップロードしてあった画像データです。というのも最近仕事にしてもライフワークにしても手で描く絵のリアリティーがなんとなく気になり、ソフトで仕上げるにも下絵は手で描くようにしていることや、そのまま、イラストボードにペンや筆で描く、画材的には透明水彩でもカラーインクの場合でも、手で描く方が早くディテールがしっかりしていて思い描くイメージにダイレクトに辿り着ける感覚がありました。デジタル全盛時代に逆行しているアプローチかもしれないのですが、「手で描く」ということが表現の点で一番無駄なアプローチをしなくてすむような気がしています。結果、画材でもパソコンのソフトでも絵を描くという行為は同じなのですが、逆にパソコンで描く絵には無駄なものがなさ過ぎてしっくりこないような感覚です。

 で、この参考にダウンロードしたドローイングなんかも、ポイントは描画力の高さよりも、リアリティー。デザインの仕事で何かを伝えるための一手法としての絵(イラストレーション)でさえ、氾濫するPC用のクリップアートや3DCGの素材集では表現できないリアリティーとマテリアルが手で描く絵の存在感には含まれているように感じています。やはり、人間の手は素晴らしい。

 改めて、複製時代の一品志向にアートやデザインの価値を感じています。たかがデッサン、されどデッサンなのでしょう。デッサン力って、鉛筆や木炭だけのお話ではなく、グラフィックデザインの中にもWEBデザインの中にもしっかり連携・連動していて、いろいろなグラフィックデザインやWEBデザインの配置や構成を見ていてもその方のデッサン力が見える。インターフェイスなども時にはセオリーや方程式に逃げたい気もしますが、あえて、紙と鉛筆でサムネイルやラフスケッチから構想プランを練ることで、やはり、しっくりくるデザインになるからこれまた不思議です。

 デザインの仕事を始めた頃、デッサンのことなどデザインに無縁だとたかを括っていたが、基本はすべて同じだということですね。何ごとも。

 絵を描くということは3つの能力が必要だと大学の先生に言われた。ひとつは画材を使いこなす手の能力。二つ目は頭の中で完成した絵をイメージする能力。そして、三つめは描こうとする現実のモチーフやコンセプトや概念などを見る能力。この3つの能力がバランスが崩れているとどんなに技術的に優れていても、センスやプランが素晴らしくても「強い(存在感のある)絵」にはならいないと・・・。

お疲れ様ということで・・・。

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 メインに使っているDELL。いろいろアプリやフォントが多いので少しづつ遅くなってきてはいますがまだまだ信頼して毎日酷使しています。が、そろそろ、OS-7が来るのでどこかのタイミングで新しい1台をそろそろ検討しなければいけないかなと思っております。また、XPは安定しているので、このまま維持するか、OS3タイプを自由に選べるモデルにするのか、まぁ、この部分は価格次第。

 で、上のマウスの写真はこの2~3年間、雨の日も雪の日も夏の暑い日も毎日酷使してきたマウス君。最近急に左右のポイントの移動が乱れたり、断続的に止まってしまったり、ボタンにポイントが固定されなかったりとこの2~3日どうも変な症状が出ていました。PCのオペレイションの仕事で一番神経を使うのがマウスなので、感度の点を考慮してかなり早い段階から赤外線を使っているのですが、このタイプだとボール式と比較して故障しにくいだろうと思って使っていたのですが、やはり、マウスは消耗品ですね。たぶん、レーザーの出力レベルが一定になっていないか、感知する部分の感度が下がっているのでしょう。もう、ちょっとでも変な動きになるとすぐに分かってしまい、そのあとは気になって気になって仕方がなくなり、仕事に集中できなくなってしまうので、即、量販店に駆け込みました。

 本体から外してふと壊れたマウスを改めて見てみれば、左ボタンと右ボタンのいつも指を置く位置、クリックする位置の銀色の塗装がはげている。その面積の比率をよく見ると意外と右ボタンのはげ加減がひどい。これは頻度の差なのか?中指の方が力が強いのか?何はともあれここまで使えばまぁまぁいいか・・・という証。ということで、お疲れ様でした。

映画「テンロクの恋人」特別版

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 情報紙S.O.S.でお世話になっているクイック・ワンの渡辺シンさんの渾身の3連発。このDVDを預かり平日に時間を作ろうとしたが、仕事で時間を追われながらバタバタと観ることだけは失礼だと固く心に誓い、ようやく、本日、無事、3連発を拝見した。感想についてはこのブログで書こうとは思っていないので、皆様、どこかでこの映画を上映していたらぜひ観てください。

 映画芸術の素晴らしさや魅力は渡辺シンさんからよく言っておられるが、私は複雑にするにも、単純にするにも、監督の心の頭の中にあるモノが中心軸になり、役者さんやスタッフ、制作や協賛に関わっている人たちがその中心軸に吸引されて回転した結果がひとつのプロジェクトになり、たくさんの人の気持ちがひとつの作品になる。これが一番素晴らしいふるまいだと思っています。

 シンさんはクールな方なので、時間的にも予算的にも大変だったことも苦労話もすべて消化してこのDVDを進呈いただきました。いやいや、テンロクムービープロジェクトはどこまでもシンさんを中心軸に今後も回転幅とそのスピードを加速していくことでしょう。

◎詳しくはこちらを確認してみてください。http://tenrokuhunter.tuzikaze.com/

ネットビジネスが終わり!?

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 非常に思い切ったタイトルです。印象的ではありますが、さてさて、どのような内容でしょう?よく「始まり」と「終わり」について考えるのですが、比較的日本人は「スタート」と「ゴール」を意識して競争意識を煽り煽られるのがマゾヒスト的にというか慣習的に身にしみ込んでいるようだから、たぶん、この手のタイトルに心が動く。そして、著者も編集者も出版社さえもそのルーティーンに期待しているから、このような書籍が成立するのでしょう。まぁ、こんな中途半端な分析と背景仮定はさて置き、実際、このタイプの書籍は「買い」なのでしょうか?たぶん、買わないし読みたいとは思っていないのですが、もし、もし、本当に終わりなら終わりに向けて何をどうしろと締めくくるのかは興味があるし、そもそも、この著者の「ネットビジネス」の定義を知りたい気もします。

 例えば、ある古い旅館がWEBサイトで集客を図ろうとWEBサイトの企画・構想を練る。そして、費用対効果を算出し、他の事例をリサーチしてプランを練り上げる。そして、専門業者にWEBサイトについての制作作業をお願いするために施設のポテンシャルを分析し業者へ依頼をする。が、そんなビジネスモデルに対してもこれだという結論がリサーチできるわけでもなく、数多の成功事例の中から自社に適用できるような企画は見つからない。この段階で一般的なセオリーや方程式が当てはまるほど世の中は単純ではないからである。ベクトルが逸れれば逸れるほど、企画のフレームは捻じれる。しかし、セオリーや方程式しか見えていないコミュニケーターは自己完結型のプランをプッシュする。これでは選択のための吟味さえできない。選択するためにはプランを消化する必要があるからである。鵜呑みにするならロジックにドライにただ加点式でセレクトすればいい。だが、WEBサイトとはプラモデルではない。設計図どおりに完成するものではない。この部分を企画書に適用しコミュンケートするのが難しい。

 で、上記の考察の通り、「始まり」と思っていることが、「終わり」だったりすることがあり、まだまだイケていると感じていていもすでにそれは「終わっている」ことがあるからである。だから、「終わり」だと言及するなら終わりということでいいが、ものごとはいつも進行形であることがベースにある意識だけは失ってはいけないと思います。つまり、旅館さんのWEBサイトのことで言えば、一番重要なことは、ロジックではなく、「地の利」や「ふるまい」や「人的ポテンシャル」がいかにWEBサイトに適用できるルーティーンを作れるか作れないかなのである。これは、たぶん、WEB3.0の概念が言いたいことなのだろうと思います。つまり、「ONE to ONE」なのでしょう。っても最初から何事もそうですが・・・。

ソウル・コレクター

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 この広告を見て、早速、本屋でチェック。が、まだ、長浜の主な書店には入っていない様子。店員さんにも確認したのですが、まだのようでした。かなり、オモロイ予感がします。系統でいうと「ブラックサイト」のようなイメージなのかなと・・・。「サマー・ウォーズ」も仮想現実と現実のコントラストがバツグンでしたし、ネット犯罪でさえついに「千兆(ベタ)バイト」まで来たのか・・・と。