教育現場の試行錯誤。

従来、教育機関における教育とは、学校というシステムの中で一方向に歴史的、社会的に権威づけされた知識を伝授(教授)することだとされてきました。とくに第二次大戦後に急速な経済成長を遂げた日本社会では、規格化された仕事をきちんとこなす人材を育成し、社会に輩出するという機能が、教育機関に求められてきました。こうした人材はルールを厳守し、ミスのない仕事を着実にこなすことが期待されます。

しかしながら、社会環境の変化によって、求められる人材像に変化が生じています。いまや、工業製品の生産などの仕事だけではなく、ソフトウエア開発などの仕事も、海外の低コストで展開されています。もはや画一的な製品やサービスを提供するだけでは、そうした低コストで高品質のサービスを提供しようと努力している国には太刀打ちできない現実があります。

そこで、こうしたグローバル化した社会環境の中で、分散した素養やポテンシャルを主体的に取りまとめたり、海外の開発国では実現できないようなユニークな製品やサービスを企画できる、クリエティブな人材の育成が重要視されています。

そこでは「競争」よりも「協働(コラボレーション)」が重要です。インターネットの進展により技術の進展や知識の陳腐化が起こりやすくなり、状況の変化に合わせて日々「自ら学ぶ能力」が必要になってきています。

つねに知識体系を再構築しながら最善の意思決定をその都度していかなければ、企業のみならず非営利機関においても経営が成立しなくなってきています。こうした社会を取り巻く変化や、求められる能力の変化に対応するために、世界中の教育機関ではさまざまな取り組みが行われています。従来の「知的伝授型の教育・学習モデル」の見直しが始まっています。そうした背景の中、古くから存在する「構成主義」「構築主義」などの教育理論的背景が現在のe-ラーニングのバックボーンに存在します。

教育現場の試行錯誤も混沌としている。しかし、どんな人材を社会が求めているから・・・ではなく、昔も今もこれからも軸は同じはずだから、これまでのセオリーをどうのとか、ステレオタイプがこうだからこうするべきだなんて議論は控えめにして、本丸でお話できる相互の研鑽で自らを高める現場が教育の現場であってほしいと思います。迷っているなら一度ベルトコンベアーから降りて今自分が立っている場所のまわりをゆっくりと観察するべきでしょうね。

で、このルートに疑問を感じたなら、自分自身がそう感じたならそれは必然として、自分の足で行きたい方向に進むしか本当の前進はないはず。と、まぁ、こんなブログには大きすぎるテーマなので、言及はくれぐれも避けたいと思います。