社会人って?

 「社会人基礎力」という能力が時代の流れにともなってクローズアップされているらしい。大義の部分で「社会人」の定義はそうでない立場からそうなった立場で意識的に変えているのか、無意識の中で変わっていったのか、それは今となっては(45歳)もういつ頃にそのような感覚になり、何かのチュートリアルで学ばせていただいたいのか、何もあえての部分ではなく、学生から就職して変わっていったのか、はたまた、その部分が欠落したまま現在に至っているのか不明です。

 アルバイトではなく正社員になった段階で自然と身についた自覚とでも言うのか、親となり子を持つ立場で得られる自覚のように何か義務と権利を得た段階で意識するしないに関わらず感覚として自然についた能力が自分なりの精一杯の「社会人基礎力」だと思っている。分析すればモラルやポリシーやコミュニケーション能力などもそれらにあたり、仕事を通じて社会との関わり方のディテールとも言えるのではないでしょうか。

 その詳細としては、3つの能力と12の要素に分けられるらしい。

 1つ目の能力とは「前に踏み出す力」(アクション)であり、この中の要素として、「主体性」「働きかけ力」「実行力」があるらしい。「主体性」とは物事に進んで取り組む力であり、「働きかけ力」とは他人に働きかけて巻き込む力。そして、「実行力」とは目的を設定して確実に行動する力となる。

 2つ目の能力は「考え抜く力」(シンキング)であり、その要素は「課題発見力」で現状を分析して目的や課題を明らかにする力、「計画力」は課題解決に向けたプロセスを明らかにして準備する力、「創造力」は新しい価値を生み出す力となる。

 3つ目の能力は「チームで働く力」であり、自分の意思を分かりやすく伝える「発信力」、相手の意見を丁寧に聞く力「傾聴力」、意見の違いや立場の違いを理解する力「柔軟性」、自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力「状況把握力」、社会のルールや人との約束を守る力「規律性」、ストレスの発生源に対応する力「ストレスコントロール力」の6つの要素に分けられるらしい。これらはある冊子からの抜粋なので、非常によくまとめられていると感じながらも、これらの細かい要素を日頃ひとつひとつ再認識し意識下に置いて日々の行動を律することは私にはできない。改めてこのように何かに書かれているまとめられいるモノを見て読んで意識する程度である。つまり、社会において必要なことは知識や記憶やデータ先行ではなく、無意識に自分の思考パータンの中にある、つまり、「身についているモノ」でしか、指針を決定できないということ。ひとつひとつその場面場面でマニュアルを確認している時間や気持の余裕などなく、時間の波が次から次へと押し寄せてくる状態でおぼれないためにも、必要なことは、とにかく酸素をすうために手足を一生懸命動かして「浮いている能力」こそが最後の最後で必要な生命力だと感じた。

 ただ、振り返ると、学生から社会人に変わった瞬間とはどのようなシチュエイションだったのかと振り返ると、そこには一枚のドアがあったような気がします。それは、学生のフィールドから社会のフィールドに入るための門だったような気がします。そのドアは私の場合新宿にありました。そのドアに手をかけた時の記憶は今でもいつでも鮮明に心に残っています。このドアを開けてその中に入った瞬間から自分は社会人の一員なんだという自覚が感覚がありました。たぶん、ひとりひとりにドアがあったように、門があったように社会のサイズやカタチはひとそれぞれに異なっていていい、ただ、その中ではテキストは与えられないし課題は自分で探さなければいけない、評価など誰もしてくれない、学校のように守られた空間で自由に飛びまわることもできないということ。

 ひさびさに、学びの場で見つけた冊子にこれだけも心が反応してしまいました。が、あの4年間は今でも黄金のように輝いている。懐かしいという感覚ではなく、それが、いつまでも心にあってくれて自分の中の本体の部分がそこの何かの力で生きているという感覚こそが「教育」でいいのかなと・・・。