バイタリティーという代物。

 45年も生きているといろいろな人に出会う。それなりに。出会いに貪欲な人はいい出会いがあり、淡白な人は出会いもそれなりになるというセオリーのようなものがあることもあながち・・・ではあるが、何も人の出会いにセオリーもプライオリティーもなく、一期一会的なニュアンスでいいと思う。しかし、その時の気分や様々な要因が人との出会いを大きく左右する。つまり、自分次第ということ。これはたぶん個人差はあるものの誰もが共感できるのではないでしょうか。目標は追いかければ逃げいていくし、諦めても絶対に届かない。ならばどうすればいいんだい!と開き直ってもさらに届かない。諦めるわけでも開き直るわけでも渇望するわでもなく、ただただ、自然体の平常心でいることで目標がある日突然舞い降りてくる。これもよく聞くお話。ここに何か方程式を見つけたいと考える、根っからの合理的な生物である人間はどうしても法則や傾向をルーティーン化したがる。しかし、必然でも偶然でもなくそれは本体には関係のないところで、しかしながら、何か大きな法則で出会えるという不思議。

 特にバイタリティーのある人との出会いは自分自身を再確認させる。その再確認後、どう考えて動くかでその人のパターンが大きく変わる。ドキッとしたのかヒヤリとしたのかサァ~だったのかをよくよく心で感じたら、それが必然だったと意識化に置き次の方向性を決めれば、まず、道には迷わないと思います。「熱意」という代物はやはり暖かい方から冷たい方に流れるようです。トルクを上げなければ・・・。