¥0のチカラ。

 WEBサイトの世界、インターネットの世界にビジネスとして取り組む前は、仕事に必要なソフトやフォントは非常に高価でした。モリサワのフォントも全ファミリーを揃えたら軽く40~50万円という世界でしたし、パソコン(MAC)も相当の金額でしたし、カラーで出力するにも、たしか200~250万円のカラーコピー機にさらにリップを付けて合わせて400万円とかっていう世界でした。でも、その頃は十分にその価値があったように・・・というか、その頃はそれしか選択肢がなかったから、別段、高価だとは思っていたがその背景については深くリサーチしないまま、結果、売り手市場の流れのままに流されていたんだなぁ~と思います。が、ソフトやPCもどんどん機能が向上し価格も年々下降していくわけですが、そんな頃、インターネットの世界に火がともされて、ちょっと遅れて自分自身もインターネットデザインと制作に挑戦したことが、その段階から10数年、結果的になんとか時代に適合する取り組みができたとひと安心。しかし、この世界は一回首を突っ込むと次から次へと状態なので、それが最近では中毒となり何か次から次へと新しい情報が手元になく、新しい技術やソフトについてリサーチしていないと落ち着かない病というか、そんな「時代の加速度依存中毒」になっているとふと考えるのですが、TOO LATE!

 で、そんなWEBサイト・インターネットの世界で何か新しいソフトやツールを入手する際に「フリーソフト」「¥0」というモノが存在することに出会います。この出会いも振りかえると最初は10年以上前なのですが、それまで仕事で使う道具で好意で頂いたモノ意外で¥0で仕事のツールが入手できるということは考えられませんでした。その時代の¥0と言えばあまり大したツールではありませんでしたが、そこから、10数年、¥0のチカラは確実に増大しています。CMSソースもすでに「オープンソース」という概念が定着していますし、ビジネス系でも3DCG系でもテクノロジーは「オープンソース」の流れが強くなっている。ましてe-ラーニングや基幹系のソースについても「オープンソース」の勢いは止まらない。つまり技術者はそのテクノロジーを¥0で市場に開放し市場全体の変革を狙っているのでしょう。そして、肥えた土でしか育たない品種の作物を創出しそこで次のビジネスステップを展開する。または、その肥えた土で新しい品種を育てるノウハウをビジネスコアにしようとしているような。しかし、これらの潮流が不連続に多様な時代性とクロススパイラルしながら捻じれながら上昇しているような概念・感覚です。

 この時代、¥0で得られるものは太陽の光と酸素と雨ぐらい。よくぞクラウドとは表現したものです。つまり、デジタルの産物は太陽光や酸素や雨と同じぐらいに人間の生活にビジネスに人生に関わってきていることを、そして、その取り組みでしっかりとビジネスを展開している人々が存在すること。その恩恵として極端な話、生命が維持されている。量子コンピューターが本格稼働し始める頃、どうやら等価交換システムのパラダイムシフトの海に私たちは適当な船を見つけることができるだろうか?それとも「つみきのいえ」のように海底にその痕跡を置いていくことになるのだろうか・・・。う~ん、¥0という価値は考えれば考えるほど恐ろしく広く深く黒い。