人生いろいろ、幸福いろいろか・・・。

 「ハッピー・リタイアメント(浅田次郎著)」という書籍が幻冬舎さんで10万部を突破したらしい。その広告面には下記のような広告コピーワークがある。「どんな人にも幸福と不幸は等量である。しかし、禍福(かふく)は糾(あざな)える縄の如し。~略~爽快な「天下り」小説!「僕らは組織をリタイアしても、人生をリタイアしたわけじゃありませんよ」第2の人生に向かって颯爽と立ち上がった壮年の男たち。風のようにしなやかに生きようと決めた誇り高き40半ばの才媛。彼らが出会った本当の幸せとは、いったい何だったのか?~略~考え方しだいで定年後の人生は輝きもすれば、くすみもする。肩書きではない。名誉ではない。ましてや金じゃない。俺たちの生き方を見せてやる!まだまだ長い、これからの人生を生きるための浅田版「幸福論」。自分の人生の価値は自分で決める!」と括られている。

 さて、最近、感じる「売れる本の傾向」がなんとなくいくつかのパターンに絞られているような気がします。ニーズを掘り起こすためには市場へのリサーチが不可欠ですが、これは書籍に限ったことだけでないとしてヒット商品やブランド思考の啓蒙やサービス内容などをこれにフォーカスして開発・創出しようとするときに必ずこの傾向は重要なサインとなりプロダクト開発のヒントとなる。つまり、マス自体が単一で同じ潮流だけを意識下に置き方向性を確定していた時期から経済的な混沌がおとずれこれまでの価値観がリセットされようとしている時代において、一時の結果らしき兆候の中で有益な情報を取捨選択する力はあらゆる分野のビジネスやライフプランに適用されるように感じています。それはある商品の販売促進ツールを企画・制作する際に必要なエレメントになり、デザインという解答を出さなければいけない場合の最終判断を確定する際に必ず踏んでおかなければいけない韻のような気がします。

 この書籍の広告のポイントは書籍のタイトルで「リタイア=ハッピー」という仮説からストレートに入っていることが印象的なタイトル化であり、この部分に「リタイア層」と「リタイア予備軍」と「リタイアシンドローム軍」が反応しているのでしょう。つまり感覚の中で自分自身は理想的なレールの上を歩んできたにも関わらず経済情勢の関係から完結完全燃焼手前でその理想的なレールから離脱しなければいけなかったこと。もしくは、適正な年齢になりその時を迎えたが、それまでに描いていたリタイア像とは違うことへ納得するための依存先をどこかしらに求めている人が確実に反応している。さらに、現在は自分の価値観と現在の職場のポジションのバランスを維持できている人でもいずれ・・・の部分の傾向と対策のためになんとか自分自身の中にある「リタイア」という価値観を予め整理しておく必要のある人に対してもこのタイトルは非常に印象的に有効に機能している。

 さらに「天下り」のイメージを「爽快な」としていることや、「組織」と「人生」をうまく切り離して考えさせようとしている点などが非常にテクニカルである。その上、「第二の人生」とよく聞くニュアンスで「第一の人生」を適当に処理して完結させている。なんとも巧みなコピーワークである。さらに本当の幸せとはいったい何だったのか?として、「肩書き」「名誉」「金」以外にも違う素敵な生き方がある!としている。幸福論を論じる際に一番重要な軸は「人生は長いのか短いのか?」という軸であるが、ここでも56歳の主人公をキーに、「まだまだ長い~」としている。自分の人生の価値は自分で決める!とあるが、では、今まで自分の人生の価値は自分で決めてこなかったのか?となる。つまり、自分自身で人生を決めてきたというい意識の薄い10万人が結果この書籍に期待して購入している構図があるのではないだろうかと考察する。

 自分自身はまだ56歳ではないし、社会からリタイアされるかもしれないが、組織からリタイアされる可能性は0%なので、この危機感のリアリティーはさほど感じていない。だから、この書籍を買うことはないが、ただ、このような世情のニーズがあり、それに反応している人があり、それをターゲットに出版社がビジネスを展開しているという構図はこの広告から読み取れる。確かに高齢化は日本の大きな問題だであり、逆にポテンシャルだという仮説もある。どちらにどれだけのリアリティーがあるのか想定できないが、ただ、幸福と不幸の綾は複雑でありそれは表裏一体でありどちらに光をあてるかで人生のフォルムの見え方が異なる。ということは理解できそうである。