15年前の今日。

 15年前の今日は忘れもしない阪神・淡路大震災の日。昨晩のスペシャル記念ドラマを観て改めての部分でいろいろ考えた。凄まじい大災害の日、15年前の今日、私自身の結納の前日でした。朝方、ドカンという揺れで起きた。テレビをつけると大震災のニュースがすでに報じらていた。明日の結納の事よりも、大阪や兵庫の知人や友人のことだけで頭がいっぱいになり、連絡できる方にすべて電話した。幸運にも私の知人や友人は被害も比較的少なく、増して命に関わる被害に遭遇しておられる方はおられなかった。しかし、日が経つにつれ大震災の被害は膨大な数字になっていく。私自身がその前の年の秋に滋賀県の長浜に引っ越して来たので大震災のエリアからは奇しくも免れたことになった。しかし、もし、まだ吹田に住んでいたら・・・、もしかすると・・・と考えていた。

 そして、15年、改めて大震災のど真ん中で「新聞」というテーマで戦った人たちのドラマをテレビで観るにつけ、そのリアリティーはまるでその時に関西に住んでいる人たちの気持ちを蘇らせられるような実感であった。戦争を経験せず、奇しくも大震災からも免れてることができたことに、生命の危機を肌で感じることなく生きてこられているという実感が心を占領した。自分の家が崩れ、家族がその下敷きになり、途方に暮れるというリアリティーが「人ごと」から一歩前に踏み込める感覚は正直存在しない。しかし、こうしてテレビで役者が演じる「大震災の苦悩」はこの事実に正面からぶつかっていった方々の心や苦境を乗り越えてこられた多くの被災者の方たちのリアルがしんしんと心に流れ込んだ。

 私自身、決して何かに「生かされている。」という気持ちにならぬよう意地を張っている感覚がある。しかし、「生きている。」と「生かされている。」は紙一重で、大震災の苦境に遭遇した時、人間の生命力は普段の何倍も強靭になり、その状態で実感する「生きている。」こそが生命力の実体のような気がします。「生かされている。」のではないというエゴについてどう向かうかについてもそんな状況下でならその真価を問われるだろうと思う。

 あれから15年、娘を持ち、家族が増えた。もし、次の瞬間この地で大地震や大きな災害に見舞われた時、家族を失った時、自分は強くなれるのだろうか?それまで持っていた使命感や自己の軸を維持できるのだろうか?希望や未来を描くエネルギーが残っているのだろうか?と考えてしまう。6434人の尊い命に対してご冥福を遠く湖畔より祈りたい。