自分の小さな「箱」から脱出する方法!?

 「なぜ多くのアルファーブロガーから圧倒的支持を受けるのか!」「人間関係にのパターンを変えれば、うまくいく!」がキャッチコピーで、プロットとして「知っておくべきこと。自分への裏切りは、自己欺瞞へ、さらには箱へとつながっていく。箱の中にいると、業務向上に気持ちを集中することができなくなる。自分が人にどのような影響を及ぼすか、成功できるかどうかは、すべて箱の外に出ているか否かにかかっている。他の人々に抵抗するのをやめたとき、箱の外に出ることができる。」とある。この「自分の小さな箱から脱出する方法(アービンジャー・インスティチュート著)」という書籍の広告面の文脈です。なかなか、タイムリーな書籍が出るもので、「箱」がひとつのキーワードになっている。ただ、一概にに「変える」というがなかなか変える方法って難しいと感じてしまうが、実はこれがすでに箱なのかな?著者が外人だからこの脱出方法がどちらのベクトルなのかで慣習や文化との摩擦やジレンマもあるだろうし・・・とまた箱が現れる。この論理は非常に有効ですね。「受け入れるなら受け入れるな!」「受け入れないなら受け入れろ!」と言われているような気する。

 つまり、固定観念・先入観を支えている自己の礎を改造してください的な論法なんだろうと推察します。このテイの書籍は気づいた日本人達が翻訳して発信しているネタとこの書籍のように翻訳として取り組まれているテイではニュアンスが異なるので、気なる部分として大きいのはこのアプローチですね。書籍のポテンシャルはこの判断が個人の中でどう起こってどう行動化させるという動機の部分がデジタルコンテンツと明らからに品質の格差を創出すると言っているのか?書籍の意義がここにもあることを踏まえて、あえてこの情報は検索しないことの方が真理に近づけるような・・・。

 さて、「自分の箱」が小さいのか大きいのか(たぶん小さいだろう・・・)的な仮説から、箱を意識化に置けるとして、脱出できるのか?脱出するべきか?脱出でいいのか?と感じてしまっていること自体、この提言の意義とも言え、すでに、アマゾンへ入ろうとしてしまっています。合理的に考えて、「満足=沈滞」「危機感=レベルアップ」なら、このキーワードを逃したくないというのが自分自身にとっての正論になるし、正論に疑問を抱く前にこの価値を手にしてしまうというアプローチもアリかなと感じています。

 「箱」かぁ~、この場合「箱」なのかぁ~。