石と人の関係。

 ブランド物やエンジン物やグルメテイストにはまったく興味がないのですが、どうも変なモノへの興味が歳を重ねるごとに肥大していきます。最初はただの興味があるないレベルだった存在がそれが手元にあることでなんとなく落ち着く感じ。そして、その欲求がどんどん高くなり「何故?」とか「どうして?」という気持ちに意味をつけようとしてしまうというか・・・。仕事上、PCやソフトウエアや周辺機器やカメラなどのデジタル機器は必然として、絵を描くので全ての画材や表現手法に必要なツール、そして、絵画・イラストレーション関連の書籍資料などなどにつては勿論、「好き」であるということが前提であり、「好き」がよほど屈折しなければ「何故?」とは考えない。それだけ自分自身と馴染んでいるからだと信じて疑わないが、妙なモノでテンションが上がるのはそれを見ながら触りながら集めながら「何故?」という気持ちを抱きながらも興味が失せない。

 そのひとつは「石」です。石の収集癖はたぶん小さい頃からあったのでしょうが、小さい頃は他に興味があることがいっぱいあったというか、「興味」の意味を理解していなかったから、「友達と同じモノ」や「友達が興味があるコト」にまぎれてそれは比較的埋もれ気味だった。それが、大人になり、「ブランド物のウエアの話に食いつかない自分」、「バイクや車の話題に反応しない。しかも、洗車が楽しくない自分」、「どこどこのなになにはとても美味しかったからぜひ行ってみてください!という言葉をスルーする自分」に気がつき始めると、あれれ?自分は何故それらに興味がなく、仕事関連のツールを中心とした非常に狭いストライクゾーンなのだろうかと考えてしまう。そして、自然と仕事場に自分の部屋に「石」を並べていろいろ想いを馳せていると、な~んとなく気持ちが落ち着くのはなんでだろう・・・となる。そして、海外やいろいろなところに旅行に行く人に「お土産は何がいいですか?」と聞かれると、「お酒」とか「銘菓」とかではなく、行った場所のどこかに落ちていた「石」が第一候補になる。で、しばらくしてこれはどこどこの石で~となり受け取る時の瞬間のテンションは言葉では表現できないぐらい嬉しい。

 で、さて、石器時代ではないけれど、「石と人の関係」の歴史って分析したら面白いのではないだろうかと考える始末。道具としての石、建造物としての石、何かの象徴としての石、鉱石としての成分が身体に影響を及ぼすテイの薬などの石、自然の造形物としての岩石や溶岩の存在、そして、墓石。う~ん、石と人ってすごく密接に関わっているような気がする。このお話は思いついたはいいがかなり広がるように思え、じっくりと、想いのレンジを分解してみたいと思いました。

 そうそう、結婚指輪も石なわけで、石に対する人間の心は古くから密接に関係していると思います。これも一般的にはちょっと妙なテンションになってしまうのだろうか・・・?

 が、パワーストーン的なノリはちょっと人為的過ぎてNG。